見えない敵
暴行未遂事案からもう1週間が経過した。
俺は未だ皆と距離を取る生活を続けている。
誰も俺を責める事は無いけど、人と接する事が少し怖いんだ。
その間に色々と自分なりに考えた事もある。
先ずは狂気に至る要因。
あの時の俺の状態を考えると、気分の高揚が原因になりうるんじゃないかと考えている。
長谷川村の狂った住民もそう言う状態になっていたんじゃないだろうか。
そもそも俺は怒る事はあっても、我を忘れた事は無かった。
怒りを向けた時はちゃんと自分の意志があったからさ。
これが例のゾンビの浸かった水に原因があるとすると、しっくりくるんだよ。
現に高原ダムに移住してきた長谷川村の住民の内、井戸水で生活していた側の住人は狂気に飲まれた様子は見えない。
今回ミドリさんを襲った男は、川の水で生活していた住民だ。
マリコさん経由でミドリさんに確認した所、あの時の男は狂っていた様に見えたと言っていたらしい。
あの男の場合は性的興奮が狂気に繋がったと考える事が出来るだろう。
ここまで考えてみて、俺にも疑問はあるんだ。
確かに川越町に居た頃、川で洗濯や水浴びはしていたけど、決して飲んだりはしていない。
飲料水は川越町から井戸水を水筒に入れて持って行っていたからさ。
それでも影響が出るものなのか? 一度丸川先生に血液検査をしてもらう必要があるのかも知れない。
よし。とりあえずそうしてみようか。
空いている時間を確認して、相談から始める事に決めた。
◇◇◇
という事でやって来た丸川クリニック。
移住者唯一の医師なので、普段も忙しくしているんだよ。
だから無理かなぁと思いながら聞いたら、直ぐに検査をしてもらえる事になった。
「次の勇者さん。どうぞ」
「グホッ (吐血)。ナミエさん。その呼び方辞めて貰えますか?」
こう言った冗談を真顔で言うのが、看護師のナミエさんだ。
元々桜井市で丸川先生と一緒に働いていた様で、川口さんの計画に賛同してついて来た女性だ。
俺とはそれほど面識は無いが、まるで昔からの知り合いみたいに感じる。
きっと勤めていた病院でも人気のあった人なんだろう。
「はい。とうま君。待っていたよ」
「すみません先生。お忙しいのに無理を言いまして」
「いや構わないよ。村民を診る必要が無くなったから、時間にも余裕が出来たし」
俺は先生に自分の考えている事を伝えた。勿論その考えに至った理由も。
長谷川村で診療していたんだから、村民の血液も調べていたはず。
なら俺の血液から同じ成分が出れば、俺の推測の信憑性が増すだろうという事も含めて説明したんだ。
「なるほどね。良くその考えに至ったものだ。それなら直ぐに検査をはじめよう。ナミエ君。採血を頼む」
「分かりました先生。さぁ勇者君。右手を出したまへ。まさか疼いてるんじゃないでしょうね?」
「グボッ (吐血2回目)。 何処からそんな知識を⁉」
俺にそんな厨二病は発生していない。
黒の手袋もしていないからな!
ナミエさんはニヤニヤ笑いながら俺の右腕をとり、チュ-ブで腕を巻きながら舌なめずり。
この人アカン人や。
ちょっと心配になったけど、仕事はキッチリして貰えたよ。
「じゃあ成分検査は数時間掛かるから、結果が出たら呼びに行くよ」
「すみません。宜しくお願いします」
「私も医療機器に大切な燃料を割いて貰ってるからね。仕事はキッチリとさせて貰うから」
「あはは。誰もその事に対して文句は言っていませんよ。この寒さで体調を崩したら、頼れるのは先生なんですから」
検査結果が出るまで日課の猟銃の手入れでもして待っておこう。
俺はテントに戻り、大人しく検査結果を待っていたんだ。
◇◇◇
数時間後。
コンコン。
「気持ち逝けメンズさん。先生がお呼びですよ?」
「はい。 (何だ? 悪寒のする呼ばれ方だ⁉)」
呼びに来てくれたナミエさんの後ろに着いて行くんだけど、ちょっと嫌そうにお尻を手で押さえてる意味は何?
まさかお尻見てるとか思われてるのか?
ちょっとは興味あるけどさ! 冤罪だぁ!
「彼を連れてきました」
「ナミエ君。あまりとうま君をイジメないようにね。じゃあ入って」
「失礼します。宜しくお願いします」
俺が中に入り椅子に座ると、採血した血を持って先生が待っていた。
ん? 俺が採ったのは2本分だよな? 何で増えてるの?
