カニバリズム
スズちゃんの献身的な介護で元気を取り戻した俺。
少しおままごとに付き合う必要はあったけど、癒されたのは間違いない。
「とうま。あーんして」
「は、はい。あ、あーん?」
もう自分で食べれると言っても、食事の時間になるとやって来るスズちゃん。
言葉は可愛いんだけど、スプ-ンをものすごい勢いで突っ込むのはやめて欲しいんだ。
「アハハ! スズ。それぐらいにしておいてやりな。パパじゃないんだから」
アツコさん。笑い事じゃないんですって。
泣かれるのが嫌だから、文句は言わないんだけど。
まぁたしなめられて脹れる姿を見ると、拒否できない俺ですけどね。
癒された後は冬に備えて物資の調達や周辺警備などの仕事を受け持つ。
ここに集まっているメンバ-は、子供以外全員戦える人達だ。
厳しい状況を生き延びて来ただけあって、甘い考えを持つメンバ-が居ない。
色々と話を聞いたが、その中でも怖い話があった。
何時かは俺も出会う可能性があると思っていた、カニバリズムの集団が実際に居たんだってさ。
こんな過酷な世界になって人間としての理性を失った集団だ。
もうそうなってしまうと、人間じゃ無いよな。
やってる事ゾンビと変わらないんだもん。
でもさ。
そういう衝動が出るほど、生存者が苦労しているんだよ。
土地が回復しないと自給自足さえ出来ないんだ。
今の急激な気候変動が続くと、何処かに保管されている食料も足りなくなるだろう。
その時に自分が耐えられるのか? そこに恐怖を感じる。
「どうしたんだい? なんか難しい顔してるね」
「アツコさん。少しカニバリズムについて考えてました」
「馬鹿な事は考えるんじゃないよ? あれは究極の選択なんだからさ。そうならない様に考えられるのも人間だけなんだし」
「そうですよね。まだ諦めるのは早いっすね」
俺を嗜めるアツコさんも、思うところがあるのか、その表情は少し硬かった。
この拠点を築くまでに何かあったのかも知れないな。
◇◇◇
公安警察と戦うと言っても、必要な武器等不足している物が多い。
それにガチンコで戦えるほどの人数も居ないのだ。
今は力を蓄える必要があるので、拠点周辺の情報を集めていた。
時にはレジスタンスへ参加希望の生存者を連れて帰って来る事もある。
「アツコ。彼はサエキ君。彼も公安警察に襲われた都市から逃げて来たらしい。仲間も数人いるから、戦力として迎えたいと思うんだが」
「そう。詳しい話が聞きたいわ。皆を集めてちょうだい」
俺も何気なくその光景を見ていたんだけど、連れて来た青年を見た時、俺の中の警笛が鳴った。
中肉中背の普通なら目立たない青年なんだ。
でも彼からどうしても目が離せない。
俺は青年から距離を取り、観察を続けた。
他のメンバ-は違和感を感じていない様で、にこやかに対応していたんだよ。
上下関係の無い組織とは言え、新参者の俺はこの違和感を言い出せないでいた。
そんな俺と同じ様な反応を示したのは、レジスタンスの元気印スズちゃん。
愛想を振りまくわけでも無く、アツコさんの足にしがみついて居たんだ。
青年とは目も合わそうとしない。
だから俺はそんなスズちゃんを呼んだ。
「スズちゃん。チョットおいで」
「う、うん」
俺とスズちゃんが仲良くしているのは、皆も知っているので違和感は無いはずだ。
でもスズちゃんを追うように見る青年の目を見た時、俺の疑念は確信に変わったよ。
俺はあの目を知っている。あれは獲物を狙う目だ。
そんな視線からスズちゃんを隠す様にし、小声でスズちゃんに話しかけた。
「あのお兄ちゃん怖いかい?」
「うん。すごくこわい」
「そうか。絶対近づいちゃ駄目だよ」
「わかった」
俺は一度席を外し、スズちゃんをアツコさん達の部屋へ送り届ける。
その後、何も無かったかの様に皆の輪に戻ったんだ。
そんな俺を冷たい目で見る青年。
それに気づかない振りをして、俺は青年から意識を外す。
話し合いの結果。
青年は今晩この拠点に泊り、明日の朝に青年の拠点へ向かう事に決まった。
俺は拠点側の代表の1人として、青年と一緒に向かうメンバ-に立候補。
特に異論も無く俺の帯同も受け入れられたので少しホッとした。
襲われる可能性がある場所へ行くのは怖いけど、少なからず戦える俺が行った方が良い。
だけど可能性としては、もう1つ考えられるんだ。
青年が泊まる部屋に案内されている間に、俺はアツコさんに声を掛ける。
俺の予想が外れてくれれば良いが、最悪の事も考えておく必要はあるだろう。
既にこの場所は知られているのだから。
◇◇◇
ガチャ。
その日の深夜。
静まり返った拠点に、ドアの開く音が響いた。
「こんばんは」
俺は驚く青年に向って金属バットを振り下ろす。
ゴシャッ!
