覚悟
ゴロロロロ。
雲の消えた空に鳴る雷の音。
何か自分の心境に被る。
俺は今、変な緊張感と一緒に階段を上っているんだけどな。
「最上階って何があるんでしたっけ?」
「ここの住民には内緒なんだ。前に言ったろ。ナミに見せたい物があるって」
「えへへ。そう言えばそうでした!」
だから何の勘違い?
嬉しそうな顔をする委員長。
無駄に長く感じる階段を上り、執務室をノックする。
コンコン。
「どうぞ」
俺の訪問に驚いた顔をするタケシ。
でも俺の後ろを見て、笑顔を隠した。
タケシには伝えてあるんだよ。
「奥は今、誰か居るのか?」
「いや。今は例の車両の方で、衛星無線を試してる」
持って帰って来た車両の無線で、情報収集が始まったみたいだな。
タイミングが良かったようで安心した。
だから委員長を手招きして、奥の部屋へ入る。
珍しく緊張した顔の委員長。
少しソワソワしているのは何故なんだ?
部屋の中は相変わらず書類の山だ。
「ナミ。あそこに貼ってある物が、俺が見せたかったものだ」
「へ? あ、あれですか?」
ズンズンと早歩きで地図の前まで歩く委員長。
それを見ながら首を傾げ、こちらを振り向いて言った。
「えっと。流石に私も抽象的すぎて分かりません! 告白はストレ-トな言葉が良いです!」
「......はい? この前からの、おかしい態度はそれか! 違うわ! どんな勘違いだよ!」
「うっそでしょ! だったら何であんな意味深な言葉を言うんですか! 見せたい物って言われたら、こう綺麗な景色とか見た後で指輪とか出て来て......」
「いやいや。そう言う意味で言ってないから。綺麗な景色とか無かっただろ?」
どうしてこうなった!
俺の気持ちはさて置き、今はハッキリと伝えた方が良いかも知れないな。
空気の読めないやつなのは、自覚しているけども。
俺は地図の前まで歩き、委員長に説明をした。
この地図が現在の日本の状況を表したものである事。
塗られた色が示すのは、各陣営が確保している地域と壊滅した場所を表している事を。
「あはは。わかってましたよ。私。兄が居たのはここです。真っ赤ですよねぇ」
そう言って下を向く委員長。
指を刺した基地は確かに赤く塗られていたんだ。
ここで気の利いた言葉でも言えればいいけど、俺の口からは何も出て来ない。
だから何も言わず抱きしめたよ。
暫くの間、委員長は号泣してたけどな。
そのまま30分程経過した頃、落ち着いて来た委員長が口を開く。
「兄が自衛隊に入隊する時、私達家族は覚悟をしていました。両親も私も反対したんですよ。でも兄は絶対に自分を曲げない人でしたから」
「そうか。立派な人だったんだな」
「はい。自慢の兄ですから。だからまだ信じられません。兄ならきっと生きていると思ってしまうんです」
「そうだな。海に......。すまん。無責任な事は言えないな」
あまりにも情報が少なすぎて、いい加減な事は言えなかったよ。
この赤く塗られた地域にも生存者は残っている可能性はある。
林グル-プもそうだったしな。
だが基地関係は多分、連絡が途絶えたんだろう。
海上に逃げていればとも思うが、海の状況も分からない。
希望を捨てない事も生きて行く上では大切なんだけどさ。
コンコン。
「そろそろ良いか?」
「タケシすまん。大丈夫だ」
「あ......もう少しこのままが良かったのに!」
「あほか。仕事の邪魔になるから出るぞ」
部屋の外に出ると、ニヤニヤしたタケシと警官達。
ここは完全スル-だ。
そんな甘い雰囲気じゃないし。
ピカッ! ゴロロロロ!
「これって雨になるんじゃないか?」
「そうなら助かるだろ。外は暑くてたまらん。この執務室なんて蒸し風呂だぞ?」
「タケシ。住民を上の階へあげろ! 今雨が降れば、危険だ!」
俺が焦って叫ぶと、周りの人間はポカンとした顔で固まった。
だから説明をしたよ。
下水が処理できない状況で、今街の地下は水浸し。
急に溶けだした雪は行き場のない状態で、今現在もまだ乾いてない。
このまま雨が降れば川は溢れるし、最悪土石流が発生する可能性もある。
小降りなら良いけど、今の変な気候じゃあ期待できないだろ?
去年なんて雨すら降ってないのに。
そこまで説明して、やっと状況を理解し慌てだすタケシ達。
俺も委員長と一緒に仲間の元へ走った。
これで雨量が少なかったら、謝れば良いさ。
◇◇◇
ピカッ!
ゴロゴロ!
バリバリバリ!
ドカ――ン!
