腐った真実。
一番の難関であった橋を渡り切り、目的地である工場まで後少し。
逸る心を何とか抑え、周囲に目を配りながら運転を続けた。
すると左前方に大きな建物が見えて来た。
周囲が高いブロック塀に囲まれている。
俺は川沿いの道路からその建物に続く道へ車を向けた。
それなりに道幅はあるが、この辺りも徘徊するゾンビが多い。
俺はそいつらを振り切りながら、事故だけ起こさない様に慎重に進む。
「稲垣。入り口はどっちだ?」
「このまま道なりに進んで突き当りを左へ。そしたら右手に入り口があるはずだ」
「わかった。何時でも下りられる様に準備しておいてくれ!」
「了解! りょうた、りさ。シ-トベルト外しておいてくれ」
「は-い」「う、うん」
俺はそんな返事を聞きながら、更にアクセルを踏み込む。
前方からはゾンビが迫って来るが、いちいち相手にしていられない。
何体かに車ごとぶつかりながら進む事暫く。
工場の塀が近づいてきた。
そして稲垣に言われたように突き当たった道を左折。
数メ-トル先に鉄の大きな扉が見えた。
しかし此処で問題発生。
「おいおい! 何であんなに集まってんだよ!」
鉄の門の前には、多数のゾンビ達が集まっていたんだ。
このまま進んでも工場内へ入る事は出来ない。
しかし車を止める事も出来ない為、敢えてこちらへ注意を向ける事にした。
ブ-! ブッブ-!
クラクションを鳴らしながら突っ込む俺。
その音に反応しこちらを向くゾンビ達。
俺はそれ等を避ける様にハンドルを切りながらアクセル全開。
バンッ! ドゴッ! グシャ!
車体に響く衝突音。
後部座席の子供達を稲垣が必死に抑えている。
すまん。少しの間耐えて欲しい。
俺は無我夢中で運転を続ける。
工場から離れる様に道路を左折。
ドアミラ-には追いかけて来るゾンビの姿が映る。
「い、稲垣! 元の道へ戻れるか!」
「あ、ああ。この辺は道路がマス目になってる! 迂回すれば戻れるぞ!」
それを聞いた俺はゾンビから安全な距離を保ちつつ、時計回りで住宅街を走る。
ここでも出来るだけクラクションを鳴らし続けている。
もう後ろは数えられない程のゾンビの群れ。
それらを引き連れる様に走る車。
何度目かの交差点を曲がった先に、先程の入り口が見える。
「よしっ! 稲垣! 入口の前に横付けするから、子供達を頼む!」
俺は言い終わると同時に一気に車を加速させる。
そして閉められた鉄扉の横に急停車。
「二人とも行くぞ!」
「だっこ!」「は、はい!」
稲垣がりさちゃんを抱っこし車から降りる。
りょうた君もそれに続いた。
先ずは、りさちゃんを抱いた稲垣が片手で門に手をかけて登る。
俺はそれを見ながら、ゾンビ達を確認。
引き離したはずのゾンビの群れが、どんどんこちらへ近づいてくる。
まだか? 早くしないと追いつかれる!
「とうま! 入ったぞ! お前も早く!」
その声を聞いた俺は、車から出ようとしたんだが......。
ドンッ!