鈍い音がした後、青年はその場で倒れた。
そこに集まるアツコさんと数名のメンバ-。
「とりあえずこのまま手足を縛っておきます」
「わかったわ。じゃあ手筈通りに出入り口を警戒しましょう」
ピィピィ―――!
示し合わせた様に響く笛の音。
外部からの侵入者だ。
パァン! パァン!
それに続く様に拳銃の発射音が聴こえてくる。
俺が予想した通り、拠点への襲撃があった様だ。
「俺も外へ出ます。皆さんは此処を」
外へ出ると手に鉈を持った複数の男女の姿を発見。
俺は闇に紛れてそいつらに接近する。
近づくと彼らの異様さが分かる。
目は血走っていて、口からは涎を垂らしているんだ。
意志を持って動いているが、その異様はゾンビと変わらない。
これがカニバリズムの症状なのだろう。
武器を持っている分、ゾンビより厄介だけどな。
俺は背後に回り込み、躊躇なくバットで叩きつけた。
もうね。
こいつらに関しては、このまま返す訳には行かないんだよ。
普通に略奪目的なら、捕まえるという選択もある。
でもこいつらは違う。
理性を失い人間を食料と見る様な集団なんだ。
俺がアツコさんに青年の事を話した時、直ぐに仲間が集められた。
実は皆も違和感を感じていて、それを出さない様にしていたらしい。
それなら直ぐに青年を拘束すれば良かったんだけど、相手の拠点が分からないのも怖い。
仲間の居場所を吐くとは思えなかったし。
なら襲撃に備えて準備をして、万全の態勢で迎え撃つ方が良いと言う判断になった。
危険な選択ではあったけど、このメンバ-なら何とかなると信じたんだ。
経験豊富だからな。
事前の準備もあって、襲撃者の撃退はスム-ズに進んだ。
激しい戦闘ではあったけど、結果的にこちらの怪我人は無し。
青年以外の襲撃者は全員始末されたよ。
後は青年から話を聞く必要があるが、それは得意な人に任せよう。
俺はこのまま朝まで、拠点の警戒を受け持つ事にした。
襲撃者がこれで全員なのか分からないからな。
◇◇◇
結局朝まで心配された襲撃は無かった。
俺は周辺の監視を交代し、自室へ戻り仮眠。
起きてから尋問の結果を聞いた。
やはり青年はこの拠点を襲う為の囮だったよ。
以前からこの拠点を狙っており、偶然を装って接触。
拠点へ入り込んだ青年の手引きで、襲撃をかける計画だったらしい。
目的も俺の予想通り、人肉を確保する事だと白状したと聞いた。
俺の思い込みじゃ無くて良かったけどさ。
正直ゾッとする。
俺も知識としてしか知らないけど、人肉を食べると長生きは出来ないと言われている。
肝炎やエボラの症状が出る場合もあるし、内臓に異常をきたすリスクも大きいそうだ。
彼らが見境なく人間を襲っていれば、死んだ後にゾンビになる可能性も高い。
ウイルスを持っている人を食している可能性もあるんだし。
だから彼らは全員焼却処分されるって聞いた。俺もそれに賛成だよ。
俺は自分の感覚でたまたま見抜いたけど、アツコさん達の判断も早かった。
やはり経験って役に立つもんだな。何て呑気に思ってたんだよ。
その時までは。
「スズ。美味しいかい? しっかりお食べ」
「うん♪ はやくとうまも、そだたないかなぁ」
なんて言葉が聴こえてこなければ......。
本当に偶然だったんだよ。
何時もの様に皆が楽しく食事をしていると思ってた。
俺は夜通しの警戒で疲れていたから、普段より遅れて食堂に向ってたんだ。
そっと覗いた食堂のテ-ブルの上には、香ばしい匂いが充満していたよ。
皿には大量に出された骨付き肉。
それを美味しそうに頬張る、メンバ-達の楽しそうな顔。
その肉は何処から持って来たんだ?
吐きそうになるのを必死に抑え、俺はその場から静かに離れた。
誰にも気づかれない様に部屋に戻り、リュックとバットだけを掴んで逃げたよ。
何がレジスタンスだよ? あの青年が危険? メンバ-も気づいてた?
違う違う。
レジスタンスなんて嘘っぱち。餌をおびき寄せる為の仮の姿じゃないか。
青年の事に気づいたのは、同族嫌悪から来る感覚だろう。
あの子が俺に世話を焼いていたのは、美味しく育つのを待つため。
「何だよ。俺は助けられたんじゃない。彼らに捕まったのか......獲物として」
そう考えると胃の中の物がせり上がって来る。
今すぐに吐き出したいが、今は気づかれないうちに距離を離したい。
もう何も考えず、無我夢中で走り続けたよ。
食人衝動。カニバリズム。
一線を越えたら、再び元には戻れない。
俺が過ごしたあの場所は、食人鬼たちの巣窟だったんだ―――




