予想できぬ結末
身体に入った薬が抜けるまでの間、俺はこれまでの事を思い返していた。
俺が初めにキララを疑ったのは、カズヤ達との会話を聞いた時だった。
キララの方はヘラヘラした演技をしていたけど、カズヤはそれを気にする様子も無かった。
普通なら公安のカズヤが高圧的に出てもおかしくないだろ?
キラリと姉妹とは言え、一般人相手なんだしな。
そこでこの二人は何か繋がりがあるんじゃないかと疑ったんだよ。
まぁ隙を見せないから、その疑いも確信に至る事は無かったんけどな。
次はあの作戦時の高木の態度だ。キラリを抱えるようにしながら、キララと対峙していた場面。
あの時の高木は本当に動揺していた。あの男がただの女性に怯えるはずが無い。
だとすると既に面識があったと思う方が自然だ。
だからこそ、あの動揺と怒り具合だったんだよ。
これはあくまでも想像だけど、あの時点で初めてキラリが薬漬けな事を知ったんじゃないかな。
それに怒ったキララが高木を襲い、高木がキラリを人質にしたんだと思うんだ。
それならあの高木の表情も納得が出来る。
俺も正直その事は忘れてたんだけど、思い出すと自分の不甲斐なさに凹むよ。
もっと早く気付いて居たら、上手く立ち回れていた可能性もあるし。
キララが俺に選択を迫った時、男達に連れて行かれた場所に見覚えのある顔がいたんだよ。
作戦時に市役所で見た男がさ。だから俺は疑いが確信に変わった。
キララもまさか俺が覚えてるとは思わなかったんだろうけど。
権藤が先に繋がりを持ったのはキララのはずだ。
確かキララが高校生の時にドラッグに手を出したと言う話だから、もう10年近い付き合いなんじゃ無いか?
勿論、権藤もキララとキラリの関係性は知っていたはず。
公安警察が秘匿性のある組織とは言え、キラリは友人であった元市長の娘だしな。
本当に友人だったのかも俺は疑っているけど。
何か恨まれる事でもしたんじゃないのか? キララ達の父親が。
そうでもないと友人の娘に手を出したりはしないだろうよ。
だからこそキララの怒りは本物だ。
でも自分を慕っているグル-プのメンバ-に、興奮剤の様なドラッグを使ったのはやり過ぎ。
あんなに興奮した状態では、普通の判断も出来ないだろうに。
やはり今のキララは危険だ。
だから稲垣だけでも助けたい。
本当はもうこの件と関わりたくないんだけどな。
どう性格が変わっても、俺の大切な友人だし。
殴ってでも引き離すべきだと俺は思ってる。
恨まれるかも知れないけどな。
さて。
どうなるかは分からないが、先ずは俺の荷物を返してもらおうか。
◇◇◇
隠れていた建物から出て工場へ戻る道は、未だに多くのゾンビが徘徊していた。
本当によくこの状況で生きてたよ俺。
武器も無いのにさ。
拳銃の弾なんかとっくに無くなってるし。
この数のゾンビ相手に使えても、無いのと同じだったかも知れないけどさ。
仕方ないから遠回りで工場に向う事にしたよ。
その道中、動きの遅いゾンビを選んで素手での格闘もしてみた。
やっぱり俺に才能は無いわ。
1対1でも時間が掛かって仕方がない。
足を潰す様に立ち回るのが精いっぱいだった。
金属バットの有難みをひしひしと感じたよね。
それでも諦めずに続けるんだけどさ。
幸いな事に工場近くにはゾンビは居ない。
キララ達が始末したのかも知れないな。
俺は注意深く工場の敷地へ近づき、フェンスの隙間から中を観察する。
あれだけ騒いだ工場内がとても静かだ。
「おいおい。まさかあの後直ぐに、市役所へ向かったのか⁉」
俺は警戒はしつつ、敷地内へ侵入。
先ずはキラリが居た建物へ向かう。
あそこなら警備もそれ程厳しく無さそうだからな。
そう思ってやって来た建物の周囲に男達の姿は無い。
念の為に中を調べに入ったら、キラリの居た部屋で物音が響いたんだ。
カチャカチャ。
まさかまた誰かが捕まったのか?
俺はそう考え、慎重に部屋へ近づく。
おかしな事に警備が居ない。
「気のせいか? まぁ念の為、中も見てみるか」
そう思って扉を開いた俺の前に、それは無言で立って居た。
さっき聞いた音はこれだったのか。
「何でキラリがゾンビ化してるんだ? それにこの首の鎖は......」
キララはこうなるのを知っていた?
