雪面に咲く花
俺達が自衛隊駐屯地の探索を開始したのは午前中だったが、今日は特に気温が上がっていた。
厚着をしているので、少し汗を掻くぐらいだ。
その為、足元の雪が溶けて歩きにくい。
「足元に十分気を付けてくれよ。動けなくなるからな」
俺は仲間達にそう声をかける。
流石にりさちゃんには辛いので、委員長と交代で抱っこして移動だ。
もう靴もズボンも水分が沁み込んで気持ち悪い。
それでも広い敷地内を歩いて、割り当てられた建物を目指す。
ちょうど入り口を入った正面に、連なった大きな建物があったんだが、そこには行かない。
片桐さんが言うには、その大きな建物に隊員の宿舎などが集まっているらしい。
多分上官たちの執務室とかがあるんだろうと、俺は想像しているけどな。
時間があれば、今回の手掛かりを探したいんだけど。
今は目的の物を探すのが優先。
なので入り口を入って、左側に進んだんだ。
右側の方が建物が多いので、他の2チ-ムにそっちを任せたんだよ。
まず目に入ったのは、だだっ広い何も無い広場?
駐屯地には訓練の為のグラウンドもあるはずなので、ココがそうなのかもしれない。
俺達が目指すのは、その広場を抜けた先にある建物だ。
「見えてるのに、なかなか進みませんね。あ~、私も抱っこで移動したい」
委員長がそんな事を言っているが、俺は華麗にスル-した。
せっかくご機嫌な天使を抱っこしてるのに、余計な事は言えぬ。
今は急いでるから、とっとと歩くんだ!
もう雪道を歩きなれた俺達でもこの調子だから、妹ちゃんチ-ムや男性チ-ムも大変だろう。
まだ俺達がこちら側を担当したから、これ程では無いだろうけどな。
かなり苦労したが、目的の建物には無事に到着。
しかし建物内への侵入場所が、なかなか見つからない。
窓も完全に封鎖されてるんだよ。
「あまり使いたくなかったが、委員長頼めるか?」
「かしこまりです!」
音が響くからこの手は使いたくなかったが、グズグズしてられないのでライフルを使う。
片桐さん達には事前に伝えてあるので、トラブルと勘違いされる事は無いだろう。
ドォ――ン!
バキッと言う音をたて、窓をふさぐ木材が弾け飛ぶ。
そのままガラスも貫通して、大きな穴が空いた。
その場所をゴボウ医師が鉄パイプで突いて、人が通れる大きさにする。
残りの俺達は周囲を警戒。
不測の事態に備えた。
......静かだ。
暫くそのまま動かずにいたが、問題なさそう。
いよいよ中の確認をしようと、全員が動き出した時。
「と、とうまさん。あれって......」
俺の後ろを指差し、声を震わせながら言う委員長。
振り返って俺が見たのは、あまりにも異様な光景だった。
―――雪面から次々と突き出る無数の腕。
それはまるで、花が咲く様に広がって行くんだ。
あっという間に、広場を埋めて行く無数の腕。
風に吹かれるように揺れる掌は、こちらを誘っている様にも見える。
俺は、身体の芯からゾッとした。
「は、早く中へ! グズグズしてたら、あれが這い出て来るぞ!」
一体どれだけの人間が、ここで犠牲になったんだよ!
あんな数に囲まれたら、どれだけ頑張っても生きて出られない。
俺は先に仲間達を建物内へ入れ、探索を頼んだ。
この建物への出入り口を何かで封鎖しなければ!
とりあえず外側は、雪を掘って穴を作っておく。
少しでも時間稼ぎが出来れば、活路を開けるからな。
その後は、ゴボウ医師と協力して中から物を積んで窓を封鎖。
今の状況なら、這い出て来ても動きは遅いはず。
ぬかるみで足を取られるしな。
それにしても俺達が歩いていた真下に、あれ程の数のゾンビが居たなんてな。
よく無事に通過できたもんだ。
でもこの状況を知らせる手段がない。
何も知らされずこの場所に来たら危険だ。
こんな時に連絡を取れる手段があれば......。
ん?
