出発準備
自衛隊基地へ向かう事は決まったが、まだ冬は終わっていない。
既に3月だが雪は降るし、気温も上がって来ないから準備に時間をかける。
俺は引き続きリハビリとトレ-ニング。
委員長とりょうたも一緒にやってるんだ。
彼らも体力と筋力が落ちてるからさ。
10日程歩く事を考えると、不安なんだろう。
「とうまさん。聞いて良いですか?」
「何だナミ。改まって聞く事あるのか?」
「たまに私の事を委員長って呼んでますよね? 知っててスル-してますけど。ヤヨイの事はビッチでしたっけ?」
「そ、そんな風に呼んでたか? 意識して無いから分からん」
ぐっ。余計な事に気づきやがった。
一応気をつけているんだけど、ついポロッと言っちゃったんだろう。
グイグイと肘で押してくる委員長を、俺は素知らぬ顔で無視する。
そのにやけた頬を引っ張ってやろうか?
「へぇ。私の事そんな呼び方してんだ。ちょっと失礼だね」
うわぁ。
今日は厄日なのか? 何でタイミングよくビッチも来るんだよ!
「気のせいだろ? ちゃんとヤヨイって呼んでるし?」
委員長とビッチがわぁわぁ言ってるけど、そんな物にかまってる暇はない。
断じて無いんだ。
黙々とトレ-ニングしてたら、追及は諦めてくれたけどな。
ビッチとゴボウ医師も基地への遠征に立候補したから、時間が空けばトレ-ニングに来てる。
彼らも忙しんだよ。ゴボウ医師は、このコミュニティに二人しかいない医者だし。
ビッチは女性達の相談を色々と受けてる。ほら。女性に必要な物とかの話。
人当たりが良いから、頼まれる事も多いんだ。
ちゃんと戦えるし、調達にもついて来てるしな。
委員長も少しずつ、住人とコミュニケーションは取ってるみたいだけど。
問題なのは、りさちゃんだ。
なかなか他の子供達と打ち解けられない。
りょうたが間を取り持ってるみたいだけど、人見知りが発動中だ。
大人も男性は駄目。女性も誰でも良い訳じゃないみたいだし。
俺とは話してくれるから、一応は言うんだけどなぁ。
無理やり話させるのも違うし、困ったもんだよ。
俺に懐いてくれてるのは嬉しいけど、依存する関係だけなら問題しかない。
同年代の友達は作って欲しいんだけどな。
じゃないとつまらない人生になっちゃう。俺の様に。
あ......稲垣が居たな。アイツは変人だけど。
タイプも趣味も全く違うのに、何でか馬が合うんだよなぁ。
アイツ今頃何してんだろ? 俺は絶対生きてると思ってるし。
何時かまた、ひょっこり顔を出しそうな気がするよ。
◇◇◇
俺は何時ものトレ-ニングとは別に、妹ちゃんとケンから合気道の指導を受けている。
一般的には主に体術を指導するイメ-ジがあるが、本来は多人数を相手にする総合武術らしいよ。
珍しくケンが熱く語ってくれたんだけどな。
俺はどうも身体が上手く動かないから、付け焼刃でも身に着けたいと考えたんだよ。
「先ずは入身と転換の動きを覚えろ」
そう簡単に言うのは、ケン先生だ。
合気道は基本的に防御と返し技。
入身は相手の攻撃をかわすと同時に、相手の死角へ直線的に踏み込む動きの事。
相手の動きをよく見る必要があるが、幸い目だけは良い。
でもケンの攻撃をかわし、いざ踏み込むという段階で無力化されてしまう。
その動きが転換だ。
俺の攻撃を円く捌いて受け流すんだが、どうにもその動きが出来ない。
まぁ簡単にできるなら、世の中に達人なんて居ないけどな。
妹ちゃんはケンよりも強いって言うから、それこそ達人レベルなんだろう。
「身体に無駄な力が入ってる」
ボソッとそう言う妹ちゃん。
分かってるよ。硬くなってるのは。
でもさ。ケンってごついから、前に迫られると怖いんだよ。
捕まったら投げられるしな。
毎回の様に捕まって、床に叩きつけられる身になって欲しい。
畳とか無いんだよ? 雪の上でも痛いから。
「もうお終いか? 早く立て!」 「そんなんじゃ合気は習得できない」
「はぁはぁ。た、立つから。ちょっと待って」
雪道の上で円を描く動きとか無理じゃね?
とか思いながらも、負けん気だけで立ち上がる。
この日も結局、俺は投げられただけで終わったよ。
出発までは、まだ時間はある。
せめて基本的な動きまでは、絶対に習得するつもりだ。
仲間を連れて行く以上、必ず必要な時が来るから。
◇◇◇
それから月日は流れ、現在5月に入った。
雪の降らない時間が長くなり、気温も徐々に上がって来ている。
しかし昨年よりも、冬の終わりが長くなっているのは間違いない。
もう冬が終わらないのかと心配になっていたんだよ。
「この分なら、基地への出発も近いな」
「余所見する余裕は無いよ?」
ブンッ!
