最悪の想定
一部の暴走によって引き起こされた事故により、市内のコミュニティは大きな打撃を受けた。
この事で生存者による安全地帯の拡大計画は、大幅に修正せざるを得ない状態だ。
特にゾンビによる被害は甚大で、負傷したものは隔離後に発症し永眠措置が取られた。
問題を起こした者、及び協力した者は表舞台から消える事になったそうな。
まぁ被害者の家族が生きている場合は、私刑が行われる可能性もあるしな。
俺は良い判断だと思う。殺人を肯定する訳では無いけどな。
「漁師くん。貴方は地下がどうなっているか知っていますか?」
「地下ですか。大量の虫、ネズミの繁殖、汚染ぐらいでしょうか」
「それも今までは間違いなかったんですが、現在はほぼ水没しています。地下鉄跡も含めて」
「ええ⁉ 下水も止まっているでしょ? なんで......ってそうか。破裂か」
水が止まる弊害は水道が使えないだけじゃないんだよな。
下水に流れるはずの水流が塞き止められる事で、水道管が耐えられる範囲を超えるんだ。
という事は日本全国の下水道が水没している可能性が高いのか。
「漁師くんの考える通りだと私も思います。では昨年から今年にかけての、急激な冷え込みについてはどう思われます?」
「一番最悪な事にはなっていないと思いますが。あるとすれば石油プラントの火災ですかね」
「素晴らしい。私もその可能性が高いと思っています。それでなければあれ程の冷え込みは考えられないので。漁師くんの最大の懸念事項は、原発ですね?」
「まぁそうですね。原発が完全に稼働停止状態なら、今頃太陽すら出てませんから」
メルトダウンと言う言葉は聞いた事があるだろう。
炉心溶融の事だ。原子炉の冷却装置の停止で、炉心の熱が異常に上昇し――最後には爆発する。
長くなるので途中は端折ったが、今原子炉が爆発していないのなら、誰かが非常電源を使って融解を防いでいる可能性が高いんだよ。
各地にある原子力発電所に専門家が派遣されているはずだ。
その人達が何時まで無事でいられるか分からないけど。
過去の天災や震災でその危険性を理解した事で、今回の対応に繋がったのだと思う。
しかし石油プラントは海外の話だ。
これは防ぎようがないし、もう既に手遅れだろう。
これが順番に爆発していくようなら、更に急激な気候変動も考えられる。
その変化に対応出来なければ、俺を含め生存者が生き残る事は無いだろうさ。
「すみません。此処からの話は真面目に行かせて頂きます。私は......」
真面目バ-ジョンの交渉人さんは、今までの態度を改め自己紹介を始めた。
その正体は......前桜井市の市議会議員、川口 正平氏だ。
市議会員及市長など全員が生死不明であり、一応は川口氏が行政のトップという事になる。
でも川口氏はその立場を望んでいない。理由は市民に家族を殺されたから。
これは間接的にではあるが、川口氏はその主張を曲げる気は無いらしい。
間接的な理由と言うのが、簡単に言うと稲垣の家族のパタ-ンと同じなんだ。
噛まれた家族を避難所へ連れ込んだ避難民の為に、後にゾンビ化した感染者に襲われると言うやつ。
本当にどこでもあるんだよ。同じ事例が。
俺も川口氏には同情はする。そして自分勝手な奴らに怒りも湧くよ。
「そういう訳で私は、桜井市の責任者を辞退しました。なんで家族を殺した連中の為に、何かしないといけないんだってやつですよ。私刑が許されるなら、行使したいぐらいに思ってますから」
「まぁお気持ちだけは理解できます。私の友人も同じ原因で家族を失いましたので」
「ありがとうございます。それを分かって頂いた上で、ご協力をお願いしたい事がございます」
「......出来る範囲で協力が可能ならで良いですか? 正直俺が力になれる事は限られますけど」
このお願いは流石に予想外だった。
俺に立場を明かしたが、自身の立ち位置は市に協力したくないと言う話。
ならば何に協力を求めるのだろうか?
