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伝染する狂気

 やっぱり自分の事となると、努力する事に苦痛は無い。

 マリコさんから俺専用プランを貰って、健康に気をつける様に変わったんだ。

 朝は決まった時間に起き、適度な運動をして朝食を食べる。


 昼と夜も同様で規則正しい生活を心掛けたんだ。

 するとその効果を日に日に感じるようになり、沈んでいた気持ちも前向きに変わって来た。

 特別な事をしなくても変われるという事実に、俺は本当に感動したんだよ。


 でも女性専用スぺ-スへ行くのは控えているので、マリコさんに直接感謝を伝えられていない。

 3日に1回のぺ-スで丸川クリニックに通っているので、間接的には伝えて貰ってるけどね。


 そんな俺の姿を見たメンバ-達も各々健康に気をつける様になったんだ。

 閉鎖空間だから良い意味で伝染して行った感じ。

 ほら寒いから身体を動かしたくなるしね。



「ウォオオオオ」



 突然響く叫び声。


 何事かと思い声の主を探すと、村民側から聞こえて来る事が分かる。

 こちらから見えない様に壁を作って隠している様だ。


「何だ? もしかして発狂したのか?」


 生活を分けているとは言え、村民の姿は日々目に入って来る。

 彼らは代表の栗田の言いなりで、俺達と関わる事を禁じられているらしいんだよ。

 全員が全員、同じような思考ではないはずだけど。


 彼らの生活は食事も制限されていて、ダムに来た当初よりも痩せている様に思っていた。

 そんな生活だから体調もあまり良さそうに見えないんだよ。

 だからと言って俺達が手を差し伸べたりは出来ないんだけどさ。


 唸り声は続いていたが、誰かが声の主を部屋へ押し込んだ様で、次第に聞こえなくなった。

 俺は丸川先生との話で、ウイルスに侵される恐怖を知っている。

 だから不安な気持ちがどうしても拭えなかったんだ。





◇◇◇





 次の日、また次の日と、毎日のように叫び声が響いてくる。

 聴こえる叫び声は1人では無く、日々増している様に思う。

 姿が見えないので、こちらからすると不気味でしかない。


 この事に俺達側も警戒していて、単独行動はしないようにしていた。

 いつ暴動の様な騒ぎが起きても対応できるようにだ。

 棟梁は衝立を補強して、安全地帯を作っているらしい。


 女性達が心配だし彼女達が守れるように、警護の担当も人数を増やす事に決まった。

 俺はそれには参加せず、万が一の時の戦闘要員となっているけど。

 心の準備は出来ているので、もう間違えるつもりは無い。


 そんな緊張感のある生活に変化があったのは、村民側から1人の女性がこちらに助けを求めて来た時だ。

 なりふり構わず俺達の元へ来たので、彼女を受け入れたんだよ。

 もう見るからに痩せていて今にも倒れそうに見える。


 そんな彼女は覚悟を決めた顔で、今まで隠されていた村民側の情報を話す。


「もう限界なんです。私達だけでは家族を救えません。どうか助けて下さい」


 悲壮な表情でそう言った彼女の話を俺達は黙って聞いた。

 初めて叫び声を聞いた日。

 1人の男が突然狂ったように暴れ出したらしい。


 その時は栗田の指示でその男を隔離したんだ。

 それも動けない様に手足を縛って。

 彼女はその対応に怒ってはいたが、従う事に慣れた他の村民は見て見ぬふり。


 でも次の日に別の男が同じ様に発狂。

 それでも栗田は隔離を指示するだけで、何もしようとしなかったんだ。

 そんな状態が毎日続き、隔離するスぺ-スも埋まって行く。


 こうなると従順な村民達も次第に不安が募って行った。

