心が壊れてるんだ。
助けると決めたんだから、もう躊躇はしない。
覆いかぶさっている遺体を少し乱暴に退ける。
そして女性に話しかけた。
「大丈夫? 動ける?」
「み、みずを」
基本的に若い女性に免疫はない。
だから気の利いた事は言えないんだよね。
俺は無言で水の入ったペットボトルを手渡そうとした。
しかし女性は力が入らないのか、動こうとしなかったんだ。
そこでようやく俺も気づく。
身体が弱っているんだと。
そこで女性に断ってから背中に手を回し身体を起こした。
そして口元にペットボトルを当てる。
ゆっくり飲めるようにちゃんと手を添えてね。
ちょっと紳士っぽいだろ?
とか思って事は内緒だ。
最初はゆっくり水を飲んでいた女性は、途中からペットボトルを奪う様に掴んで飲み干した。
あまり飲み過ぎは良くないが、俺は予備のペットボトルも差し出したよ。
だって目で訴えて来るから怖かったんだもん!
水だけではお腹が減っているだろうと思って、手に入れた乾パンも女性に渡した俺は偉いと思う。
もう貪るように食べる女性の顔が怖すぎてヤバいっす。
ひとしきり食べて飲んで満足したのか、女性は惚けた顔で俺を見た。
そして突然叫んだんだ。
「きゃあああ! あなた誰! 私に何したの!」
って両手で身体を抱えながら言われる俺。
慌てて女性の口を押さえた俺は悪くないと思う。
でもそのせいで余計に暴れたのは、予想外でしたけどね!
「ごめん。絶対何もしないから騒ぐの辞めて! ゾンビに気づかれるから!」
「うぅ......う、うぅ」
「あっ。ゆっくり手を離すから、叫ばないでね。分かったら首を動かして」
「うぅ」
こくんと首を動かした事を確認し、押さえた手をゆっくりと離し女性から距離を取る。
女性は恨めしい顔でこちらを見るが、約束は守ってもらえたよ。
「俺はとうま。此処には食料とか物資を取りに来たんだ。そこで君を見つけた。色々と聞きたい事はあるけど、とりあえず名前を教えてくれ」
「わ、私はミカよ。本当に何もしないんでしょうね?」
「ミカさんね。何もしない事は約束するよ。俺は友人が来たら直ぐに此処から出るから」
「こ、此処から出るって? ゾンビは居なくなったの?」
「いや。居なくなるわけないでしょ。状況は更に悪くなってると思うよ」
「で、でも貴方はどうやって此処に? もう皆死ぬしか無いって思って......ふぇん」
ミカと名乗った女性は何を思い出したのか? 急に泣き出してしまった。
こういう時どうすれば良いのか分からん。
とりあえず何もしないのは紳士じゃないと思い、背中を撫でてみたんだよね。
セクハラでは決してありません。
ミカさんにも怒られなかったし? 大丈夫だと思う。
ミカさんが落ち着くまで待って、此処で何があったのか聞いてみた。
まぁ聞いた話は正直言って気分が悪い。
この避難所の崩壊の日。逃げ惑う人々の中にミカさんは居た。
さっき俺が退けた遺体の人と一緒にね。
とは言っても家族とかではなく、近所の知り合いらしいけど。
その人が突然の事に動けないミカさんを連れてこの場所へ避難した。
他のメンツは鍵を持っていた事で分かるけど、この避難所の管理者達だ。
胸糞悪い事に自分達だけ安全な場所に避難したって事。
最初は騒ぎが治まるまで此処に居る話だったらしい。
まぁ稲垣の話を聞いていたし、パニックになっていたんだろうさ。
でも何日か経って気持ちが落ち着いて来ると、仲間割れが始まったそうだ。
残った食料を自分が管理したい鍵を持っていたリーダ-。
それに不満を持ったのが一緒に着いてきた者達。
最初は口喧嘩くらいで済んでいたらしいが、閉鎖空間のストレスもあって激化。
ついには刃物を持ってしまったんだ。
それに巻き込まれたのがミカさん。
狭い場所で暴れる人にぶつかった際、頭を打って意識を失ったらしい。
その後は......まぁお察しだ。
環境が悪かったのか。それともこんな状況だからなのか。
殺し合う程憎いって感情は理解できない。
でもさ。食べ物を奪い合うって事は、こう言う話もあるのかも知れないよな。
ミカさんは争いが終わった後に目が覚めたらしいけど、怖くて動けなかったんだってさ。
でも段々意識が薄れてきて、何日経って居るのかも分からないって話だ。
「それにしてもミカさん。よく生きてましたね。何も食べて無かったんでしょ?」
「私の上に覆いかぶさってた人が、水とお菓子持ってたのよ。それを少しずつ頂いてね」
「そっすか。まぁ生きてただけ良かったでしょ。亡くなった人は自業自得だろうし」
「そうね......そうかも。あの人達の私を見る目が日に日に怖かったし。いい気味だわ」
ああ。こんな状態で女性が1人だもんな。
んん? 何かおかしくないか?
何でこの人下敷きだったんだ?
それにトイレは? まさかそのまま?
ちょっと気になる。いやらしい意味じゃ無くて!