これまで通り肉の供給なら、今の所は続けるつもりではあったんだけど。
「漁師君。いや。とうま君にお願いしたいのは、私達と一緒に移住して欲しい事だ」
「い、移住ですか? ちょっと突然の話で頭が回らないんですが」
「先程の話から想像出来るはずだが、今年の冬は想像以上の寒波が訪れる事になる。確かに建物だけなら頑丈で、寒さは凌げるかもしれない。だがもう一つの問題がある。それは伝染病が発症する可能性だ。地下が何の水で満たされているか知っているだろう? その水が地表に溢れ出て来れば......」
「な、なるほど。確かにその未来予想は現実的ですね。しかし移住と言っても何処に? まさか川越町ですか?」
「いやあの町は川下だろう。向かいたいのは川上の長谷川村だ。あの村の近所にはダムもあるしな」
この後、更に詳しく川口氏の考えを聞かされたんだ。
詳細な話を聞き俺が協力できる事を確認して、俺も覚悟を決める事になったんだ。
◇◇◇
そこから約1ヶ月かけて色々な準備が極秘裏に進められた。
移住するのは桜井市の生存者のごく一部のみ。
川口氏と対立している集団などは連れて行かない。
でも街の外へ出るのに、人の目は避けられない。
なので外部の資源調査と言う名目でチ-ムを結成したんだ。
移動手段は4輪駆動のSUV車両を4台使う。
道なき道を走る訳では無いが、最悪を想定した判断だろう。
これにはクレ-ム等もあったらしいが、川口氏が強権で抑え込んだんだと。
チ-ムのメンバ-には色々な職種の経験者が選ばれていた。
医師、看護師、大学教授、大工、農業経験者等など総勢15名。
想定される状況に対応できるように考えられているんだ。
これは川口氏が早い段階で状況を想像し、準備を始めていたから人材が揃ったんだ。
俺なんかただ漠然と今日まで生きて来たのにな。
ちょっと差を実感して、凹んだのも事実だ。
それでも俺は川口氏の話に乗る事に決めたんだ。
まだ大人数と関わるのは不安だし、嫌な気持ちもある。
でも最悪の想定がある以上、生き残りたいなら出来る事はするべきなんだ。
このチ-ムに参加できない人について、思うところはある。
でもさ。結局この手の考えって調べる気があれば、調べられたんだよ。
動画配信のサイトでも、核戦争があったら? とか考察している物も沢山あったんだ。
震災の時には原子力発電所の話も、連日ニュ-スでやっていた。
そう言う知識があれば、今後どうなるか想像も出来ただろう。
ではどうしたら良いか? 分からなければ相談すれば良い。
相談すれば話は広がって、俺達の様な行動に繋がったはず。
たらればの話にはなってしまうけどな。
行動を起こしていない時点で、縁が無かったと割り切るしかない。
俺も偶然とは言え川口氏と関り、生き残るチャンスに繋がる情報を得たんだから。
「では外部の資源調査へ出発します。各車両は事故の無い様に。ゾンビとの遭遇戦は、基本は逃げに徹する形で。避けられない場合は、4号車のとうま君に任せます」
「2号車、安藤了解しました」 「3号車、高橋了解!」 「4号車。とうま了解です」
1号車を先頭にして順番に車両は桜井市を出発。
少しの間はゾンビを引き連れる形になるが、これは事前に分かっていた事。
最後尾である俺の運転する4号車は、列を離れて穴を掘った場所へゾンビ達を誘導。
穴には車が渡れるように厚い板を2本架けてあったので、穴を渡り終わった段階で板を撤去。
追って来たゾンビが穴に落ちるのを確認した。
後の処理は残っている人達に任せ、俺は先に出発した車両を追いかける。
先頭車両もそれほど速度は出していなかった為、10分程度で列に追いつくことが出来た。
車列は特に問題が発生する訳でも無く、目的地の長谷川村まで約3時間程かけて到着。
問題は村に入ってから起こったんだよ。
閉鎖的な環境で起こる陰湿な行い。
いわゆる村八分ってやつ。
親が亡くなった子供に対して食事を分け与えないとか。
馬鹿らしすぎて怒りを通り越したよ。
と言っても俺は直接関りたく無いので、他の車両のメンバ-がその子達を預かったんだけどな。
川口氏は苦虫を嚙み潰したような顔で、村長的な立場の人間と話をしていた。
俺達は村の物資に手をつけない条件で、空き家を数軒確保。
その空き家を補強しながら今後へ備える事になる。
悪いけど保護した子供達以外の村人には、一切の補助をするつもりは無い。
向こうも不干渉の方が良いみたいだけどな。
こうして俺達は、長谷川村での生活をスタ-ト。
これが長い長い冬の始まりだったんだよ―――
この話で第3章が終了。
次話から第4章:極寒の世界編の始まりです。




