戦いの予兆
予想外の出来事で放心していた俺だったが、集まり続けるゾンビを見て我を取り戻した。
稲垣は俺に会いに来た時もピンチだったじゃないか。
悪運の強いアイツの事だ。爆発前に逃げている可能性もある。
そう思う事で身体を動かし、ゾンビに包囲される前に逃げよう。
その時だ。
ブロロロロ!
キキィ―――ッ!
3台の黒い車が市役所の敷地へ入って来た。
俺は慌てて建物の蔭へ身を隠す。
バタン。
「おいこりゃあどう言うこった? 三上の小僧がしくじったのか?」
「小野田管理官。とにかく調べましょう。全員散開!」
「「「「はっ!」」」」
三上? カズヤの事か?
いきなり現れた集団は、公安警察の関係者だろう。
ここで見つかると、あらぬ疑いを掛けられてしまう。
俺は静かに市役所から離れた。
向かったのはキララ達の拠点である工場。
もしかして? と言う希望もあったからさ。
それに此処なら暫くは、公安関係者にも見つからないだろうし。
でも結局この日は、誰も戻って来なかった。
落胆はしたけど、まだ希望は捨てない。
数日はこの工場で帰りを待ってみるのも良いだろう。
しかしあの爆発はどう言う事だ?
火事で武器の保管庫が燃えた? いくらキララが自衛隊上がりでも、爆弾なんて作れないだろうし。
キララ達の襲撃が、どの様な形で行われたか分からない以上、想像する事しか出来ないんだよなぁ。
今はそれより稲垣の事だ。
俺が市役所で助けられた時、稲垣は市役所に入らずバックアップを担当していたはず。
今回も爆発前には中に侵入していなかった可能性もあるだろう。
逃げたとして何処へ?
あれか。公安警察の襲撃に抵抗している都市があるって言ってたな。
そこに向かっているのかも知れない。
......俺はこれからどうする?
高崎市周辺都市も同じ様に公安警察の手が入っている可能性が高い。
もう既に高崎市にも入って来てたし。
わざわざそこに向かう? それは無いな。
仲良くはしたくないし。また何か強制されるのもまっぴらだ。
稲垣の痕跡を追う?
これも危険だな。もしそんな跡があれば、公安関係者も調べに行くだろう。
それに稲垣が生きていたとして、俺の言う事を素直に聞くか?
無いな。俺はグル-プの男達に嫌われているし、一緒に行動もしたくない。
ああ。くそっ。
そう言えば殺す気で襲われたよなぁ。
あんな狂信的なキララ信者なんて、仲良くなれる訳がないか。
ここは稲垣が生きていると信じて、別行動を取るしかない。
季節の移り変わりが極端だし、俺も早い事冬を越せる拠点が必要なんだよ。
この工場はだめだ。いずれ公安がやって来るだろうからな。
物資の残りが無いか調べ終わったら、此処を出る事にしよう。
俺は工場内を物色しつつ、地図を広げて今後の行動を考え始めた。
良い記憶は無いが、あそこにもう一度行くのも良いかもしれない。
食料を得る事が難しくなっている今、嫌だからと言ってる場合じゃないからな。
◇◇◇
その日の晩の事だ。
ブロロロロ。
俺はこちらに近づいてくる車の音で目が覚める。
「もう此処がバレたのか⁉」
俺は急いで外へ出て工場から逃げた。
キララとカズヤの関係から、此処がバレてる事は分かっていたよ。
でも動くなら朝だと思ってたんだ。
結局少しの食料ぐらいしか、手に入れることが出来ていない。
例の場所までの移動中に、運良く手に入れられれば良いんだけどな。
なんて軽く考えてたんだけどさ。
目的地までは歩くと10日程掛かるし、切実に車が欲しいと思った。
キララのグル-プもそうだけど、公安も何処から動く車出して来たんだよ。
あの冬を越えた上で燃料を手に入れる手段が知りたい。
ガソリンスタンドでも持ってたのかね?
国家権力の力を改めて感じたわ。
ズルいって。ホントに。
まぁ俺が乗ってたら変に目立つし、今は見つかりたくないんだけどな!
負け惜しみ乙!
そんな冗談はさて置き、都市部を出るとあの過酷だった冬が与えた影響を実感する事になった。
草木は枯れたままで、雑草すら生えていない道。
極寒の後で直ぐに酷暑なんて、まるで砂漠の国みたいだからな。
たまに立ち寄る一軒家には食べる物も無いし、木造建築はもうボロボロだ。
早く次の街に辿り着けないと、俺は野垂れ死んでもおかしくないんだよ。
だから必死で歩いた。
当たり前の様に食料は無くなり、飲み水も得られない日が続く。
それでも歩みを止める事は出来ない。
体力は奪われ、朦朧とする意識。
そこに襲い来るゾンビ。
もう地獄そのものだったよ。
唯一気を抜けるはずの建物の中でさえ、ゾンビの恐怖が付いて回る。
そして朦朧としながら都市を確認した俺は、そこで意識を失ったんだ。
◇◇◇
そして俺は再び目を覚ます。
「見知らぬ天井だ」
もう何度目かの言葉を呟く。
しかし何時もと違い、俺の置かれている状況は、恐ろしいものだった。
身体が全く動かせないんだ。
唯一動く首だけを動かし、周囲を確認するも人の姿が見えない。
もう自分は死んだものだと思ったんだけどな。
ギィ―――。
「おかあさん! あのおじさんおきたよ!」
「本当? 直ぐに行くわ」
今いる部屋のドアが開いたんだろうか?
