俺達に出来る事。
二人の兄妹との出会いから、既に3日が経過した。
少し体力が落ちていた様だけど、精神が安定したのか元気になったんだ。
でも父親の事はまだ話をしていない。
兄のりょうた君は10歳なんだ。妹のりさちゃんなんて6歳なんだぜ。
そんな子供に残酷な現実を伝える事は出来なかったんだ。
「ぱぱかえってこないの?」
「りさちゃん。君のお父さんは、りょうた君ときみの為に頑張ってるんだ。だからもう少し待ってみようね」
「とうまお兄ちゃん。まさるお兄ちゃんは帰って来るよね?」
「ああ。アイツは大丈夫さ。ちゃんと帰って来る」
稲垣は今、1人で周囲の調査に出ている。
と言うのもさ。母親が生きている可能性が出て来たんだよ。
働いている場所って言うのが、倉田町にある食品加工工場だと覚えていたんだ。
俺は知らなかったが、稲垣は地元だけに場所は知っていたんだよね。
それにその食品加工工場が、地域の避難場所になっているらしい。
なら母親が生存している可能性がある。何もなければ......だけど。
やっぱりさ。まだ小さな二人には、他人の俺達より身内が必要だと思う。
このまま俺達と一緒に居る事も出来るよ。
でも子育ての経験も無いし、りさちゃんが幼すぎる。
それに父親の亡骸があるこの家に居ると、見せたくない物を見られる可能性が避けられない。
ならどうするか? 二人を倉田町の母親の元へ送るのが最良だろう。
問題は、どうやって移動するのか?
流石に子供を連れて徒歩での移動は危険が大きすぎる。
なので今まで避けて来た方法を取る事に決めた。
この家には自家用車両がある。
既に鍵は確保済みだ。燃料は入っているはず。
怖いのはバッテリーが大丈夫かどうか? なんだけどさ。
これについては決行時に確認するしかない。
古い車じゃ無いので、大丈夫だと思っているけどね。
それに車両が駐車されているのが玄関側だからさ。ゾンビ達を刺激したくないんだよ。
今は集まっていたゾンビ達も分散されているけど、音を出せば直ぐに集まってくるだろう。
後、問題になるのが周辺道路。
放置された車両で塞がれている場所も多いんだよ。
だから安全に走行出来る道を確認しないとだめだ。。
倉田町に向かうには川を渡る必要があるんだけど、せめてその付近までは行きたい。
川さえ渡ってしまえば、工場までは何とかなるはずなんだ。
という事で、俺達は手分けして調査している。
二人とも出て行くと兄妹が不安がるから、日替わりなんだけどね。
今日は俺が留守番だから、2人の遊び相手を任されているんだ。
俺には兄弟が居ないから不安だったけど、嫌われていない様で安心した。
稲垣は子供の扱いに慣れているから、だいぶ懐かれているけどな。
まぁそんな感じで『母親に会いに行こう作戦』の準備は進んで行ったんだ。
◇◇◇
そして更に2日後。
目的地である食品加工工場兼避難所に向かう事になる。
「りょうた君、りさちゃん。今からお母さんに会いに行こうと思う。準備は出来たかな?」
「くまさんのりゅっくもった!」
「とうまお兄ちゃん。着がえも持ったよ」
「じゃあ稲垣。作戦開始だ!」
「あいよ。例の地点で合流すっから、それまで2人を頼む」
そう言って稲垣は単身、家から出て行った。
数分後。
ガチャンッ! ワン! ワン! ワン!
