兄妹再び
逃げている間、ずっと恐怖が消えなかった。
夜も彼らの襲撃に怯え、碌に睡眠もとれない。
食事も食べたら直ぐに吐いてしまう。
俺はあの場所で、何を食べさせられたんだ?
仮眠中にあの子の笑顔が夢に出て来る。
ゾンビより生きた人間の方が怖い。
悪意よりもタチの悪い何か。
俺は悪夢から逃げる様に移動し続けた。
他者と関わる事が怖いから、次第に移動は夜が中心になったよ。
その分危険は伴うが、どうせ眠れないんだ。
昼間に短い時間の仮眠をとる生活。
どんどん感覚は鋭くなり、ゾンビと戦う事も苦痛に感じなくなった。
俺もあんな鬼に変わってしまうのか?
そんな恐怖がいつも付き纏っていたんだ。
でも生き残ると決めた以上、克服しなければならない。
俺は猟師の頃を思い出し、ひたすら強さを求めた。
だから我武者羅に戦ったよ。
何度も危険な目に遭いながら、少ない食料を探し食いつなぐ。
もうあれから何日も経ったが、未だに身体が食べ物を拒絶する。
それでも絶対に吐かなかったよ。
恐怖に打ち勝つ為に。
◇◇◇
そして俺は戻って来た。
苦い記憶のある場所へ。
元々倒れ無ければ、ここに向かうはずだったから。
「やっぱり冬の影響は大きいな」
俺が目指した目的地は、あの食品加工工場。
もう食糧を得るのが難しいからな。
少しでも可能性のある場所にやって来たんだよ。
まぁ皆んな考える事は同じみたいで、門は破壊されているし、建物も劣化が激しい。
まだ生存者が居るかどうかも怪しい。
そんな印象を受けるほど、寂れていたんだ。
それでも俺は中に侵入する。
もう誰も入らないだろうけど、望みがない訳じゃない。
この建物で気になる場所があったんだよ。
この場所にあの兄妹を送り届けた際、一晩だけ滞在した。
あの時、寝られないから敷地内を歩いたんだよ。
その時に変に記憶に残った建物がある。
避難者が居る建物から少し離れた場所にあって、重そうなシャッターが閉められた工場。
俺も学生時代に色々バイトしたんだけどさ。
こう言う工場で働いた事もあったんだよ。
そこもそうだったんだけど、今は工程別に作業を分けて効率化を計っているんだ。
ここは全部で6つの建物がある。
事務所棟、保管倉庫、製造工場が4つ。
これは案内板に書いてあった。
皆が狙うのは保管倉庫だろうけど、移動される前の製品は溜め置かれているだろう?
ゾンビに襲われる危険性があるから、時間の掛かる場所は敬遠されるんだ。
組織的に狙われていないならね。
パニック時、どうなったかわからないけど、残ってる可能性はあると思う。
この内、事務所棟と保管倉庫は見る必要が無い。
だから警戒はしつつ、目的の工場へ進む。
その道すがらチラッと見たけど、保管倉庫と手前の工場2つは荒らされていたよ。
でも少し奥にある残り2つの工場は、シャッターが閉まったままだ。
建物は崩れかかってるけどな。
ゴロンッ。
ゾンビか⁉︎
瓦礫の転がる音で俺の警戒心はMAX。
しかし何も出てこない。
今動くのは危険か?
そう思い暫くその場で注意深く確認する。
「お、お兄ちゃん?」
聞き覚えのある声がする。
どう言うタイミングの良さなんだ?
子供に良い思い出が無い俺は、喉から思うように声が出ない。
わかるだろ? もう呪われてるみたいに、関わって良い事が無いんだし。
腕に鳥肌が立ってるよ。
「と、とうまお兄ちゃんでしょ」
そう言いながら、小さな影がこちらへ出てくる。
「そこで止まれ!」
俺は殺気だっだ声で叫ぶ。
子供を使った罠の可能性もある。
例え見知った子供でも、今の俺は信用が出来ないんだ。
「ぼ、僕だよ! りょうただよ! 覚えてないの?」
「だからなんだ? 何の為に声をかけた?」
「りさもいるよ? 助けてくれないの?」
「母親がいるだろ。何故俺に助けを求める必要がある? 悪いが関わるつもりはない」
会話を続けながら、人が隠れられる場所に視線を走らせる。
襲われたら直ぐに迎撃できるようにな。
でも今のところ気配はしない。
こんな子供が1人で外へ出て来てるのか?