それに同情して話をきいてたけど、冷静に考えると何か変だ。
これは確認せねばならぬ。その返答次第では注意が必要だ。
「ミカさん。ちょっと答えて貰いたい事があります。何でミカさんの上に人が乗ってたんですか?」
「え? それはあの人が私を庇って」
「いやいや。無理がありませんか? 避難所がパニックになってから、何日経ってると思ってるんです? その間少ない食料で過した? それに失礼ですけどトイレは? 返答次第で俺は敵になりますよ」
「......ああもうっ! 分かったわよ! ト、トイレは部屋の外の隅で済ませてるわ。それと......」
もうね。話を聞くとこの人は女優かと思ったよ。
同情はできるけどさ。
生き残ったミカさんは、此処で助けを待ってらしい。
流石に1人で外へ出る勇気はないから、保存食を食べて生き永らえてたんだ。
でも何日も経ってくると、もう生きる希望も失っていった。
目の前の惨状も見慣れると怖いと思わなくなっていく。
遺体を片付け無かったのは、誰も居ない孤独に耐えられなかったらしい。
その事については、理解が出来ないけど。
で、もうこのまま死のうと思っていた矢先に、ドアを開ける音を聞いた。
すると何故か生きたいと言う感情が湧いてきたんだってさ。
でも味方も居ない状態で他人と会うのは怖い。
そこで思いついたのが、可哀そうな女と認識させる事だったんだ。
動くに動けない状態で、か弱い女性を演じたって話。
怖ぇよ! 完全に騙されたわ!
「殺し合いがあったって言うのは本当よ。それに暫く意識を失ったのも、さっき泣いたのも本当」
「そうっすか。まぁ状況的にそれは信じます。ミカさんの事はちょっと怖いけど」
「な、何もしないわよ。そんな力も持ってないし」
「まぁ敵対しないなら良いです。俺は長居しませんから」
「ちょ、ちょっと⁉ 私を置いて行くつもり⁉」
「はぁ。その判断は友人とします。ちゃんと話を聞かせてからね」
俺は偽善者では無い。もう既に今、後悔もしてるし。
稲垣がどう考えるかで判断しないとな。
この状況で俺と敵対するとは思えないけど、性格的に合わなそうなんだよなぁ。
見捨てないとは決めたけど、一緒に行動するとは考えていない。
さて。
何時になったら稲垣が来るのか?
カチャ。
「待たせたな」
「ひぃっ!」
入って来た稲垣を見たミカさんが変な声を出した。
突然入って来たから驚いたんだろう。
そう思い俺も後ろを振り向く。
「おいっ! 何があった! 怪我は!」
「怪我はしてない。返り血だ」
驚く俺に寂しそうな表情で返事をする稲垣。
その手には黒いシミの付いた木刀が握られていた。
顔も服も血まみれだし、いきなり見たらホラ-だわ。
稲垣は服の袖で顔を拭いながら床に座り込む。
「すまん。ちょっと休憩させて。後でその人の事含めて聞くから」
「ああ。分かった。水でも飲むか?」
「悪い。頂くわ。はぁ疲れた」
俺の渡した水をゴクゴクと飲み干し、大の字に寝転がる稲垣。
遺体と一緒に寝る根性がスゲェ。
まさか俺がやったとか思って無いよな?
此処の惨状は俺は関係ないから!
暫くその状態のまま時間が経った。
その間ミカさんも無言。
先程までの威勢がなくなってるよね。
「さて。先ずは俺の方に何があったか説明するわ。その後にとうまの話も聞こうか」
起き上がった稲垣が此処に来るまでの事を話しだした。
まぁ簡単に言うと、自分の家族を見つけ出してケリをつけたらしい。
俺も手伝えたら良かったが、稲垣がそれを避けたんだから仕方ない。
でも1人で行ったら駄目だろ! どれだけ危険だと思ってんだ?
と思ってたけど、俺が同じ立場ならって考えたら何も言えなかった。
無事に帰って来た事を喜ぶべきなんだろう。
とりあえず稲垣を肩を叩いて労い、その後ミカさんの事を含め俺が報告。
稲垣とミカサンも自己紹介をし、今後の事を話し合う事にした。
「とりあえず今日はここで一泊しようぜ。でもその前にこの遺体を外へ出そう」
「わかった。流石に俺もキツイと思ってたし」
「な、何よ。私がおかしいみたいな目で見ないでよ!」
普通に考えて遺体と一緒に過ごす方がおかしい。
きっと皆心が壊れてるんだ。
稲垣も普通そうに見えてたけど、そうじゃ無いって今日わかったし。
「お、奥は見ないでよね!」
ってミカさんが叫んでたけど、俺達にそんな趣味はねぇって。
稲垣と二人で保管庫の中から遺体を出し一箇所に纏めた。
そして改めて持って行ける物資を確認。
少し重いけど稲垣には水を多めに持って貰う。
ミカさんには遺体が手にしていた小さいナイフを渡した。
信用はしていないけど、何も持たせないのも寝ざめが悪いしな。
◇◇◇
翌朝。
俺達3人は保管庫から脱出する。
生き残ると言う強い意志を持って―――