ザザァアア―――
黒色の雲が空を覆い始めたと思ったら、滝の様な雨が降り出した。
まだ晴れた空も見えるが、雲の動きは早くいずれ見えなくなるだろう。
雷は鳴り響き、落雷も続いている。
風も吹き荒れていて、外はもの凄い事になっているよ。
俺はそんな状況の中、今現在は車を運転している。
「タケシ。この先にあるんだな?」
「ああ。この街で高い場所にある駐車場は駅前にしかない」
病院には1階にしか駐車場が無いんだ。
今水没でもしてしまうと、折角の無線機が駄目になってしまう。
だから先に移動させることを決めたんだ。
俺が言い出した事なので、責任をもってやっているんだよ。
警官達は任せろと言ってたけど、あの人達には避難を進めて貰いたいしな。
問題なのは楽しそうに助手席に乗るタケシだ。
コイツは隙あらばサボろうとする。
「たまには良いじゃないか。息抜きもしないとやってられん」
「そう言うなら、お前も運転しろよ。警官が可哀想だろ」
「馬鹿を言うな。俺はAT限定の普通免許しか持ってない」
「いやいや。今時の自衛隊車両は、特殊な車以外はAT車だから」
俺もついこの前知ったんだけどさ、ベースが国産車の場合はAT車だったんだよ。
大きなトラックは慣れないと怖いけど、運転できない事も無い。
今は急いでるから、練習とかさせられないけど。
ワイパ-を動かしても前が見えにくい雨の中、俺達は駐車場に辿り着く。
駐車場がガラガラで、止めるスぺ-スには困らなかったよ。
まぁ違う問題は発生したけど。
「まさかこうなるとは」
つい愚痴もこぼしたくなる光景が、今目の前に続いているんだ。
俺達が駐車場で車を止めている5分程度の間に、道路はもう下りられない程の水位。
タケシが言うには、この街の地下にも温泉が流れていて、それが増水したんじゃないかと。
そう言う事は、早く言って欲しい。
このままでは、帰る事が出来ないんだからさ。
でも水に入るのも危険だ。
もう最悪の事態だよ。
長谷川村の事を思い出して欲しい。
これって水の汚染に繋がる可能性が高い。
「なぁタケシ。俺達の飲み水ってどうなると思う?」
「暫くは使えないだろうな。湧いてるとはいえ、泥水と混ざったら使えないし」
「じゃあ住民はどうなる? 確保できてたっけ?」
「最悪は建物の裏側の溶けてない雪で......ってこの雨でヤバいか?」
「大丈夫ですよ。私達がペットボトルに数週間分は確保していますし」
俺達の疑問に答えたのは、一緒に来てくれた村井さんだ。
彼らは生活水に困った経験があるので、常に飲める水は確保する様に言われていたそうだ。
片桐さん達のファインプレ-だな。
問題があるのは俺達だけか。
雷雨と風は止む気配もないし、水位は上がる一方。
トラック内に食料が残っているだけマシだけど。
濡れた服も脱いで、迷彩服に着替えじっくりと待つこと数時間。
駐車場から見えるのは、もう濁流と言っていい街の中。
劣化した木材や看板などと一緒に流れる死なない亡者たち。
お⁉ やはり生存競争に勝ってたか。
流されはするものの、ひと際大きな体で必死に建物に登ろうとする変異ヒグマ。
俺はすぐさま、車からライフルを取り出し、狙い撃つ。
ドォン! ドォン! ドォン!
グォオオオオオ!
この水位が何時になったら低くなるか分からないが、あんなのが近くに居たら安心できない。
人間のゾンビもそうだが、心臓が動いている訳ではないので、死ぬ事は無いんだよな。
動きが停止するだけでさ。
なのに食事を必要とするのは、生物としての本能なのか?
或いはウイルスがそう命令でもしているのか?
どちらにせよ、あんなのとお仲間になるのだけは御免だ。
俺は流れに巻き込まれ、遠くへ流されて行く変異ヒグマを見送りながら思う。
四季が無くなり、日照りと雪が交互に起き、今度は大雨と洪水。
次に起こるのは何だ?
火山の噴火? あるいは大地震でも起きるんだろうか?
これからは起こる前提で、準備していた方が良いかも知れない。
「とうま。何考えてんだ?」
「ん? この世の行く末だよ。地獄だなと思って」
「言えてるな。でもお前って何時も言ってるだろう? 生き残るって」
「そりゃそうだよ。死にたくないし」
この雨は数日間、降り続けたんだよ。
しかも止んでも動けないし。上がった水位が下がってくれないしさ。
ようやく車が走れるまでになったのは、2週間後だったんだ。
もう途中で食料は尽きるし、飲み水も雨水を沸かして飲んだ。
出来るだけ、ろ過して飲んだけど、うまい物じゃ無いな。
飲めるだけマシだけどさ。
戻って分かったんだが、病院も2階部分まで浸水してたよ。
病院内は土砂まみれで、嫌な臭いが充満していた。
そのままでは感染症が怖いから、住民総出で土砂を掻きだす毎日。
怖い事にゾンビも流れて来てた。
だから無駄に作業が長引いたんだよね。
だって作業だけで3週間も掛かったし。
使えない物は、ゾンビを含め集めて焼却。
この際、1階と2階は封鎖する事に決めた。
また雨が降れば、同じことになるだろうし。
出入りは2階までは梯子にして、通る通路も限定。
不便だけど、侵入者対策にはなる。
集めた土砂の周囲も、立ち入り禁止にした。
衛生上良くないだろうしな。
下水の水も流れたはずだから、土も絶望的なんだよ。
今、室内栽培できる物も探してるから、そっちに期待したいところだ。
後は温泉水の汚染がどうなのか?
吹き出る水流で菌を流してくれれば良いけど、その確認には時間が掛かるそうだ。
感染症の危険もあるから、清潔にする事は住民に徹底されているけどな。
今回は行動が早かったおかげで、人的被害は無かった。
でも戦闘訓練と一緒に、避難訓練もするべきだと俺は思ったよ。




