第30話
嫌な予感をさせながら声のしたほうに振り向くと真にとってよく知っている人が立っていた。
慧は知っている、七海は見たことのある、梓は初対面の人だ。
声をかけてきたのは真の母親、真琴であった。やはり先程二階席から見たのは見間違えではなかったようだ。
七海の演技が終わり一階席を見たときに際立って拍手を送っている人がいたのを真は見たとき信じたくはなく他人の空似だと思うようにしたのだが現実はそんなには甘くないようだ。
とりあえず頭の整理は全く付いていないがひとまず聞いてみないことには始まらない。
「ちょ、ちょっとなんでいるんだよ!?」
「あら、聞いてなかったの? 慧君にはちゃんと伝えるように言っておいたのだけど……」
頭を抑え頭痛がするのを覚えた真だったが真琴の言葉を聞いてすぐに慧のほうを睨みつけるように見つめる。
睨まれている慧はそんなことお構いなしに自販機で飲み物を買っていた。
その様子を見て更に怒りの沸点が上がった真は問い詰めるために慧に近づいていく。
「おい、慧!! なんで言わないんだよ!!!」
「俺はちゃんとさっき教えようとしたじゃんかよ……そしたらお前聞かないって言うから教えなかったんだけど何か文句あるのかー」
「………………………………あっ!?」
思い出そうと悩むこと数秒、思い出した真は大きな声をあげる。
確かに慧は教えようとしたのだが真自身要らないことを考えてしまい聞こうとしなかったのだ。
まさかこんなことになろうとは真は後悔しつつも慧の言い分を納得し、とりあえず目先の疑問を片づける為そのまま自分の母親にここにいる詳しい理由を尋ねようと真琴のほうに顔を向ける。
しかし、向いた先では母親が七海と梓……特に七海のほうは顔を覚えていたようですぐに挨拶をしていた。
「お久しぶりです……中村七海です。私の事覚えていますか?」
「もちろんよー。変わってないわねー七海ちゃんも。さっきのもちゃんと見てたわよ、すごいわねー、私ビックリしちゃったわ。それにすごく可愛くなったしね」
「いえ……そんな……」
真琴に褒められてまんざらではない七海。顔がかなり真っ赤になって少し俯き加減になっておりその仕草が今の格好と相まって色っぽく見えていた。
七海の横でタイミングを見計らっていた梓は会話の切れ目が見えるとすぐに真琴に自己紹介を始める。
「真君のお母さんですか? はじめまして私、森本梓って言います。それにしても真君にこんな綺麗なお母さんがいるなんて……」
「あらやだわー綺麗だなんて…………。私は真の母親で、神代真琴です。すぐにで悪いんだけど梓ちゃんにお願いがあるんだけどいいかしら?」
「はい。なんでしょうか?」
「私の事は真琴って呼んでもらえないかしら?」
「えっ!? ……でも……」
笑顔でお願いをする真琴。だが笑顔の中でも目が笑っていないことに事情から理由までを知っている真と慧はそれを見逃さなかった。
梓の隣で一緒に真琴の笑顔を見ている七海も昔を思い出したのか見てすぐに多少ばかり顔がひきつっているように見える。
事情をわかっていない梓は困惑していた。そりゃあ理由もわからずに年上の人間、ましてや人の親をしたの名前で呼ぶなど普通はないだろう。
この理由はたいした事ではないのでここでの説明は割愛する。
返事に困っていた梓は首を振り周りを見て目的の人物、真を発見すると目で真に訴えかけてきた。
それを見て真はすぐに助け舟を出す為、そして、母親がここにいる理由を聞くために母親の傍まで近づいていく。
「梓ちゃん、ごめんね。ちょっと理由があって母さんとか母親とか呼ばれるの好きじゃないみたいだから名前で呼んでやってくれない?」
「えっ、ええ……わかったわ。よろしくお願いします真琴さん」
「はい。よろしくね、梓ちゃん」
「それで……何しにここに来たんだ?」
ものすごく困惑しながらも真琴に対して頭を下げている梓をよそ目に真はすぐに母親にここにいる理由を問いただそうとする。
真としてはこれを聞かないとこの場所からは去ることはできないと思っており真剣な面持ちで母親に聞いている。
「何、怖い顔して。ここで立ち話もなんだしそれに七海ちゃんたちだってまだまだ忙しいんだから後で話してあげるわ。それじゃあね慧君、七海ちゃん、梓ちゃん」
「ちょ、ちょっと母さん」
その言葉を言い終わると真琴はそのまま全員に手を振りながら一階席のほうに去ろうとする。
真は歩みを止めようと手を伸ばすがその手は慧に止められてしまう。
「放せって慧!」
つかまれた手を振り払おうとするが慧は更に真の肩に手をやり肩を組んでくる。
そして慧の言葉で真はすぐに大人しくなる。
「詳しい話しは俺のほうでしてやるから少し落ち着けって。それに蒼空ちゃんをいつまでも待たせるのも悪いだろ」
