見える物(表と裏)
指の骨折のリハビリは順調だ。
少し痺れは残っているが、何とか曲げられるまで回復。
重い物は持てないし、違和感はある。
それでも目に見える回復は、俺の心を高揚させた。
「ハンドグリップでもあれば良いのに。ヤナギ君。手に入らない?」
「外に出た時にでも探してください。そろそろ許可が出ますし」
「は、早くない⁉ 俺まだちゃんと戦えねぇけど⁉」
「わかってます。外と言っても建物周辺に出るだけですよ。体力もつける必要がありますし」
ちょっとビビった。
流石にバットも握れないのに、あの荒くれ者達と同行はキツイ。
正直、何されるか分からんからな。
廊下でハヤトと話してる時にさ。
俺をボッコボコにした連中に会ったんだよ。
委員長に撃たれたんだが、全員助かってた。
よく考えたら分かるんだけどな。
ゴボウ医師は、委員長が殺ったのは1人って言ってたじゃん!
何であの時におかしいと思わなかったんだろう。
いきなり小声で話しかけられて、傷を見せながら笑うんだぜ?
怖ぇし、気持ち悪いしで、変な声出たよ。
あの連中と一緒に行動するとなると、しっかり身体を元に戻さないと戦えんよ。
ゴンッ! ゴンッ!
そんな事を思い出してる最中、俺の部屋のドアを激しく叩く音。
ゴボウ医師も首を傾げているから、訪問の予定は無いんだろう。
「俺が出ようか?」
「いえ。とうまさんに面会は許可されていません。用事がある場合、事前に申請が必要ですから」
そう言ってゴボウ医師は扉の所へ歩いて行った。
「先生! 助けてくれ! サトシがやられたんだ!」
「傷の具合は?」
大声で叫ぶ強面の男。
アイツは俺と同じ罪人だよな?
今日は外へ出てるはずなんだが、あの感じ何かあった?
ダッダッダッ!
「貴様! 何を許可なく帰ってきている!」
「ちょっ! 離せよ! 俺は先生に!」
一瞬ドアの陰に制服警官が映った。
ゴボウ医師は頭を振りながらドアを閉め、俺の元へ戻って来る。
「聞こえたけど、仕事じゃ無いのか?」
「ふぅ。基本的に奉仕者は、軽傷以外治療しません。これは規則なんですよ」
そんな辛そうな顔で言われてもな。
やっぱり罪人の扱いは悪いじゃないか。
使い捨ての道具でしかない訳か。
衣食住を与えてるから、それで十分?
馬鹿にしやがって。
ん?
じゃあ欠員が出た場合はどうするんだ?
まさか......罪人以外も使うつもりか?
「なぁヤナギ君。欠員の補充はどうするんだ? 誤魔化さず教えてくれ」
「とうまさんの様に、探索中に見つけた人間を捕えます。それか......希望者を募ります」
やっぱりそうなるのか。
じゃあ委員長が立候補する可能性もある?
クソが!
金森の野郎は、それも見越してやがるんだろう。
ゴボウ医師が間に入ったとは言え、俺の希望が通ったのが不自然だったんだ。
それであの、人を食った様な態度だったんだろうさ。
「ヤナギ君。ゴム系の握れる物を探してくれ。病院なら何かあるだろ? 頼む! あまり時間がない」
「そう言えば子供用のボ-ルを見た気がします。私では目立ちますから、ヤヨイに頼んでおきますよ」
直ぐに補充は無いだろうけど、あの貧弱な装備では今後も犠牲者が出る。
俺はこの日から眠る時間を削り、訓練を始めたんだ。
あの子を巻き込まない様に。
◇◇◇
そしてゴボウ医師の予告通り、遂に建物の外へ出る事が許可された。
「じゃあ。少し走っても良いのか?」
「ええ。でも見える範囲でお願いします。でも他の一般人と話す事は禁止ですよ」
外は見慣れた雪景色。
遠くに子供達が遊んでいる姿も見える。
病院は思った以上に大きかったよ。
これなら雪が溶けても拠点にするには十分だろう。
警備には制服警官が複数人。
一体どれだけの人数が居るんだ?
俺はチラチラと周囲を確認しつつ、短い距離を何度も走る。
今は瞬発力を上げたい。これだけ身体がなまると、数度の往復で息が上がる。
駄目だ。こんな調子じゃ元に戻るなんて、何時になってしまうんだ。
直ぐに体力も筋力も戻らない事は理解してる。
それでも焦ってしまうんだよ。
立てなくなるまで走ろうとする俺を、冷ややかな目で見守るゴボウ医師。
俺らしくないって思ってんだろ?