どう言う状況なんだよ。
「お母さん達、僕らを置いて行ったんだ。何も食べる物がないから、りさも元気が無くて.......うわぁあああん」
そう言って泣き出す、りょうた。
なんか俺がいじめてるみたいだ。
「大きな声を出すな。ゾンビが集まっちまうだろ。と、とりあえず俺が見える位置まで出てこい」
りょうたは必死に泣くのを堪え、ふらふらとした足取りで俺の前に歩いてくる。
もうあまり記憶にないが、かなり痩せ細っている。
服もぼろぼろで、武器なども持っていない。
「妹はどこにいる? 大人は誰もいないのか?」
「いるけど、食べ物も分けてくれない。大人なんて嫌いだ!」
「そうか。なら妹をここに連れて来れるか?」
「わ、わかった。待ってて」
子供相手にきつい事を言っていると思う。
でもこの状況でも安易に信用出来ないんだよ。
子供を見捨てる大人を助ける気もさらさら無いし。
これでここの生存者がついて来たら、俺は完全に敵になるよ。
それがりょうたの意思じゃなくても。
待っている間に、目的の工場を調べた。
全てのドアは鍵が閉まっているし、大きなシャッターも動かない。
でも壁にある橋子を登れば、窓から侵入出来るかな。
橋子から窓まで距離はあるが、手をかける場所さえ有ればなんとかなる。
猟師修行で木登り頑張ったからな。
その間は無防備になるし、涼太が信用出来るなら、見張りを任せても良いかもしれない。
そこまで考え終わった頃、妹を背負ったりょうたが戻って来た。
「マジかよ。あんな状態の子供を見放すのか......」
もう見ていられなかった。
死んだように動かない妹を背負う子供。
例え罠でもコレは放っておけないだろ。
「りょうたはコレを食え。りさはこっちへ」
俺は壊れ物を扱うように、りさちゃんを受け取る。
軽い。もう手足も骨みたいに細い。
水筒の水を少しずつ飲ませてみると、喉が小さく動く。
大丈夫。
まだこの子は諦めていない。
俺は缶詰の肉を咀嚼してから、りさちゃんに食べさせる。
固形物を詰まらせたら、今のこの子は死んでしまう。
「りょうた。うまいか?」
「うん。おいじいよぉおお」
「そうか。よく生きてたな。お前は頑張ったよ」
「ひっぐ。りさ死んじゃうの?」
「死なせない。だからお前も生きろ。強くなれ」
何か俺の中で上手く言えない感情が動いたんだ。
まだ子供と関わるのは怖い。
今も意識しないと身体が震える。
でも自分の前に消えそうな命があって、それでも生きる事を諦めない姿を見たんだよ。
見捨てる事は簡単。
今更、良い人にはなれないけどな。
違うのはこの子達は俺を裏切ってないから。
俺が助ける事で不幸になる可能性もある。
その時はまた恨まれるかな?
まぁ良いさ。その時は俺の気まぐれって言うから。
「落ち着いたら、ここで何があったか教えてくれ。でもその前にやる事はあるけど」
2人を置いて行くのは不安だが、俺は予定通り工場への侵入を試みる。
ちょうど死角になってるから、事務所棟からも外部からも見えないんだよ。
心配なのはゾンビだが、見える範囲には居ない。
だから、りょうたに見張りを頼み、俺は橋子へ登った。
「良かった。まだ使えるな。登った瞬間、落下したら泣く」
橋子は少し錆ていたが、崩落する程でもなかったよ。
慎重に橋子を登り腕の力だけで、窓枠まで移動。
そこまで来れば足場もある。
音は多少出るが、思い切ってガラスを割った。
ガシャン。
窓を開けて中を確認。
薄暗いが差し込む光で何とか見える。
「ゾンビはいないみたいだな」
窓の内側には細い通路があり、そのまま侵入可能。
空気の入れ替えなどで使うものだろう。
通路の端に下へ降りる為の橋子も見えた。
あまり待たせる訳にも行かないので、さっさと中に入る事に決めた。
中は熱気が篭っているが、防犯性は抜群だ。
念の為に歩きながら音を出す。
動く物はない。
そのまま一階へ躊躇せず降りて、工場内を歩く。
「ビンゴ! あるじゃん缶詰! 錆がなかったら、充分食えるだろコレ!」
俺が見たのはコンベアのラインだ。
製造された缶詰がコンベアの上に大量にあった。
本来は作業員が籠などに入れて保管庫に移動するんだろう。
そこまで確認したところで、俺は再び2人の元へ戻った。
そして妹を背中に背負い、紐で縛って固定。
りょうたは身体の前にしがみつかせて、無理やり橋子を登った。
少し苦しそうだったけど、これしか方法が思いつかないから勘弁して欲しい。
中にさえ入れば、暫くゆっくり出来るんだから。
苦労したのは二人の重みで窓までの移動が大変だった事。
気を抜けばみんな仲良く落下だからな。
無事に辿り着いた時、思わず叫びそうになったよ。
二人は衰弱気味だったから、コンベアの上に寝かせる。
固い床より弾力もあるしな。
居づらい大人がいる場所より、此処は安全だ。
問題なのは水の確保だが、それは俺が探しに行けば良いだろう。
この子達の着がえなんかもいるよなぁ。
それに衛生状態が悪い。
風呂も入れないんだから仕方ないけどさ。
最悪は川の水を煮沸して拭かせようか。
そんな事を考えていたら、何だかおかしくなって来た。
何やってんだ俺? 今更子育てか?
違う。これは俺が人間でいる為に必要な事なんだ。
偽善でも良いじゃないか。
それで俺の精神が安定できるなら。
こうして俺と兄妹の生活が始まったんだ―――