慧にいわれて席に蒼空を置いてきているのを思い出す。すぐにそれはまずいと思い直しそれに慧からある程度の説明で大体はわかるだろうと折り合いをつけ、振りほどこうとした力を緩め肩を組まれたまま真琴を見送ることにした。
同じく真琴を見送っている七海は苦笑いをしながら、梓は未だに困惑しながらどうしていいかわからずとりあえず手を振って見送るだけであった。
「……変わってないね真琴さん」
真琴が見えなくなったと同時に七海が真と慧にむかって今思っていることを口にする。
その言葉には返事は無かったのだが二人の顔が雄弁に語っている。もちろん二人の顔は苦笑いだ。
七海の言葉に残された梓は違う反応であった。
「七海ちゃん、真琴さんの事知ってるの!?」
「「「えっ!?」」」
梓の驚きに対して驚きで返す三人。そしてすぐに三人は七海が幼い頃一緒に学校に通っていたことの説明を梓だけにしていなかったのを思い出し代表して慧が梓に説明をする。
説明することは主に三人が幼馴染みたいなものと言うことに終始するだけで余計なことは慧も一切話さず、話を聞いていた梓は慧の説明を聞き納得していた。
一通りの説明を終えた慧は蒼空を置いてきてることを七海と梓に話しそのまま去ることに。
去り際に梓がもっと話しを聞きたいということだったので機会があったと約束をして真と慧は二階の席に戻ることにした。
七海と梓と別れた二人は話をしながら戻っていた。話と言っても真が慧に対して一方的に愚痴を言っているだけなのだが。
もちろん愚痴は真の件に対することである。
「――流石に聞かなかった俺が悪いとは思ってるけどそれでもさ言ってくれてもいいんじゃないのか? それに――」
ほぼこんな感じでひたすらに喋ってくる真。慧はのらりくらりマイペースにそれをかわしながら歩いている。
そのままの状態で二階席に向かう扉が見えたところで二人は足を止める。
止めた理由。それは扉の前で蒼空が立って待っていたからである。時間にしては優に十分以上待たせているのだから何かあったと思っても仕方ない時間であったのだろう。
話を止め二人で顔を見合しすぐに二人は蒼空のところに駆け寄っていく。
「どうしたの蒼空?」
心配そうな顔、しかし何があったのかわからないのですぐに蒼空に聞いてみることにした真。
慧も真のとこで心配そうに蒼空を見つめている。
しかし、蒼空は真の聞いたことに答えることはなくそのまま扉の中に入っていってしまう。
真と慧は再度顔を見合わせどうしていいかわからなかったのでとりあえず蒼空の後を追うべく二人も扉を潜り中に入っていく。
蒼空はそのまま座っていた席に戻り、二人も蒼空と同じく先程まで座っていた席に座る。
席に戻っても何も言葉を発しない蒼空に真は慧とアイコンタクトをとり再度先程聞いたことと同じ事を蒼空に聞いてみることにした。
「ど、どうしたの蒼空?」
最初の言葉が詰まってしまったのは現状の空気、もしくは蒼空の様子の変化を感じ取ったからであろう。二人共蒼空のほうに顔は向けてなくステージのほうを向いている。もちろんステージで参加者が披露している最中だからだ。
どう見ても蒼空ははじめに聞いたときより機嫌が悪いように見える。慧もその事は感じ取っているようで椅子に座ってはいるが蒼空に対して空間が真のほうよりも空いている。
ようは身体が真のほうに椅子の限界ギリギリまで寄ってきているのだ。
流石にそれはあからさま過ぎだろうと思った真は蒼空の見えない位置から慧を押そうとしているのだがどうも慧は必死のようで激しい抵抗にあっている。
二人でそんなやり取りをしている中、重い沈黙を唐突に蒼空が破ってきた。
「遅かったけど何してたの?」
声のリズムは一定、声質も幾分かいつもより低い。
それを聞いた二人は押し合いへし合いをやめ蒼空のほうに恐る恐る顔を向ける。
二人の行動と様子を傍から見ている人がいるのであったのなら二人の身体は幾分縮んだ様に見えたに違いないが、ステージで参加者が披露している最中なので殆どの視線はステージに向けられており気がついた者は皆無に等しい。
蒼空のほうに顔を向けた二人はすぐさま蒼空の機嫌が悪いのを理解した。
なぜならいつもよりも目が鋭かったからである。
顔は蒼空に向けながらも真は右手の肘辺りに軽く痛みがあったので顔はそのまま視線を痛みのあったところを見るとどうやら慧が肘で真のほうに肘打ちヨロシクをしているようであった。
慧の言いたいことを理解した真だったが現状ではその勇気は真には持ちえてなかった。
真は慧に同じく肘打ちヨロシクを返したのだがすぐに慧からも返ってくる。
何度か同じやり取りをしていたところに再度蒼空から質問をぶつけられる。
「何をしてたの?」
「「……………………」」