そうだよ! なんでこんなにムキになってるのか? 自分でも分からん!
そんな時だ。
「頑張ってるじゃないか。君は聞いていた以上にやるみたいだねぇ」
「はぁはぁ。か。金森さん。何か御用でしょうか?」
「ちょっと君に話があってね。私の知り合いが君に会いたいと言っているんだよ」
「金森さんのお知り合いですか? 私にそう言った知り合いは居ないのですが」
何か探るような目で俺にそう言う金森。
こういう連中に知り合いなんて居ないぞ?
誰かと間違ってんじゃねぇか?
俺がそんな風に悩んでいると、建物の陰から数人の人間がこちらへ歩いて来る。
なんだ? こっちへ来るって事は、金森さんに用事か?
そう思っていた俺の視界に、思い出したくない人物が映る。
「アレってもしかして、川口さん⁉」
まだ生きているとは思っていなかった人物の登場に、俺は思考が追い付かなかった。
かなり痩せてはいるが、記憶に残っている面影はある。
その隣に居るのは、丸川先生か。あれ? 助手のマリコさんの姿は無い。
それ以外は見覚えのない連中だな。
なんか目がギラついてるのは気のせい?
高原ダムでの生活は、もう忘れたい記憶だ。
何で今になって、俺の前に現れる?
「とうま君。少し下がって貰えるかな。ここでは揉め事は困るんでな」
「え? は、はい。分かりました」
金森は俺にそう言って距離を取らせた後、こちらに来る集団に近づいて行った。
罪人は一般人に近づくなってか?
会いに来たのはあっちじゃん。
ガッチリと握手を交わす金森と川口。
これで金森の正体は絞られた。
元市議会議員の川口なら、中央の政治家に知り合いが居てもおかしくない。
一体何の為にこの拠点へ来たのか知らないが、今更俺に何の用がある?
勝手に恨んでる可能性はあるけど、俺を悪者にしたのは忘れてない。
既に金森は川口から、俺の情報を聞いているみたいだけどな。
個人情報をペラペラと話すなよ。元政治家さん!
色々と思い出してきてイライラする俺の元へ、川口と金森が歩いて来る。
それを見て俺は顔から表情を消す。
ここは出来るだけ穏便に。下手に騒げば監視が増えそうだしな。
「いやいやこれは。元気そうじゃないか。とうま君」
「お久しぶりですね。川口さん。もう身体ボロボロで、今リハビリ中ですけどね」
にこやかに話しかけては来るが、棘を感じるのは俺が身構えているからか?
川口は俺が突然居なくなった後の事を話し出す。
特に聞きたくもない話だったが、金森も居るので素直に聞いたよ。
俺みたいな戦える人間が居なくなったことで、あのグル-プ内でも揉め事があったらしい。
物資の調達とか自分達の力で手に入れる事になるから、それに不満を覚える人がいたんだ。
俺からすれば当たり前の事だけどな。勝手におんぶに抱っこだっただけだし。
それでも何とか冬を越え、彼らは長谷川村に戻ったそうだ。
でもそこに変異種が襲来。この時に俺の知ってる人たちが犠牲になった。
それでも生きる為に拠点の移動を決断。
最初に向かったのは距離的に近い川越町だが、既に町は崩壊した後。
少ない物資を探し移動を繰り返す様になっていった。
そんな中でここのコミュティ-の人間に出会う。
聞けば金森とは古い縁があったそうで、ここへの移住も金森の要望に応えたから。
俺の感想は、それは大変そうだなって感じ。
こんな世界だし、生き残るのが難しいのは皆同じだろう。
それを俺が居なくなった事を強調して話されても、俺には何も響く事は無い。
俺はそれよりも気になるんだよなぁ。
あの遠くからこっちを見る目がさ。
嫌な感じがビンビンするんだが、これはゴボウ医師にでも伝えといた方が良いかなぁ。
何処で拾ったんだか知らないけど、身体検査やったのか?
俺は気の抜けた返事しか出来なかったが、求めて来た握手には応じたよ。
力強く握られても、握りかえせねぇのが辛い。
こうして再び出会う事になったんだが、俺の想像が見事に当たる事になる。
この日の夜。
静かな病院内に、悲鳴と銃声が鳴り響く。
何があったかはお察しで、川口は食人鬼を連れてきちまったんだよ。
アイツら人当たりは良いし、俺も騙されたんだけどな。
きっとここに来るまで、我慢してたんだろうさ。
それが生きの良い人間見たから、本性表したってとこだろう。
まぁゴボウ医師経由で注意はしておいたし。
彼らがどうなったかは、俺は知らない。
俺は罪人だし、夜は部屋から出られないしな。