 そんなタイミングで、何と栗田も発狂したんだ。

 流石に戸惑った村民達。


 突然指導者が居なくなったのだから、その反応も当然だろう。

 混乱する村民達は、部屋に閉じこもり何の対応もしない。

 だから彼女は動くなら今しかないと思い、こちらに助けを求めたんだってさ。


 そこまでの話を聞いて、事の重大さを実感する。

 彼女の話した内容が真実なら、それって伝染してるじゃないか。

 狂気が伝染するなんて悪夢でしかない。


 今は栗田の出した指示で隔離は出来ているけど、残った村民から新たな発狂者が出れば確実にコミュニティが崩壊してしまうだろう。


「川口さん。どうします?」

「そ、そうだな。とうま君......頼めるかい?」

「分かりました。他の人は最悪の場合に備えて下さい。俺1人で行きます」

「分かった。皆聞いたな? そちらの彼女は丸川先生! お願いします」


 俺は万が一の時に備える為、一度自分のテントへ戻った。

 感染対策にマスク、腕と足に薄い雑誌 (エロは無い)を巻いて止める。

 武器は猟銃では無く金属バット。


 人型相手なら打撃が有効だからな。

 襲われたら躊躇なく制圧するつもりだ。


 さて。

 行くか。






◇◇◇





 不干渉地帯を越え、俺は村民エリアへ入る。

 通路には人の姿は無い。本当に引き籠っている様だ。

 俺は発狂した人間を隔離していると言うスぺ-スへ向かう。


 場所は例の彼女に聞いてある。

 その場に近づくとマスクをしていても嫌な臭いがした。

 風呂に入れないとは言え、身体も拭いて無いのか?


 それにしても匂い過ぎだろう。

 誰もこんな匂いに気付いて居ない? あり得ないだろう。


 まさか?


 俺はある可能性に気づき、慎重に行動する事に決めた。

 教えられていた隔離スぺ-スの入り口は、衝立を重ねその前に机や椅子を置いて塞いである。

 聞き耳を立てるが、人の動いている気配がしない。


 ますます嫌な想像が現実になりそうな気がする。

 どうする? このまま塞いでおくか?


 いやもしも想像通りなら、こんなバリケ-ドもどきは直ぐに破られる。

 ならばやる事は一つだ。


 俺は慎重に椅子と机を動かしていく。

 そして人が1人通れるだけのスぺ-スを空けた。


「もし俺の考える通りなら、各個撃破が基本。よしっ。油断だけはするなよ俺」


 出来るだけ音を立てない様に、静かに衝立を外していく。


カタッ。


 しまった! 角が隣の衝立に当たったか。


「......ゥゥウウウ」


ギシッギシッ。


 俺が持っていた衝立が引っ張られる。

 来たか!

 

「おい。大丈夫か?」


 念の為に小さな声で呼びかけてみる。

 まだ変わってなかったら、攻撃するとマズいからな。

 でも返答の代わりに強い力で衝立を持って行かれてしまう。


「やっぱり駄目か」


 俺は衝立で顔の隠れた推定ゾンビの足にバットを振り下ろす。


ガンッ! ガンッ! ガンッ!


 皮膚が固い。

 変わりたてだと腐ってないもんなぁ。

 それなら動きを止める!


タタタッ ドォン!


 俺は早々に狙いを変えて、衝立ごとゾンビに飛び蹴り。

 仰向けに倒れたゾンビの顔を見て、変わってしまった事を確信。

 素早く頭部の方へ回り込み、躊躇せずにバットを振り下ろした。

 もうとにかく噛まれない様に口元を潰す。


 そして上からゾンビを抑えたまま、両腕の骨を折った。

 この俺の攻撃の間、ゾンビは唸り声すら上げなかった。

 その状態でも、まだ身体が動いているから厄介だ。

 

 手足を縛ったと聞いていたが、引きちぎったのか?

