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1人で生きるという事。

 俺が必要以上に他人と接触しない事に対して、市場の人間や取引のある集団の関係者から言われる言葉がある。


「人間は1人では生きられない。だから一緒に協力しましょう」


 これね。

 今じゃ懐かしい現代社会でなら、俺も納得していたと思う。

 こんな世界になる前にも俺の様な人間は居たよ。


「食べる物はネットで頼むし、仕事は在宅で出来るから。だから人と接触しなくても1人で生きて行ける」


 なんて言ってた奴。

 先ず前提が間違ってるから。

 家は別としても、電気、ガス、水道も管理してくれる人が居ないと使えない。

 ネットもそう。食べる物、服、その他製品も作ってくれる人が必要。

 家に届けるのも人。スーパ-やお店に届けるのも人。勿論売るのも買うのも人。

 全てに人が絡んでる。


 だから人は1人では生きられないんだよ。

 1人で生きて行けるって言えるのは、自給自足で人里離れた場所で生活している人だけだろう。

 じゃあ今はどうだ。

 ネット、ガス、電気、水道等のライフラインは全滅。

 1から物を作ってる人もほぼ居ないだろう。

 少なくとも生産できる環境は無い。

 農作物は別だけど。


 水は井戸が無ければ、川の水を煮沸して得ることが出来る。

 ペットボトルや缶の飲料は、いずれ在庫が無くなるしな。

 

 電気はこの世で燃料となる物が枯渇するまでは使える場所もあるかな。

 何処かの国ならまだ使えているかも知れないけど。

 個人では乾電池か簡易のソ-ラ-充電分が使えるぐらい。

 いずれにしろ消耗品だろう。


 ガスはこれもカセットボンベの在庫がある内は使えるな。

 都市ガスはもう使えないし。

 

 火はガスが無くても熾せるけどな。後は衣類か。

 服や下着は擦り切れるまで着れるし、既製品なら工場跡にでも行けば手に入れられる。

 まぁ気にしなければ、カーテンとか布で縫っても作れる。


 危険を冒す前提であれば、今なら全て1人で賄えるんだよ。

 そりゃあ仲間と一緒であれば安全性は増すかもしれない。

 でも仲間のせいで危険になる場合は? あるだろう?


 それに裏切らない保証は? そんな物ある訳無い。

 自分に命の危険性があって他人を犠牲にすれば助かる場合。

 10人居たら半数以上は我が身を大事に他人を切るよ。

 切らない人は余程の聖職者か、自分に酔っている人だけだと思う。

 そう考える俺は、偏屈で頭の固い人情の欠片も無い奴だろうさ。


 でもそれで良い。

 人は簡単に裏切るし、想いも伝わらない事は経験したんだから。



「それでも北の一等星は必要なのです」


「同じイヌ科でも、私は正反対のオオカミ派です」


「だからケンタウルスがお尻を突っつくのでしょう?」


「あはは。火が付く前に逃げるが勝ちですから」



 交渉人の集団が桜井市を纏め始めた頃から、こんな風な勧誘が日々強まっている。

 非常に回りくどく面倒なやり取りだけど、何故か心地よく感じてしまうのだ。

 まぁ俺はちょいちょい素が出てしまうんだけども。


 交渉人も俺が拒絶している事は分かっているので、強引な誘いはして来ないんだけどな。

 何故こんなに積極的になったのかは、ある程度予想出来ている。

 市内で噂話を聞いたからだ。


 反発するコミュニティが無くなったので、大規模な計画が始まりそうだという事。

 その計画についても詳細はともかく、やりたい事は何となく分かる。


 桜井市内からゾンビを一掃、もしくは安全圏を大幅に拡大したいのだろう。

 それには実行できる人材と作戦を考える必要性がある。

 更に作戦が成功した後、防衛と食料自給率を上げる必要もあるな。


 俺を誘う理由は、ゾンビと戦える事とその経験。単純に戦力になるからだろう。

 それと食料を安定的に供給できる事を交渉人が評価しているからだと思う。

 表現は抽象的だけど! 毎度熱い表現で直接そう言われてるしな。


 これが若くて美人な女性ならクラっと来そうだが、俺よりひと回りは上のオッサンだからな?

 まぁ気が向けば陰から協力ぐらいはするかも知れないけどさ。







◇◇◇






 


 でも事態は急激に悪い方向へ動いてしまう。

 一部の気の早い人間が、計画も立てずに動いてしまったのだ。


 やり方はとても単純。

 動かせる車の防犯アラ-ムを使ったゾンビの誘導。

 それ自体は有効性がある。


 でも周囲の人間の事を考えて無ければ、その行動は悪でしかないんだ。


「いやぁあああ!」 「誰か助けてぇええ!」 「こっちに来るなぁああ!」


 確かにゾンビは音に反応する。だが進行方向に人間が居る場合は?