集団とは別のゾンビが運転席側から車体に体当たりして来たんだ。
それを見た俺は降りるのを諦め再び車を急発進。
また同じことを繰り返すしかない。
その結果。
何とかゾンビの群れを振り切り、俺も工場内へ入る事には成功したんだ。
もうね。車はボッコボコ。
工場を出る時は使えないだろう。
◇◇◇
そんな必死に辿り着いた俺達だったが、ある程度予想してた現実が待っていた。
「稲垣。あんまり歓迎されてないみたいだな。わかってたけど」
「そうみたいだな。でも良かったよ。母親がみつかって」
俺が車から降りられず、逃げ回っていた頃。
稲垣は子供達を連れて、ひと足早く生存者の姿を探した。
するとどうやら俺達の様子を見ていたらしく、何名かの大人が出て来たらしい。
そこでちびっ子二人の事を話し、母親を探して貰ったんだ。
俺が工場へ入る頃には母親も無事みつかり、感動の再開があったんだってさ。
ついさっきその母親からもお礼を言われたよ。
でもさぁ。
その後が問題なんだ。
「関係者の子供を連れてきてくれた事には感謝する。だが君達を受け入れる事は出来ない」
なんて言われるもんだから、俺は腹が立って直ぐに出て行こうとしたわけ。
稲垣も舌打ちしながら、それに続こうと歩き始めたんだけどな。
二人の母親は常識のある人だったみたいで、今日一日だけ留まれる事になったんだ。
ここで生活している人とは離れた場所でな。
別にさぁ。俺だって状況はわかってるつもりだ。
下心があって子供達を連れて来たわけでもないし。
でも大人だったら表情に出さない様にしろよって思うんだ。
もう見るからに嫌そうな表情でお礼を言われても嬉しくもなんともない。
それともう一点引っ掛ってる事がある。
母親に父親の事を話したんだけど、特に驚いて無かったんだよ。
泣くわけでもなく、一言「そうですか」とこぼしただけ。
覚悟をしていたって感じでもないし、どちらかと言うと困惑した感じ。
あの兄妹が嬉しそうだったから、それ以上話す事無く分かれたけどな。
変に考えても仕方ないんだけどさ。どうしてもあの亡骸が頭に浮かぶんだよ。
色々考え事をしながら、俺は与えられた場所で1人寝ころんでいた。
稲垣は知り合いが居たらしく、この場には居ないんだよ。
稲垣が此処に残れるんなら、俺はそれでも良いと思ってる。
安全な場所を探すのも大変だしな。
俺は知り合いも居ないし、人と群れるの嫌だから無理だけどね。
「おーい。とうま! ここに居たか」
「ん? もう良いのか?」
「ここの状況とか聞いて来たぜ」
「そうか。で? 稲垣は此処に残るのか?」
「はぁ⁉ 残るとかありえんわ。こんな人間関係が面倒な場所は無理!」
「そっか。なら明日ここを出るぞ」
とりあえず俺と離れる気はないらしい。
稲垣から工場の状況を聞いたんだけど、ここも食料不足という話だ。
だからこれ以上、避難民の受け入れはしないんだってさ。
まぁ普通に考えたら仕方ない。他の地域でもそうだろうしな。
でも一部の人から疑問の声も上がっているんだってさ。
だって食品加工工場だぜ? 機械が動いてはいなんだろうけどさ。
普通の場所に比べてたら、残ってる量もあるって考えるのが普通だ。
仕切っている工場関係者は、頑なに否定しているみたいだけどな。
俺は関係ないけど、あやしいとは思う。
だからと言って何かするつもりも無いけど。
出来れば一秒でも早くここから出たいし。
まぁ怒りに任せて外へ出なかった事は正解かも知れないが。
だって集まったゾンビの数凄かったし、分散するまで待たないとヤバかった。
そんな事を話しつつ時間をつぶし、俺と稲垣は此処を出た後の行動を打ち合わせて寝た。
......だけど。
寝苦しくて目が覚めてしまった俺。
トイレにでも行こうと思い、少し工場内を歩いてみたんだ。
まだ明け方には遠く、月明りだけが頼りの廊下。
皆寝静まっているので、静か過ぎてチョット怖い。
キョロキョロとトイレを探していたんだが、不意に誰かの話声が聞こえた。
迷っても面倒なので場所を聞こうと思い、声の聞こえる方へ足を向ける。
すると話し声の主は二人いる模様。
ん? この声って?
「もう! 今はそんな気分じゃないんだって」
「いいじゃないか。私達の子供も生きて会えたんだし」
「でも結局それを知る事無く死んだんだよ? 罪悪感が無いの?」
「ふん。自分の妻を奪われて、子供も自分の子供じゃ無いって知らないまま死ねたんだろ? ある意味幸せだったじゃないか」
ああ。聞きたくなかった話だ。
向った先に居たのは、俺が感じ悪いと思った男とあの母親だった。
今聞いた話が真実なら、俺達はこんなクソ共の子供を助けたのか?
子供達には罪はないし、母親に会えてよかったんだろうけどさ。
父親は何の為に命を懸けたんだ?
もう腸が煮えたぎるほど頭が沸騰した。
怒鳴り散らそうと思い足を一歩踏み出した―――その時。
俺の肩に手が置かれる。
反射的に振り返ると、俺と同じ様に怒った表情の稲垣が居た。
俺に向って頭を振り、帰ろうというハンドサイン。
稲垣の目に強い意志を感じた俺は、ため息をつきながら踵を返す。
寝ていた場所へ帰る間、お互いに言葉を発する事は無かったよ。
俺達はその後、誰にも告げる事無く工場を出た。
もう二度と関わる事は無いだろう。
せめてあの子達だけは、無事に生き残って欲しいもんだ―――