何かの割れる音と犬の鳴き声が響く。
俺はそっとベランダを出て、外の様子を確認。
「二人とも玄関へ行くよ! りさちゃんは抱っこしていくから、りょうた君は先に下りて! でも外には出ちゃいけないよ!」
俺がそう言うと、りょうた君は階段を下りる。
俺もりさちゃんを抱っこしながら続いた。
そして静かに玄関を開け、周囲の安全を確認。
「よし。近くにゾンビは居ない。頼むよぉ」
願う様にリモコンキーのボタンを押した。
うん。バッテリ-は生きてる。
すぐさま二人を連れて外へ出て車へ急いだ。
危ないので後部座席に子供達を先に乗せ、シ-トベルトを締めるのを手伝う。
それほど時間は掛っていないが、ヘタレな俺は焦っていた。
まぁりょうた君は慣れてるみたいで、りさちゃんのベルトもやってくれたんだけどね。
そして運転席に飛び乗ると同時に、祈りを込めてエンジンスタ-トボタンを押した。
ブルルル......ブルン。
「ふぅ。最近の車はキーを差し込まないから怖い。さぁ出発だ!」
幸いな事にゾンビはまだ気づいて居ない。
俺は出来るだけゆっくりと車庫を出て、道を間違えない様に車を走らせる。
進み始めると何体かのゾンビに遭遇するが、出来るだけ避ける事を心掛けた。
ぶつけてしまうと、ゾンビに乗り上げてしまう危険性があるからさ。
ドラマみたいに轢いていくと車体はボロボロになるし、走行不能になったら逃げようがないからね。
安全を優先!
そして住宅地を走り何度目かの曲道、前方に周囲を確認する稲垣の姿が見えた。
俺は直ぐにそちらへ向かい、稲垣の横に停車。
乗車を確認しアクセルを深く踏み込んだ。
「はぁ。何とか上手く行ったわ」
「お疲れ。危険な役目を任せて悪かったな」
「まさるおにいちゃん! みて! くまさんなの!」
「おお。かわいいな! りょうた。大丈夫か?」
「う、うん。だ、だいじょうぶだよ」
りさちゃんは分かっていないから元気なんだよね。
その点りょうたは、間近にゾンビが見えたら怖いんだろう。
俺だって怖いけどな!
ここまでは稲垣が上手くゾンビを誘導してくれたから大丈夫だった。
でもこの先は、運に左右される。
「とうま! 次を左折!」
「オッケー!」
助手席でナビする稲垣の声を聞き逃さないように走行。
普通に走ればそれ程距離が無い橋までの道のり。でも今は多分、倍以上時間が掛かっていると思う。
それでも安全に走行できる方が大切だけどな。
走行中、稲垣は何度も窓を開け、身を乗り出して何かをを投げた。
その度に激しく吠える犬の声。
俺達は経験を無駄にせず、ルート上に発見した犬の居る家をチェックしていたんだよ。
少し可哀そうな気はするけど、襲われる心配の無い家を選んだつもりだ。
申し訳ないが、俺達の安全の為に力を借りる。
そしていよいよ一番の関門である橋が見えて来た。
「どうだ? 走れそうか?」
「ギリギリ1台分の隙間はあるはず! 突っ込め!」
「分かった! 稲垣! 窓を閉めとけよ!」
橋の上にも放置車両はあった。でもゆっくり走れば通り抜けできそうだったんだ。
だからもう何も考えず橋へ突っ込む。
だけどさ。何事も無く通しては貰えないんだ。
放置された車両の陰からエンジン音に反応し、こちらへ向かって出て来るゾンビ達。
ドンッ!
もう避けるスぺ-スも余裕も無い。
走行するスピ-ドは上げられないが、勢いのまま進み続けた。
撥ねられたゾンビがボンネットに乗り上げ、おぞましい顔が目の前に迫ってくる。
そして巻き上げられる肉と血が、フロントガラスを汚すんだ。
悪夢に出てきそうな光景が延々続く。
稲垣は後部座席へ振り向き、子供達に見ない様に叫んでいる。
こんな光景はトラウマになるからな。
救いなのはゾンビの数が多くない事ぐらいか。
そして......。
何とか橋を渡り切った!
残りのゾンビは振り切ればいい。
「稲垣! どっちだ!」
「右だ! このまま川沿いに走ったら、左手に大きな工場が見えて来る!」
此処まで来ればあと少し。
俺は焦る気持ちを抑えきれずアクセルを踏み込んだんだ―――




