捨てきれぬ想い
食品加工工場を出てから、俺達は出来るだけ人と関わる事を避けた。
あの胸糞悪い真実を知って、人間不信になった事は否定できない。
まぁそれだけじゃないんだけどな。
工場を出て直ぐ、稲垣から自宅へ寄りたいって言われたんだよ。
ついでに稲垣が避難所から一緒に逃げた人達のいる保育所にも寄った。
その時に多人数の共同生活で生じる問題も聞いたんだよね。
同じ地域と言っても細分化すると小さな集団の集まりだ。だから人間関係が複雑なんだよ。
例えば自治会。自治会長が何人もいると、その誰もが代表者になろうとする。
その争いを治めるには、民主主義なので選挙になる訳だ。
政治家の選挙なら演説して政策でも語るんだろうけど、明日生きるのも大変な世界では意味が無い。
なら何が有権者(避難民)に有効なのか? まぁお金は価値が無いから論外。
となれば次は食料関係が一番だろう。
とは言っても非常用の物資は数に限りがある。
そこで活躍したのが候補者の支持者である自治会委員達。
この人達が危険を冒して周辺から物資を集めたんだよ。
そしてそれを実弾として配った。
勿論他の陣営も動いたんだけど、上手くやった陣営が勝利を得る事になる。
特に女性に関わる物資を集めた事が投票に繋がったと聞いたな。
でもそうやって代表になってもさ。能力は自治会レベルなんだよ。
受け入れられる人数の把握も碌にできず、挙句に苦しくなったら避難民に物資集めを強要。
その事が後の避難所崩壊に繋がったんだってさ。
所詮は素人の集団なんだ。どれだけ気をつけていても、相手は痛みも感じないゾンビ達。
少しの油断で怪我するなんて、普通に想像できるだろ?
だけど何度か成功すると危機感は薄れて来る。
今日も大丈夫だったから明日も大丈夫、なんて根拠のない自信を持っちゃうんだ。
そんな訳ないんだけどな。人間心理なんてそんなものだ。
まぁそんな状態だから怪我する人出て来るんだけど、帰って来てもその事を隠すんだよ。
それは何故か? 感染の恐怖もあるだろう。
それだけか? 1人で死ぬことの恐怖もあるだろうね。
でも俺が一番怖いと思ったのは、自分の家族を巻き込むって考えない事。
愛してるから一緒に居たい。これは理解できる。
でもさ。ゾンビになるのに、一緒に居たいって意味不明だろ。
俺は家族の為に頑張った。だから一緒に死んでくれ。
もう自分勝手すぎるだろ。それで結局家族も知り合いも巻き込む結果になったんだぜ。
稲垣はそんな身勝手な奴の為に家族が犠牲になったんだぞ。
という話を聞かせてくれた稲垣の知り合いから、俺達二人にこう言ったんだ。
「此処に残って協力して欲しい」 ってさ。丁重にお断りしたわ。
集団生活の面倒くさい話を聞いた後に言える神経を疑ったよね。
稲垣もハッキリと断ってた。アイツの場合は断るのも2回目だけどな。
じゃあ何でそこに行ったかなんだけど、避難所壊滅の後の事を聞きたかったんだ。
誰も手をつけてないと分かれば、物資があるからさ。
かなりの危険を伴うから、俺も積極的に行きたくは無いけど。
まぁちゃんとした理由はある。単純に物資が手に入りにくくなったんだ。
避難所の物資が足りなくなっている影響で、周辺の住宅から物資が消えたんだよ。
だから他が嫌がる場所を狙うしかない。
◇◇◇
という事で崩壊した避難所が見える住宅2階へやって来た俺達。
「あー。稲垣君。本当に行くのかね」
「うーん。とうま先生。どうしましょう?」
「これは予想出来なかったわ。逆に怖い」
「ハゲハゲしく同意」
俺達が悩む理由。
それは此処から見える避難所の状況にある。
何て言うかとっても静かなんだ。
それにゾンビの姿が見えない。
俺と稲垣が予想していた展開と違いすぎる。
「誰かが一掃したとか?」
「そんな事出来るのは、軍隊ぐらいじゃないか?」
「だよなぁ。勝手に分散したとか?」
「いや無いだろ。だって門は閉まってるし」
リスクについて十分に話し合い、それでも中に入る事に決めた。
だってこの場所には、稲垣の家族がいるしな。
出来れば......と言う気持ちもある。
潜入に持て行くのは、空のリュックと稲垣にもらった金属バット。
稲垣は木刀持ってる。俺は戦う自信無いし、護身ではなく距離を稼ぐ為だ。
「じゃあ行こうぜ。とうまは俺に離れず着いてきてくれ」
「わかった。」
この避難所は街運営の体育館なんだ。
休日にはママさんバレーとかチアダンス等の練習に使われていたそう。
周囲はそれなりの高さのブロック塀で囲まれているので、中の様子はこちらからは伺えない。
俺達の居た住宅の2階からも見えなかったんだよ。
稲垣は戸惑う事無く入り口の門へ駆けて行く。
俺も周囲を確認しつつ、遅れない様に続いた。
門の近くにはゾンビの姿は無い。
音を立てない様に門を登り、敷地内へ入るが建物へ続く通路も静かだ。
「とうま。手前の建物が管理事務所だ。俺が避難していた体育館はこの裏手になる」
「なるほど。そうなると体育館に集まっている可能性があるって事だな」
「ああ。だから打ち合わせ通り、先ずは管理事務所へ行くぞ」
「わかった。案内よろしく」
管理事務所の建物入り口は、ガラスの自動ドア。電気が止まっているので、手動で開ける。
素早く中へ入り、外からはいられない様に閉める。
これならここに逃げられたんじゃないか? という疑問が湧いた。
「稲垣。こんな場所があるなら、外へ逃げなくても良かったんじゃ無いのか?」
「とうま。あまり声を出すな。あっちの通路が体育館に繋がってるんだ」
それを聞いて、慌てて口を閉じる俺。
そう言う怖い事実は先に言っておいて欲しい。
稲垣は事務所の部屋の扉に耳をつける。
そして静かにドアを開けた。
中は6畳ほどの大きさで、デスクが2つ、ソファ-が1つ。
奥に小さな炊事場があった。
「とうま。ここなら小声で話す事は出来るだろう」
「だな。事務所の中は目ぼしい物は無いけど、何か目的があったのか?」
「ああ。非常用の物資は体育館裏手にある扉から地下に下りた場所にあるんだ。その扉の鍵目当てだ」
「でもその鍵って誰かが管理してたんだろ? ん? 予備キ-って事か」
「正解。流石俺より頭いいだけあるわ」
「なんだろう。褒められてる気がしねぇ」
稲垣は受付窓に近いデスクの引き出しから、小さな鍵を取り出した。
そしてその鍵を壁にあるボックスへ差し込み、中を物色し始める。
コイツなんで色々知ってるんだろうね。
此処に居る間に誰かに教えられたんだろうか?
