訪問者
翌日。
昨夜の騒ぎが嘘の様に静かな病院内で、今日も今日とてトレ-ニングを開始する。
激しい筋トレも毎日続けては筋肉を傷めてしまうので、今日行うのは体幹トレ-ニングだ。
先ずはうつ伏せになり、肘を肩の真下に置く。
そして胴体を持ち上げ、つま先と前腕だけで身体を支える。
身体が一直線の状態になってる事を確認し1分間キ-プ。
ヨガやっている人もお馴染みのプランクっていう腹筋を鍛えるポ-ズだ。
地味だけど結構きつい。
その次に今度は仰向けに寝転び、膝を立ててお尻を持ち上げる。
この時両腕は床に伸ばしたまま。背中を曲げない様に伸ばし綺麗に1直線にする。
これも1分程度ポ-ズをキ-プする。足裏を着けたままやるのが結構辛い。
ヒップリフトと言って、お尻の引き締めには効果がある。
後簡単なのはヨガの立ち木ポーズだが、指を伸ばすのがまだ辛いので断念。
片足でバランスを取るポーズなので、立ったまま出来てお手軽なんだけどな。
狭い空間でも出来るこれらのトレ-ニングは、気軽にできるから助かってる。
休憩を入れながら5セット程済ませた頃、俺の部屋のドアが叩かれた。
コンコン。
ノックの後、ドアの小窓が開かれる。
「とうま君。今良いかな?」
「......丸川先生。ご無沙汰しております。私は良いのですが、面会には許可が要りまして」
「許可はもう取ってある。じゃあ入らせてもらうよ」
「どうぞ」
また顔を見たくない人が来たなぁ。
許可ってさ。俺の意見聞いて無いじゃん。
それにドアの小窓だって、外からしか開かないし。
プライべ-トなんて、罪人には必要ないって事なんだよね。
昨日見た時から気づいてたけど、この先生もかなり痩せた。
黒く焼けた顔にギラギラした目。
あの温和な先生が、こうも変わるもんなんだな。
「急にすまないな。少し話たい事があって、君に面会を申し出たんだよ」
「俺に話ですか。ちょっと想像もつきませんが、聞かせて頂きます」
「君は狂暴化した動物の事は知っているね?」
「えっと。俺は変異種って呼んでますけど、ヒグマと犬、後はカラスと遭遇しています」
「そうか。私はそれ以外に猿も確認したよ。長谷川村を襲ったのもサルの群れだったから......」
そこから暫くは、村が襲われた当時の話を聞かされた。
俺は山でサルは見た事が無かったが、山が枯れた影響で下りて来たんだろうな。
そのサルがどうして変異したのか? 基本的に雑食だけど、肉とか魚は食べないはず。
でも実際に村は襲われ、多くの人が犠牲になったと言う。
「先生。その襲われた人達は、ゾンビ化したんですか?」
「ああ。助手のマリコ君も噛まれてね。ゾンビ化するまであっという間だったよ」
「棟梁とか他の人達もその時にゾンビに?」
「そうだ。君さえ......君が要れば状況も変わったんじゃないか!」
立ち上がり俺を指差して大声をあげる。
目は血走り、今にも俺に掴みかかりそうだ。
それでも俺は冷静に答えたよ。
「丸川先生。流石に俺が1人居ても、群れを相手に戦えませんよ。銃の弾薬も数がありませんし、当てる事も難しかったでしょう」
「それでもマリコ君だけなら助けられた! 何故逃げたんだ!」
「理由も知ってるでしょうに。自分で守れなかっただけでしょ? 俺に責任転嫁しないで頂きたい」
もう勘弁して欲しい。
丸川先生にとって娘の様な存在だったんだろうけど、そんなに大切なら自分の身を呈して守れよ。
それをしなかった時点で、自分の身が大事だっただけだろうに。
この先生ってこんな人だったか?
あの時の俺の様に、ウイルスにやられてる?
まさか食人鬼に襲われたとか?
しかし先程まで怒り狂っていたはずの先生が、突然元の温和な顔に戻る。
「すまない。少し君を試させてもらった。もう体内のウイルスの影響は受けてないようだね」
「はい? ああ。あれから水にも気を付けてますし、怒りに我を失う事もほぼありません」
「そうか。そんな君に頼みがあるんだ。どうか私の研究に協力して貰いたい」
そう言って頭を下げる丸川先生。
ちょっと正直意味が分からん。
協力って何すれば良いのかも言われてないし、そんなの返事が出来るわけない。
だからもう普通に聞いたよ。
そしたらさ。丸川先生がここに来た理由を聞かされた。
丸川先生はあれからもウイルスの研究を続けていたらしい。
しかし動物にまでウイルスが感染する事を知り、それまでのデ-タが使えなくなったんだ。
まぁ俺の血液とか村の人間の血液も調べてたのは知ってるけどな。
そこで俺の出番。ウイルスに打ち勝った俺の血液が欲しいんだってさ。
出来れば変異種のサンプルが欲しいとか、簡単に言わないで欲しい。
今の俺では、ゾンビ犬でさえ難しいと思うんだよね。
装備だって返してもらえないし。
「俺の血液は少量なら良いですよ。今はまだ身体が全快してませんし。変異種のサンプルは金森さんにお願いして下さい。俺って罪人扱いだから、装備が貰えないんですよ」
「罪人......そうか。それなら金森氏に聞いてみよう」
「因みに昨晩の騒ぎは大丈夫だったんですか?」
「ああ。数名被害に遭ったようだが、私も川口氏も無事だよ。暴れた彼らについては、これから研究させてもらうがね」
そう狂気を浮かべた顔で言う丸川先生。
やっぱりこの人おかしいよな。
2重人格みたいになってるじゃん。
ここでタイムアップな様で、制服警官が丸川先生を迎えに来た。
もうサッサと出て行って貰いたかったから、内心めちゃくちゃ喜んだよ。
結局サルの事も考察すらしなかったし、俺への頼みはついでだったのか?