あれがあれば連絡は取れるかも。
「ヤナギ君。この建物内に無線があるはずだ。使用できるか分からないが、探してくれないか?」
「なるほど。車両にも無線ついてますもんね。分かりました」
「すまん。でも気を付けてくれよ? この中も安全かどうか、分からないからな」
妹ちゃん達はどうか分からないが、片桐さん達が車両を発見していれば連絡は取れるはず。
今はそれを信じて、目的の物を探そう。
俺は委員長達が向かった先へ走った。
◇◇◇
俺達の入った建物は、残念ながら備蓄品は無かったよ。
でも良い物を見つけたとゴボウ医師が言う。
それで案内されたのが、1階にある倉庫だ。
「これは装甲車両か? ヤナギ君。これが何なの?」
「いやいや。これがあれば脱出できるし、中に無線もあるじゃないですか?」
「えっと。誰が運転するのかな? こんな物普通に運転できないだろ?」
「え⁉ ま、まぁとりあえず中へ入ってみましょうよ」
「うわあああ! これってAAVじゃないですか! 何で此処にあるの⁉」
「ナ、ナミ。急にどうした? AAV? 何だそれ?」
そこから委員長が力説を開始。
何処から仕入れた知識か知らないが、目の前の車両は水陸両用車らしい。
AAVはその愛称で、水陸機動団にしか配置されてないとか何とか。
そんな事を聞いても、チンプンカンプンすぎて理解出来ん。
とにかくデカくて、人も沢山乗れるトラックで良いんじゃね?
とか思ってる事は、口には出せないけどな。
しかも説明が長いんだよ。
やれ装甲が何ミリあるとか、12.7mm重機関銃があるとかさ。
素人に使えるもんじゃないっての!
水陸両用って言うなら、乗車できれば逃げる事も可能かもしれないけどさ。
こんな時に自衛隊が生きていれば、何の問題も無かったんだがな。
それでも車両の中には入ったんだよ。
一応燃料であるディ-ゼルはある。
でもさっぱり動かし方が分からんと言う事態。
流石の委員長も、こればかりは分からないそうだ。
「でもこの中の方が安全だろう。広いしな」
俺も天使とりょうたから、キラキラした目で見られてるから困ってるんだ!
無理だから! 普通の車なら運転できるけども!
そんな時、適当にスイッチをいじっているゴボウ医師。
壊さないか心配だったが、何と電源が入ったんだよ。
ジィ―――
無線機から流れる音がする。
「ヤナギ君! それで連絡とってみてくれ!」
俺はゴボウ医師に任せた。
周波数さえ合えば、連絡が付くだろう。
ただ片桐さん達が、車両を手に入れてないと繋がらない。
だから各自で休憩を取りながら、ひたすら待つだけの時間が続いた。
外があの状況だから、のんびりできる時間が貴重なんだよ。
ここまで来るのに、かなりの体力を使ってるしさ。
ヤナギ君も休ませないといけないので、俺達も交代で無線機をいじる。
しかし時間だけが過ぎて行き、一度外を確認したら陽が落ちていたよ。
幸いゾンビ達は、この建物には来ていない。
まだ這い出ていないのかも知れないな。
この日の俺は久しぶりの安全な空間で、気が緩んでいたらしい。
身体を揺すられるまで、自分が何時寝たのか分からなかったんだ。
「.....うまさん。 とうまさん! 起きて下さい!」
「す、すまん。寝てたのか俺」
「連絡つきましたよ! 片桐さん達と!」
大はしゃぎのゴボウ医師。
そうか。無線が通じたのか。
「今、朝なのか?」
「はい! 明け方に呼びかけがあったんです! あっちは動く車両を手に入れたって言ってます!」
まだ運はあるようだ。
回らない頭では、皆のテンションについて行けない。
無理やり身体を起こし、俺は皆に指示をする。
「ふぅ。とにかく、何時迎えが来ても良い様に、安全な退路を確保しよう。誰か外へ出られそうな場所を見つけたか?」
「それなら、私が見つけた出入り口が使えると思うわ」
ビッチが得意げに言うので、車両から出て確認に向った。
向かった先は建物の裏側にある非常用の出入り口だったよ。
確かにここなら、安全に出る事が出来るな。
だが問題がある。
ここ1階だよな? と言う事は外は雪だ。
「2階へ上がって外へ出て、扉の前を掘り起こそう。今なら雪も溶けてるし、倉庫にスコップぐらいあるだろ」
言い出しっぺのビッチは強制参加。
ペアのゴボウ医師もセットでな。
りさちゃんと委員長が無線前で待機だ。
俺とりょうたは、周辺の安全確保。
「何だよ不満そうな顔して。いつも俺がやってるんだから、夫婦で働いても罰は当たらないぞ?」
「だ、誰が夫婦よ!」 「そ、そうですよ」
もう早く、くっついちまえよ。
周りは公認カップルだと思ってるのに、本人達に自覚がない。
さぁ。
生きてここを出るぞ!