女の子の声と女性の声が聴こえる。
しかし姿が見えないので、これも夢だと思っていたんだよ。
そして再び意識は闇に包まれる。
俺の意識が完全に覚醒したのは、それから数日後だった。
「もう大丈夫かしら」
そう俺に声を掛ける女性。
その頬には切られた様な傷がある。
歴戦の戦士って言う感じ。
「あ、あの。そろそろこのロープを外して貰えませんか?」
「そうね。貴方が何者で、何故倒れていたのか? その説明が終わってから考えるわ」
「ええ~。おかあさん。かわいそうだよ~」
「何言ってるの。簡単に他人を信じちゃいけないわ」
俺は女性の言う事はもっともだと思った。
得体の知れない人間を助けるなんて、今の世界では勇気のいる事だ。
多分姿の見えない女の子が、この女性に頼んでくれたんじゃないかな。
その事に感謝しつつ、俺はこれまでの経緯を素直に話したんだ。
この人達に嘘は言ってはいけないと感じたんだよ。
女性は俺の話を無表情で聞いていた。
多分半信半疑だったんだろう。そんな女性が反応したのが、公安警察の話を出した時だったんだ。
「そう。高崎市も奴らに制圧されたのね。まったくこの国はどうなってるんだろうね」
「ここが何処か分かりませんが、公安警察が行っている事はご存じなんですね」
「ああ。小野田と言う男だけは許せないよ。旦那はアイツのせいで!」
「小野田......あの男か」
俺は小野田と言う男を見ている。
確か管理官と呼ばれていたはずだ。
眼鏡を掛けた神経質そうな印象は残っているよ。
「あの男を見たの⁉ 何処で⁉」
「高崎市です。俺も逃げるのに必死で、見たのも一瞬ですけど」
「そう。分かったわ。このロ-プを外すのに条件があるわ。私に協力してほしいの」
「協力ですか? 俺に何を? 助けて頂いたんですから、俺に出来る事はしますけど」
そう言った俺の顔を見て、女性はやっと身体を縛るロ-プを外してくれた。
倒れてから何日経ったか分からないが、身体の節々が痛い。
「私はアツコ。今は寝ているけど、娘はスズ。元は飯田市に住んでいたわ」
「俺はとうまです。助けて頂きありがとうございました」
アツコさんは、俺を縛った事を謝罪した上で、彼女の身に起こった事を話してくれた。
パニックが起こった後、飯田市の避難所で過していた3人家族。
極寒の冬に多くの人達が亡くなったが、敦子さんの家族は何とか生き残ったんだ。
冬が終わりを迎え皆が希望を感じて来た頃、突然やって来た小野田率いる武装集団。
公安警察を名乗るその集団は、絶対服従を生存者に要求する。
アツコさん達はその要求を拒否。
まぁ当たり前だよな。突然やって来て物資を渡せとか、命令を聞けとか言われても無理だろう。
その返事を聞いた彼らは、交渉役の代表者を殺害。
強硬な行動に恐怖を感じたアツコさん達は、戦わず逃げる事を選択したんだ。
しかし逃げる生存者を執拗に追う小野田達。
遂に敦子さんのご主人も銃弾に倒れてしまう。
敦子さん達が逃げる時間を稼ぐ為、囮になったらしいんだ。
その後も逃げ続ける敦子さん達を、獲物の様に追い立て続ける男達。
いつしか一緒に逃げていた人達もバラバラになり、数えるほどの人数になってしまった。
それでも生き延びたアツコさん達は、ご主人や仲間の無念を想い復讐を決意。
生き残った人々や同じ境遇の人々を集め、レジスタンスを結成したんだ。
その拠点が今俺の居る建物。
アツコさんは俺にも、小野田達と戦う事を要求したんだよ。
国が本当にそんな事を指示したのかは怪しいが、実際に公安警察は動いているんだ。
俺もカズヤから同じような考えを直接聞いた。
だからアツコさんの話も嘘は無いと思う。
色々と話を聞いたが、どうやら公安警察との争いは避けられそうもない。
何処に行っても奴らが居るなら、いずれ戦う事になるだろうしな。
俺もアツコさんと約束した以上、力になりたいと思う。
簡単な話じゃ無いけどな。
この後、スズちゃんにも会い、ちゃんとお礼も言っておいた。
それから他のメンバ-にも挨拶し、本格的に仲間として戦いの準備を進めたんだ。
この選択が長い戦いの始まりになる事を、この時の俺はまだ知らなかったんだよ―――