 答えは......人を襲う方を優先するだ。

 だからこういう方法を使うなら、先ずは非戦闘員を安全な場所に非難させる必要があったんだ。


 一度動き出したゾンビは、対処するまで人を襲い続ける。

 ゾンビの群れはその数を急速に増やし、その勢いも激しく大きくなっていく。

 一度流れ出したゾンビの波は、もうどうにも止まらない。


 その動きに呼応するように、まだ外に出て来ていなかったゾンビも動き出す。

 俺は一応安全な高台からそれを確認し、思わず声に出す。


「あちゃ~。折角大人しくしていた奴らが出てきちゃったよ。あれヤバいのに」


 普段市内で目撃されるゾンビは、一度夏の暑さを外で経験し身体が脆くなった個体なんだよ。

 でも俺が言うヤバい個体は、室内から外へ出ていない事で劣化が無いゾンビ。

 動きが早く力も強いから、俺も何度も苦戦したんだよ。


 だから居るのが分かれば、下手に刺激はしなかったんだ。

 外なら逃げるられる場所があるけど、室内の狭い空間で逃げ場も無く、動きの速いゾンビと戦うって自殺行為だからな?

 あはは。本当に思い出したくもない。


 そんな危険個体まで群れに合流されたら、むやみに近づく事も出来ないよ。

 

「あの車の運転手。余裕見せてるけど、もう囲まれてるじゃん。誰か教えてやらんのかね」


 馬鹿な行動をした車へ向かい、四方から走るゾンビが迫っているんだ。

 あれは距離があっても無いような物だ。


 拳銃もバンバン撃ってるし。もうメチャクチャやってるよな。

 周りの人間に当たったらどうすんだよ。

 あんなアホはどうなっても自業自得なんだけど、特定個体に襲われたら余計に乱射しそう。



「ちっ。当たる保証は無いんだけどなっ」



ドォ―――ン!


ドォ―――ン!


ドォ―――ン!

 


 有効射程距離ギリギリの発砲。


 

「やべぇ。これ以上無理」


 一応は当たったみたいだけど、それを確認している時間が無い。

 一発目の発砲で既に反応されてしまったんだよ。

 近くの住居からゾンビが走って来ているんだ。


 まったく。

 余計な事はするもんじゃない。

 目の前で関係の無い人間が死ぬのが嫌だっただけ。


 ただの気まぐれ。ああ。イライラする。

 くそ重い猟銃を肩から下げて、裏道を突っ走る俺。

 動きの遅いゾンビを敢えて倒さずに壁にしながら逃げる。


 特定個体もさ。

 動きは速いんだけど、人間ほど機敏じゃないんだ。

 だからゾンビ同士でぶつかるし、充分に動きが阻害されている。


 動きが鈍ればこっちから突っ込み、バットでぶっ飛ばす!

 狙いは膝、脛、足首。走れなければ脅威にならないからな。

 噛みつきは別にしてだけど!


 そんな動きを数回繰り返し、俺は市外まで逃げ延びた。

 此処まで来れば、向かうのは山の拠点。

 もうこれ以上は俺自身関わる必要は無い。



「交渉人さんも動いたみたいだしな」


 

 俺が逃げている最中も聴いたけど、市内数か所で大きな音を流していた。

 あれは集まったゾンビを分散させる為に行っているはず。

 それが出来るのは交渉人さんの集団だけど、判断がかなり早かったと思う。


 今頃きっと怒ってるんじゃないかなぁ。

 ああなると計画も練り直しだろうし。

 怒った姿は想像できないんだけど。


 さて。

 鬼が出るか蛇が出るか。

 こんな事を引き起こした人間をどうするのか?


 その対応でコミュニティの内部が荒れるんじゃないかな。

 甘い対応をすれば、反省もしないで増長するだろうし。

 でも激しすぎる対応も、反発を招く要因になる。


 やだやだ。

 ほらやっぱり面倒くさい。

 人が多くなると、こう言う問題があるんだよね。


 絶対一部の人間の発言力が大きくなって、下手したら俺にまで飛び火する気がする。


「しばらく街には近づかない方が良いな」


 俺はそう結論を出し、山の拠点へ戻った。







◇◇◇







 ......何故この人は此処に居るんだ。

 

 あの後直ぐに俺は拠点へ帰ったんだよ。

 そしたらテントの前に正座してお茶を飲んでる交渉人さんが居た。

 でさ。呆気にとられる俺に言うんだ。


「貴方は、仁をもって義をなすお方。ならばこちらは、義によって仁を尽くす必要があります」


 ここでそんな古いことわざを使われても困るし!

 

「交渉人さん。俺はそんな高尚な考えは持ってない。今回もたまたまだ」


「ふっ。では私共も勝手に尽くしましょう。明日から頑張ります」


 アンタもしかして⁉

 面倒な後始末から逃げて来ただけ⁉


「いや今日も頑張ってね? それカッコ良く言ってるけど、引きこもりの名言だから!」



 明日から頑張る。いやぁ。良い言葉だよ。

 だがしかし!

 このまま居座られると、俺に絶対飛び火する!

 

 良いから帰ってくれぇえええ!!!

 という心の叫びこそ、何とか声に出さずに飲み込んだけども。

 

 交渉人はさんは、もう最高の笑顔のまま居座ったよ。

 しれっと晩御飯まで要求してな!

 完全に夜になる前に、やっと帰ってくれたけどさ。 

 

 本当に何者なんだろう? 無駄に圧が強いし。

 まぁ気にしても意味無いので、考えない事にしたんだけども。

 この時の俺は、避けられない波が迫っている事を知らなかったんだ―――

 

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