 ゾンビ化すると痛みを無視するんだろうけど。

 初めて襲われた時も腕の力が尋常じゃ無かったし。


「先ずは1体。掴まれない様に慎重に行こう」


 まだ変わったばかりなのか? フラフラと立ち上がるゾンビの初動が鈍い。

 俺はそれをチャンスと思い、容赦なく押し倒し最初のゾンビと同じ様に対処していく。

 対ゾンビならもう覚えていないぐらい戦ってるんだ。

 雑念を捨てて、ただ機械の様に対応するしかない。


 倒した後に分かったが、2体目はあの事案の男だったよ。

 こうなってしまうと特に感慨もわかない。

 前までの俺ならザマァ見ろって思ったんだろうけど。

 まぁある意味自業自得だと思うがな。


 ゾンビ化したとは言え、皮膚が固い以外はただの的にしかならない。

 だけど動きが遅くとも囲まれたらお終いだ。

 油断したら俺も彼らの仲間になるだけ。


 だから慎重に慎重に1対1を繰り返していく。

 只の作業じみているが、肉体的な疲労は溜まって腕が上がらなくなって来た。


「やばい。これはキツイ。握力まで無くなって来たぞ」


 バットを固く握りしめた右手の掌は、皮が剥けてズキズキと鈍痛がするんだ。

 それでも終わるまでバットを手離す事は出来ない。

 長い閉鎖空間での生活で、折角鍛えた身体も見る影無し。


 ホントに鍛え方が足りないよ。情けない。

 それでもやるしかないんだけどさ。

 

 もう後は力尽きるまで頑張るだけだ。



「これで10体目! アイツでラストだ! ⁉ あれは栗田か?」


 前に見た栗田と目の前に居るゾンビとは似ても似つかない。

 背格好を覚えていたから、何とか分かったけど。

 白濁し虚ろな目。ぼさぼさになった髪の毛。

 顔から体にかけて浮かぶ青黒い血管。

 口元からは涎を流し、少し足を引き摺りながら歩いてくる。


 こうなってしまったら、威厳もくそも無いな。


ドンッ。


 届かない位置からの前蹴り。

 ふら付いた足元は不安定で、栗田は背中から倒れる。

 俺はそのまま頭部側へ移動し、両手でバットを握り締める。

 そしてそのまま一気にバットを振り下ろしたんだ。





◇◇◇


 



 全てのゾンビを制圧した俺は、もう体力の限界だった。

 その場に大の字に寝転がり、天井を見上げ回復を待つ。


「流石にこのタイミングでゾンビ化しないでくれよ?」


 悲しいかな自分でフラグを立ててしまう俺。


「きゃあああ」



 ......マジですか。


 無理やり身体を起こし、バットを杖代わりにしながら叫び声の方へ急いだよ。



 閑話休題。




 間一髪間に合ったなんてドラマの様な展開は無い。

 暴れる女性を周囲の村民が押さえていたんだ。

 女性がゾンビ化しないなんて事は無いからな。


 俺はそのままうつ伏せに倒す様に指示し、村民が見ている前でバットを振り下ろした。


「この人はもうゾンビ化しているんだ。俺の行為に納得できないだろうが、こうなってしまうと貴方たちの命も危ない。俺を恨むなら恨んで良い。でもどんな形でも生き残る意志は持ってくれ」


 憎悪のこもった目で見られながら、俺は怯む事無く村民に言った。

 覚悟を決めていたとは言え、やっぱりキツイなこれは。

 嫌われるのは慣れているけど、恨まれるのはしんどいなぁ。


 でもこんな悪役は俺だけで良いんだ。

 今更取り繕っても俺は自分の行いを否定できないし。

 目の前で赤の他人に身内を殴られるんだから、俺は決してヒーロ-にはなれない。


 例えその行為が自身の身を守ったんだとしても、決して感謝される行いでは無いんだろう。

 昨日まで家族として接していた人がゾンビ化しても、そう簡単に割り切れるものでも無いだろうからな。

 

 俺はこんな事になる前に母親を亡くしたからさ。

 稲垣達と同じ体験をしているこの人達の気持ちは、本当の意味で理解出来ていないんだよ。

 きっと。


 この後、仲間の所へ報告に戻り、心のケアを含め後の処理をお願いした。

 俺はもう限界だったしな。

 どうか心が壊れてしまう前に全てが終わって欲しい。


 そう願いながらぶっ倒れたよ―――

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