痛たたた。
相変わらず合気道の方は、上達しているか分からない。
と言うか、相手が悪いんじゃないか? と思い始めているが......。
最近はケンの代わりに、妹ちゃんが教えてくれるようになったんだよ。
でも全く歯が立たない。ケンとなら勝てはしないものの、投げられる回数は減ったんだけどなぁ。
妹ちゃんの場合は、何をされてるのかすら理解出来ん。
「どう練習したら、妹ちゃんみたいになれんの?」
「妹ちゃん違う。ナツミ師範?」
「何で疑問形なの? 妹ちゃんは師範代なのか。まぁその強さだもんな」
「私、天才」
合気道をやり始めたから分かるが、確かにこの子は天才なんだろう。
華奢だし身長も俺より低い。それでも間合いを詰める一瞬の早さの次元が違うんだ。
試しに攻撃側をやってもらったが、俺が受け流す力さえも利用されてしまう。
本音を言えば、チョット情けなくなって来てる。
これで妹ちゃんが武器を持ったら、どうなるのか見てみたいよ。
彼女は剣と杖も使えると、ケンが自慢げに言ってたし。
それも基地への遠征で見れるかもしれないけどな。
妹ちゃんとケンもメンバ-に入ってるし。
タケシも行きたがったが、流石にリーダ-を不在には出来ないから却下。
アイツはどちらかと言うと、妹から離れたくないだけだと思うし。
今日もそろそろ来るだろう。
ほら来た。
「お~い! ナツミ! 俺にも指導よろしく!」
「にぃ。来なくていい」
「そんな冷たい事言うなよぉ。俺だって強くなりたいんだよ」
妹が大好きなのは、前から知ってた。
だが普段と変わり過ぎだろ! 俺と調査言ってた時、こんな奴とは思わなかったよ!
このシスコン!
と心の中で思ってるが、口には出さない。
前にそれを言って喧嘩になったしな。
タケシからは、俺もそうだろうと言われたけど。
りさちゃんは、妹枠と娘枠両方なんだよ。
最近汗臭いと言われて、かなりショックを受けたんだよなぁ。
だからちゃんと身体も拭く様になったんだけど。
俺は投げられるタケシを見ながら、そんな事を考えていた。
一通り練習が終わった後、タケシが俺に話しかけて来る。
「とうま。この後、時間大丈夫か?」
「ん? 特に予定は無いぞ。今日の探索はケン達が行ってるし」
「そうだったな。忙しくて忘れてた。じゃあ、あの部屋に来てくれ。新たに分かった事があるから」
タケシはそう言って、サッサと病院へ帰って行った。
俺は動いた後のク-ルダウンを終えてから、病院内へ戻り汗を拭いて着替える。
新たに分かった事って何だろうな?
◇◇◇
ガチャ。
「失礼します。タケシ。来たぞ」
「おう。待ってたぞ。適当に座ってくれ」
俺が向かったのは、日本地図が貼ってあった部屋だ。
タケシ以外に片桐警部補と警官が2名待っていた。
部屋の中は乱れていた書類も整頓されていて、かなり情報も精査されたみたいだ。
「とうま。ハヤトって覚えてるか?」
「ん? そう言えばあの襲撃以降、顔を見て無いな」
「今日の話は、アイツの件だ」
タケシはそう言って、俺への説明を始めた。
ハヤトは俺がここに捉えられ、初めて部屋の外へ出た時に話しかけて来た奴だ。
右腕のタトゥーが印象に残ってる。
他の奴らも入れてたけど、不思議と記憶に残ってるな。
そのハヤトは罪人の中で、まとめ役だったんだってさ。
まぁ人当たりは良かったけどな。あの目を除けば。
だから比較的、金森達の評判が良かったんだとさ。
タケシ達も悪い印象は無かったらしい。
「これを見てくれ」
そう言ってタケシが俺にメモ書きを差し出す。
えっと。
公安のスパイ。青蛇の刺青。注意されたし。
それを読んで、さっきの記憶を思い出す。
ハヤトの腕にあったのも、青い蛇だったな。
ん?
と言う事は、アイツが公安のスパイ⁉
「とうま。お前が今想像した通りだと思う」
「あの入れ墨は、ある政治団体の下部組織の証なんだよ」
タケシに続き、片桐警部補が言う。
片桐警部補が言うには、自身の管轄でその組織の人間を捕まえた際、上から釈放する様に圧力が掛った事があるらしい。
意味が分からず上に聞きに行くと、公安警察が関わっている事を聞いたようだ。
内偵捜査中と言う理由。政治団体の絡みだから、公安がマークしていても、おかしくは無い。
「それなら片桐さんは、ハヤトの事を疑ってたんですか?」
「いや。恥ずかしながら、私は罪人達と関わっていなかったんだ。タケシ君とは、部下を通じて知り合った。本当に悔やまれるよ。まさか内部から情報を流されていたとは」
なるほどな。
メモを見て思い出したってとこか。
ハヤトの遺体は発見されてないし、あの騒ぎの最中に逃げた可能性が高いな。
それはそれで厄介だなぁ。
場所は知られてるし、また病院が襲われる可能性もある。
同じ規模で来られたら、今度こそ太刀打ちできないぞ。
公安の部隊を誘導したのもハヤトだろうし。
「とうま。お前にこの件を話したのは、計画を早めて欲しいからなんだ」
「それは襲われる前に帰って来いと言う話か?」
「ああ。個人的な理由もあるが、それはまたお前には話す。どうだ? 頼めるか?」
「......分かった。食料の問題もあるしな。2日ほど時間をくれ。準備出来次第、行って来る」
まだ冬が終わってないと言うのに、計画の前倒しが決まったよ。
でもグズグズ行っても仕方ない。
俺は部屋を飛び出し、皆の元へ走った。
準備は万全じゃないけど、やれるだけやってみよう。