とか考えてる間に鍵を見つけたようだ。
「この場の目的は達成した。静かに外へ出るぞ。その方が安全そうだし」
「了解した」
鍵を手に入れた俺達は、一度敷地の外へ出て体育館の裏側へ廻る。
この周囲も不気味なほど静かで、少し拍子抜けしたぐらいだ。
でも俺達は気を抜かない。現実は甘くないのだから。
俺と稲垣は裏側の塀を登り、ここでもしっかり周囲を確認して中へ侵入。
前を進む稲垣が右手で前方を指差す。
その方向を見ると鼠色の扉が見えた。
稲垣は忍び足でその扉の前まで移動。
俺もそれに続いたんだが、ここで稲垣が俺に鍵を渡す。
? 何やってんだ? と思った俺に稲垣が言った。
「すまん。先に入っていてくれ。俺は野暮用がある」
「お前何言って......わかったよ」
稲垣の表情を見た俺は、それ以上何も言えなかったんだ。
だって見た事無いぐらい情けない顔していたから。
そして稲垣は俺の前から去って行った。
何処に行くのか? 何て聞くまでも無かったんだけどな。
きっと帰ってくる。俺はそう思い、扉へ鍵を差し込む。
カチャ。
鍵は抵抗も無く開く。
念の為に扉に耳をつけるが、響いてくる音も声もしなかった。
俺は音を立てない様にゆっくりと扉を開ける。
ぐっ⁉
中からの異臭にせき込みそうになる。
何だ? 保存できる物があるはずだろ?
少しの間扉を開けて空気の入れ替えをしたが、あまり効果は無いようだ。
しかし物音もしないので、俺は覚悟を決めて階段をおりる。
元々危険は承知でここまで来たんだ。もしもの時はバット君頼む。
階段は薄暗く目が慣れるまでは、壁に手を当てながら降りる。
階段を時間を掛けて降りると、少し広いスぺ-スに出た。
まだ少し見えにくいが、正面にある扉が保管庫だろう。
それにしても異臭が酷い。鼻がもげそうだ。
この時点で俺は、匂いの原因には気付いていたんだけどな。
当たって欲しくない予想だけど。
コンコン。
保管庫の扉を軽く叩く。
耳置済ませて何時でも退避できるように身構えた。
しかし内側からは何の反応も無い。
それを確認して、俺は扉に手をかけた。
そしてゆっくりと開ける。
「ゴホッ。何でこんな事に」
保管庫の中はもうエグイ光景が広がっていた。
血まみれの遺体。血は壁まで飛んでいる。
この匂いは遺体が腐っている事を示していたんだ。
一体ここで何が起きたんだろう。
見た感じ大人が5人か? 服を見るに少し年配みたいだけど。
でも様子がおかしい。
これではまるで、殺し合った様な状態じゃないか。
だってゾンビに噛まれた傷がないのに、お互いを刃物で刺してる感じだし。
俺は吐きそうになりながらも、少し離れて観察した。
いきなり襲わても怖いからな。バットで突っついて確認した俺は悪くないよね。
「まさか食料が無くなって? でも見た所、棚には保存食はまだあるけど」
俺は遺体からは目を離し、中にある棚から水や乾パンなどの物資をリュックへ詰めて行く。
もうね。生きる為には、こんな光景でひよってる場合じゃないんだよ。
これまでも遺体は見てる。ゾンビじゃないなら必要以上に怖がっても仕方ないんだよね。
俺の精神も壊れて来てるかも知れないよ。
ある程度の物資を集めた後、俺はこの後どうするか悩んでいた。
此処でこのまま稲垣を待つのか?
それとも外へ様子を見に行くのか?
その時だ―――ゴソッ。
⁉ 棚で影になっている方から音が聞こえた。
ゾンビか⁉ そう思った俺はじりじりと扉の方へ後ずさりする。
大きな音は立てたくない。
でもゾンビなら逃げないと。
「た、助けて」
え⁉ 助けて⁉ 人間なのか⁉
そう驚いた俺の目に、伸ばされた細い腕がみえた。
まさかの生存者に何故か股間がキュッとする。
自慢じゃないがお化け屋敷も苦手なんだよ!
この時点で逃げる事も考えたけど、やはり俺には見捨てるって判断は出来ないみたいだ。
びくびくしながら声のする方へ近づくと、そこには髪の長い女性が苦しそうに唸っていた。
でも状況が変だ。
だって倒れた遺体の下に居るんだから。
これ大丈夫かな? そう思いながら女性の元へ近づいたんだ。