「では検査結果を説明する。結論から言えば、とうま君の血液から村民と同じウイルスを発見した」
「ふぅ。やはりそうですか。じゃあ俺はあの村民達と同じ様に狂ってしまうんですね」
「はい待って。説明はまだあるから。こっちの血液が例の村民の物なんだ。こっちは完全にウイルスに侵されていた」
先生はそう言って詳しい話を続けたんだ。
その悪性ウイルスが人間の思考を混乱させるのではないかという事。
しかもそのウイルスはパニック前に流行った、感染症ウイルスが変異した物では無いかという推論。
「実はね。とうま君の血液を顕微鏡で確認したら面白い事が分かってね。なんと戦っているんだよ。この悪性ウイルスと!」
「それってどう言う事なんですか?」
「ズバリ変異ウイルスに対する抗体を持ち得る可能性がある。これは別に特別な事では無いんだ。人には異物に対して戦う免疫機能が備わっているからね」
「でも俺は狂気に飲まれそうになりましたよ? あれってウイルスに負けてるんじゃないですか?」
「実際に負けそうになっていたんだろうね。私達もそうだが閉鎖空間に閉じ込められて、身体にストレスを感じているし。そう言った環境が身体の免疫機能の低下を促していたんだと思う」
丸川先生はそう前置きしてから、詳しい見解を話してくれた。
元々悪性ウイルスが体内に侵入していたが、精神が穏やかな時は免疫機能が正常に働いていたんだ。
でも過度なストレスで免疫機能が弱り、ウイルスと戦う力が落ちていた。
しかし興奮状態を抑えた事により、免疫力が正常に働くようになったんだと。
今も体内では戦いが続いていて、それに勝てば狂気に飲まれる事は無くなるだろう考えているらしい。
長谷川村の村民がウイルスに負けたのは、身体が弱っていたからだろうという見解も言っていた。
確かに栄養状態も良く無さそうだったし、免疫力が低下していたんだろうな。
俺はウイルスに打ち勝つ希望があるなら頑張りたいと思えたよ。
「一度マリコ君に相談すると良いよ。彼女は栄養士だから体調を整える為に必要な知識を持っている。我々の食事のカロリ-計算も彼女がしているし、体調を整えるなら彼女の力が必要だろう。それにミドリ君ともそろそろ話をしてみたらどうだ?」
「わかりました。ウイルスに負けない為に必要なら、マリコさんの力を借りようと思います。それにミドリさんとも普通に接したいですしね」
俺は先生にお礼を言って部屋の外へ出た。
ナミエさんが含み笑いで見送ってくれたよ。
もう顔がゲスイからやだ。
絶対俺の事好きじゃないと思う。
俺はそのままマリコさん達の居るスぺ-スへ向かった。
◇◇◇
女性専用のスぺ-スは、あの事案の後から警備の人員が張り付いている。
今日は柾さんが担当みたいだな。
「柾さん。お疲れ様です」
「おう。とうま君か。どうした? ここに来るなんて珍しいじゃないか」
「あはは。あまり来たいと思えないんでね。今日はマリコさんとミドリさんに用事がありまして。詳しくはまた説明するつもりですが、個人的な事もありますので今は話せません。呼んで頂いて良いでしょうか」
「何か固いなぁ。まぁ分かった。ちょっと待っててな」
柾さんは苦笑いをしながら、マリコさん達を呼びに言ってくれた。
固いかぁ。意識しているわけじゃ無いけど、俺が壁を作ったんだろうな。
「とうま君お待たせ。何? 私にも用事があるらしいけど。ほらミドリも言いたい事あるんでしょ!」
「と、とうま君! 助けてくれてありがとう。お礼も言わないでごめんなさい」
「......ミドリさん。気にしないで下さい。あんな事があったんですから、俺に気を使う必要はありませんよ。出来れば普通に接してほしいですが。それとマリコさん。なんですかその顔? 今日はお願いがあって来たんですよ」
俺がミドリさんと話している間、ニヤニヤ笑って俺を見ていたが勘違いですからね。
ミドリさんが吊り橋効果か何かで、俺を意識しているとでも思ってるんだろう。
それはないですから。喋っている時震えていたのを見てるんだよ。
そんな状態でもキチンとお礼を言ってくれたんだ。
俺はそんなミドリさんに申し訳ない気持ちしか湧かないよ。
変な勘繰りはミドリさんの名誉にも関わるからやめて欲しい。
「どうしたの? 怖い顔で。それで私にお願いって何かしら?」
俺はさっきの丸川クリニックでの話を掻い摘んで話した。
まだ推論の段階だから詳しい事は説明できないんだよね。
だから少しぼかして説明し、栄養管理に必要なサポ-トをお願いしたんだ。
「そう言う話ね。分かったわ。今ある備蓄を確認して、とうま君専用のプランを考えてあげる。出来上がったら持って行くから」
「分かりました。急ぎではないので、お時間のある時にお願いします。では失礼しますね」
マリコさんの協力をお願いできたので、俺は逃げる様にテントへ帰った。
もうね。ミドリさんが怖がってるみたいだから、1秒でも早く離れたかったんだよ。
ちょっと凹んだんだけどな。
ミドリさんが悪い訳では無いけどさ。
テントに戻ると張り詰めた物が無くなって、俺はそのまま寝てしまった。
そして珍しく夢を見たんだ。
夢の中で俺は必死に戦っていたよ。
見えない敵とね―――