あの怒りは絶対演技じゃ無かったと俺は思ってる。
この世界で生きていると、皆壊れて行くけどさ。
他人のせいにして、自分を正当化するのは辞めて欲しいよ。
言われる方は、たまったもんじゃないんだから。
◇◇◇
それから数週間。
丸川先生は何度か会いに来て、俺の血液採取も終わったよ。
何かに使えるなら、役立てて欲しいもんだ。
そんな事より、今日は特別な日なんだよ。
「まだリハビリは必要ですが、傷も骨折も完治と言って良いでしょう」
「そうか! 長かったなぁ。全治3ヶ月だっけ? 最初の診断」
「まぁ約3ヶ月ですよ。半月伸びただけでしょ」
「そりゃあ設備も無い病院だけどさ。治りも悪いって事は分かった」
怪我をしてから、3ヶ月半にもなるんだよ。
引き籠るにしても、いい加減飽きる。
たまにしか外に出られないから、体力的にまだ不安もあるし。
付き合ってくれたゴボウ医師にしか、文句言える相手いないんだよね。
同じ罪人には弱みは見せられないから。
それでも此処まで協力してくれた事は、本当に感謝しているんだ。
「経過については金森さんに報告済みです。もう明日にでも遠征許可がおりますよ」
「明日って調査日だったな。いよいよ外へ戻るのか」
「逃げたいからって、怪我しないで下さいね?」
「分かってるよ。大怪我負って、置き去りにされない限りな」
俺の返答に渋い顔をするゴボウ医師。
半分冗談だよ。
置き去りにされるのは、間違ってないけどな。
そして次の日。
俺は他の罪人たちと一緒に調査に出たんだ。
俺の武器は金属バット1本。
ナイフも無し。
せめて身体を守れる装備が欲しかったが、それも許可されなかった。
武器を隠されると困るとか言う理由でな。
全く信用は、されてないよね。
俺は一団の最後尾を選択。
前を歩くと刺される心配があるからな。どうにも信用できないメンツだし。
罪人は5人で1チ-ム。
ハヤトも居ないし、知り合いと言えるメンツじゃない。
1人だけ覚えのある奴もいるけどな。
女顔の男だ。ほら委員長達がタ-ゲットになった時に居た奴。
男か女か分からなかったけど、本人申告で男だったと判明したよ。
見た目通り癖がある奴でさ。
華奢そうに見えて合気道の達人らしい。
本人談だから、話半分でしか聞いて無いけどな。
そんなメンツでの初戦闘は直ぐに訪れた。
ウォオオ―――ン!
いきなり叫び声が聞こえ、陣形も取れずに戦う羽目に。
各自それぞれで対応に当たる。
意外とそれがハマって、撃退とは行かないものの、何とか戦えている。
俺も久しぶりの戦闘に心が躍った。
最初こそ相手のスピ-ドに翻弄されるが、目だけは良く見えていたんだ。
徐々に攻撃パタ-ンも分かり、攻撃をかわした瞬間にバットを叩きこむ。
威力もそこそこだし、バットの寿命も近い。
そんな状況でも俺は負ける気がしなかった。
そして遂にゾンビ犬の前足を1本折る事に成功する。
1本でも折れれば動きは制限されるので、間髪入れず追撃。
こうなると全ての足を折るのに時間は掛からなかった。
「良しっ! バットはもう駄目だが、取り敢えずこれで良いだろう」
予備のバットすら無いから、この次襲われる前に調達したい。
自分の戦いが終わり気持ちに余裕が出来たので、他のメンツの戦いを見る。
おうおう。
なかなかやるもんだ。
1人はナイフを上手く使い、的確に足の腱を切っている。
もう1人は柔道の投げ技で首の骨を折りに行ったよ。
あの女男は......自分で言うだけあって戦い方が安定してる。
技は良く分からないが、ゾンビ犬を投げてる?
力も入ってない感じなのに、遊ぶように何回も雪に叩きつけてるんだ。
あれが相手の力を利用するってやつか。
最後の1人は既に戦いが終わっている。
失敗した。
全員の特徴が知りたかったのに。
たまたま同数だったから、やけにあっけなく終わったな。
この5人なら変異ヒグマ以外は、問題なく対処できそうだ。
初の戦闘は終わったけど、調査はまだ始まったばかり。
俺達は再び移動を開始した―――