二人は二回目の蒼空の言葉に動きを止めて押し黙ってしまう。
蒼空は二人をジッと見つめておりその表情に変わる事はない。
流石にこのまま黙っていてもどうしようもないと思った真が意を決して話し始める。
実際のところ大した事をしたわけでもないのにこんなに覚悟がいるのは蒼空の見たこともない態度のせいなのは間違いはない。
真は先程の事、席を立ってから戻ってくるまでの事をしっかり詳しく説明を始める。慧もまことの説明にちょいちょい話を挟みながら会話に混じってくる。
蒼空は真の話を聞きながらも所々質問を織り交ぜて、聞いてきたときの表情のままに話を聞いていた。
その中で真の母親の話になったときに多少の表情の変化があったのだが真と慧は気がつくことは無かった。その変化に気がついていれば真にとって後の出来事を回避できたのであろうとは知る由もないことである。
蒼空は二人から何があったのかを聞いた後、そのまま何も言わずにステージのほうへ顔を向けてしまう。
その行動を見て真と慧は不思議に思ったのだがこれ以上は話しかけるのを躊躇ってしまい同じくステージのほうを向く。
ステージでは次々と出場者の特技披露が進んでおり、次に出てきた出場者を司会者が紹介してことで八人目が終わったことを知る。
そして真は色々あったこともあり少し頭の中から消えていたのだがレイヤも出ていたことを今更ながら思い出しハッとなる。
しかし、席を立っていた時間に終わってる可能性もあったので誰かに確認しようと思ったときそれを知っている身近な人間は蒼空しかいないことに思い至る。
蒼空に聞こうかどうか考えていると慧から小声で話しかけられる。
「レイヤってもう出たと思うか?」
どうやら慧も気にはなっているようだが蒼空に聞くのではなく真に聞いてくるところ慧の今の心情がわかるようである。
流石に聞かれてもわからないし真自身も気になっていたので思っていることをそのまま慧に言うことにする。
「俺がわかるわけないだろ。蒼空に聞いたらわかるんじゃない」
「だよなー」
どうやら慧もわかっているようで肩を落として溜息をついている。
慧のその行動が蒼空に見られていたようで二人のほうを、特に慧のほうを何があったのかと見ていた。
真は蒼空の表情を見てどうやら先程の状態では無いと感じ取る。それならと思い真は蒼空に聞くことにした。
「ちょっと聞いていい蒼空」
蒼空に話しかけた真を大きく目を見開き慧が驚いている。まあ蒼空の表情が見えていなくて先程のを引きずっていたのであれば仕方のないことであろう。
「……何?」
そんな状態の慧を余所目に挟みながら真と蒼空は話を続ける。
そしてそのまま慧が気になっていたことを……まあ、実際に慧は気になっているから真に聞いてきたのでそれを理由付けて聞いてみることにする。自分が気なっていることなどおくびも出さずに。
「慧がなんかレイヤって娘が出ていたかどうか気になっているみたい何だけど、俺達が席を離れている間に出てたりした?」
蒼空は少し考え込み思い出しているようであった。
その間、慧も蒼空のほうを向いて状況を必死に確認している。
「………………………………確か出てないはず」
「だってよ慧」
間に挟まれているので聞こえてはいるのだが確認の意味もこめてしっかり慧に伝える。
どうやら蒼空が問題なくなっていることを理解するのによく聞いていなかったようで結果的に伝えてことがいい方向につながった。
「……へっ!? 何がだって?」
「レイヤは出てないってよ。よかったな」
「あっ、そうか…………わかった」
今の状況とレイヤの事を同時に理解した慧はようやく追いついてきたようだ。
そのまま横にいる蒼空にお礼を言っているようであったが、真はそのまま自分の思考世界に意識を沈めていく。
考えることはもちろんレイヤ改めフレイヤの事である。
少し前に考えていた無限ループの思考とほぼ変わらないことを考えていたが、それよりも少し踏み込んで考えることに徐々にだがシフトさせていく。
色々と真は考えていたのだが結構長い時間経っていたようでどうやら九人目、そして十人目が終わったことを告げている司会者の声が聞こえるところで意識を表層に戻す。
戻してすぐレイヤはどうなったかなと思っていたところに司会者から最後の登場する出場者の紹介がなされる。
「それでは特技披露も最後の出場者になりました。登場していただきましょう。本名・F・レイヤさんです! どうぞー!!」
登場の音楽が鳴り始めレイヤが出てくる準備がなされていく。
それを聞いた真はすぐに視線をステージに向け答えのわからない考えを携えレイヤが出てくるのを待つのであった。
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