どう言う事なんだよこれ。
ゾンビ化するという事は、何かにウイルスが入っていたんだ。
問題は何故キララがその事を知っていたのか?
ん? もぐりの医者が居るんだよな?
そいつらの仕業? 可能性としてそれが一番高いのか。
いかん。
あまり時間が無いんだった。
俺はそれ以上考えるのを辞め、何もせずに部屋を出る。
太い鎖だったから、無闇に部屋に入らない限り危険は無いだろう。
そのまま建物を出て、俺が生活していた部屋へ向かった。
その道中にも誰一人居なかったよ。
俺の荷物も無事だ。
その事に安堵しつつ、軽く傷の手当をしてから装備を確認。
市役所は恐らく戦闘中だと考えられる。
キラリの事を考えると、死んだ人間がゾンビ化している可能性もあるだろう。
念の為に対ゾンビ用に、手足にいつもの防具もつけておく。
防具なんて言ったが、ただの薄い本をテープで巻いた物だけどな。
これで準備は出来た。
後は混乱する現場で、如何に早く稲垣を見つけられるかだ。
◇◇◇
正直な話、俺は工場を出た時から嫌な予感を感じている。
俺を始末する様に命じた時のキララの表情。
何かを覚悟した強い意志を俺は感じたんだよ。
市役所までの道は、多くの戦闘の跡が残っていた。
ゾンビの損傷が打撃や拳銃よりもかなり激しい。
「まさか機関銃とか持ってるのか?」
ゾンビの身体に残る銃創は、複数の穴が空いていたんだ。
散弾銃よりも穴が大きく数が多い。
となると連射が可能な銃を所持している事になる。
こんな兵器じみたものを所持しているなら、普通に都市を制圧できたんじゃないか?
とは思ったんだが、銃の数が少ないのかもな。それに弾薬も必要だし。
今回は虎の子を出して来たんだろうな。
色々と考えながらも俺は慎重に市役所へ向け進む。
市役所に近づくにつれて、焦げ臭い匂いが強くなってくる。
もしかして? と思い建物が見える位置まで急いだ。
「おいおい。火を着けたのか⁉」
市役所は入り口部分から炎が噴き出すほど燃えている。
明らかに人為的に熾された物だろう。
その燃える火が周囲のゾンビを集めても居る。
俺は急いだよ。
この逃げる事を考えない、作戦とも言えない狂気を感じる行動。
明らかにあのウイルスの影響だろう。
出入り口の殆んどは使えそうも無いが、俺は自分が襲撃に参加した際の地図が頭に入っている。
侵入するなら脱出に使うはずだったあそこしかない!
俺はゾンビをいなしながら、その場所へ走る。
もう間もなく扉に手が届く。
その時。
ドガァアアアア―――ン!!
凄まじい爆発音が周囲に響いたんだ。
その直後、熱風が俺を襲う。
もう必死で建物の陰に転がり込むしか無かった。
ガシャ―――ン!
上から瓦礫の様な物が落ちて来る。
俺のすぐ近くにも落ちて来て、此処で生き埋めになる事も覚悟したんだ。
奇跡的に無事だったんだけどな。
辺りは土煙で覆われ、下手に動くのは危険だった。
周囲が見えない状況で、ゾンビに襲われたら危険すぎるし。
俺はじっと煙が晴れるのを待った。
救いだったのは、周辺に高い建物がある為、吹き降ろしの風が強かった事。
完全に晴れるまでは行かないが、比較的早く視界は確保出来たんだ。
「嘘だろ⁉ 何を使ったらこんな事になるんだよ!」
5階建ての市役所は、2階部分から上が吹き飛んでいたんだ。
俺は爆弾などの知識は無いので、こんな想像は出来なかったんだよ。
キララの安否など、どうでも良い。
稲垣は? アイツは何処に居るんだ?
俺は必死で瓦礫を退けるが、もう俺1人で捜索できる状況じゃない。
何とか1階の出入り口付近まで進んだが、中に入る事が出来なかったんだ。
入り口が瓦礫で完全に塞がれてしまって、重機でもないと取り除けない。
「稲垣ぃ!!! 生きてるなら返事をしてくれぇええ!!!」
俺は声が出る限り叫び続けた。
ゾンビが集まろうが関係ない!
こんなどうしようもない結末は無いだろうよ!
何で1人の女の狂気に稲垣まで巻き込まれないといけないんだ!
「ウォオオオオオ」
俺には泣き叫ぶ事しか出来なかったよ。




