第16話
学園祭初日。
昼下がりの大学前の入口には多くの人達が次々と大学敷地内に入っていっている。
もちろん大学に在籍している人たちではなく、一般の人達がほとんどだ。と言っても入口から大学病院はへは普段から一般の人たちは入ることができるが、その先にある敷地には普段は入ることができない。人々はその先の敷地に向かって歩いている。
大学に入る入口。普段から使用している場所。
大勢の人々が行きかっている場所から少し離れているところに真はいた。
明らかにソワソワとしている感じが傍から見てにじみ出ている。
何をしているかと言うと、単純に人と待ち合わせをしているだけなのだが、真にとっては一連流れからの行為は始めての体験だったりする。
自分から人を誘い、自分で主導する。人から与えられたものではなく自分から……。
それにより真はいつも以上、いや人生で一番と言っていいほど緊張していた。
前回のものとは違う緊張感。それを真はひしひしと感じていた。
待つこと数分。
待ち合わせの相手が真の見えるところに姿を現した。
それを確認した真の緊張の度合いはマックスに達した。
もちろん待ち合わせの相手は蒼空だ。
蒼空は真の姿を見つけるとすぐに真の傍まで歩いてきた。
「お待たせ」
いつもと同じ感じで真の傍まで来ると声をかけてくる蒼空。
格好もいつもと変わらないのだが真の目には違う風に映っていた。
それにはしっかりと訳がある。
普段から異性は異性としてしっかりと認識しているのだが、いつもとは状況が全く違う。自分から誘うことにより普段から意識してなかった事が真の中に浮かび上がってきたからだ。
異性は恐怖の対象という認識が違う対象に見えてきていた。はっきりと言えば恋愛対象。
実際のところまだ真の考えはそこまではいたっていないのだが、自分が誘ったことにより意識の奥底から僅かながら鎌首がもたげてきたというところであろう。
蒼空はそんな真の様子を見て不思議そうな顔で見つめていた。
真のほうもどう返していいかわからず少し顔を俯け無言のままだ。
頭の中は色々な考えが目くるめく廻っていた。
真としては誰か、というか慧がいれば頼りたいところではあるが慧は傍にはいない。
もちろん周りで様子を伺ってもいない。平野先生により邪魔をする一切の好意を禁止されているからだ。まあそれ以外にもいないわけがあるのだが……。
真や慧、それに七海、梓にもそのことはしっかりと通達されており、これからは全て真一人で乗り越えていかなければならないのだ。
と言っても、学園祭なので大学の敷地内にはどこかにはいるはずなので偶然会うことは禁止されてはいない。
だからといって出会ったところからこんな感じでは先が思いやられる感じであろう。
「真?」
俯いている真が心配なのか優しげな声色で真に声をかけてくる蒼空。
その言葉に考えのループより帰還した真が俯いていた顔を上げ蒼空のほう向いたのだが……覗き込むように見ていた蒼空の顔が近い距離にあり一瞬にして尻餅をついて体を震わせる。
真の様子を見て覗き込んだ蒼空も気がついたようだ、すぐに大丈夫なラインギリギリまで距離を開ける。
それを確認した真の体の震えも収まるが、いまだ息は荒く状態は完全ではない。
「ごめん、真。近づきすぎた」
本当に申し訳なさそうな顔で謝る蒼空。
真も少しずつ落ち着きを取り戻し出し立ち上がると浮かんできた疑問を蒼空にぶつけてみる。
「なんで正確な距離までわかっているの?」
それもそのはず、今蒼空の真に空けている距離はほぼ1メートルきっかりにな感じなのだ。
このことは知っているのは僅かな人しか知らず、真自身この距離感を常に意識していたので見ただけでおおよその距離がわかるようになっていた。
因みに、この距離感は違うところでも役に立っていたりする。
それはもちろんクルールで戦うときである。
この距離感の正確性が真のスタイルを確立させ王者にのし上がった要因の一つともいえる。
さすがに技術的、肉体的にどれほど優れていようが無敗などということは滅多に起こりうるものではない。
それを可能にしていたのが距離感。正確には間合いなのだ。この間合いの見切りこそが真の強さの一つなのだ。
閑話休題
蒼空は真の質問に知っていることを話してくれた。
それによるとすべては平野先生が原因だったことが判明した。
今日の事から真の病気の注意点など事細かに話し、それを聞いていた真は怒るというよりも呆れてしまい溜息をついてしまう。
しかし、そのことにより真としてはだいぶ落ち着きを取り戻した。
事情を知っていることに対してである。
気が少し楽になった真は蒼空に声をかけとりあえず学園祭を廻ることにした。
入口のところから会場へと移動した真と蒼空は距離が開いているものの連れ立って歩いている。
その様子を在学している人達であろう、二人を見るたびにざわざわと騒がしくなる。
もちろん注目を集めているのは他でもない蒼空だ。
学内でも対外的にもそれなりに有名になるのだから注目を集めるのは仕方がないことだが、見ている者たちからすれば一番の耳目を集めているのは蒼空の横に異性がおり、二人で歩いているからであろう。
知り合ってから蒼空と一緒に過ごす時が増えたが二人きりではない。常に他の三人の誰かがいた。
二人でデートしたときも学内の人間にはほぼ知られていないし、知られたとしても二人きりのところではない。
学内でも、それは一緒だ。
しかし、今は違う。
二人の完全な状態で学内の人間にも公然と晒している。
それを見て何も言わない人間はこの大学に通っているものであるならいないと言い切れるだろう。
色々な視線、囁きを受けて二人は対照的な面持ちだった。
真はたまらなく苦痛な感じが出ているが、蒼空のほうはそんなことなど意に介さない感じだ。
歩き方もスタスタと歩いていく蒼空に対して、真は一歩一歩の足取りがかなり重そうな足取り。
しかし、蒼空も何も感じない事は無かったようだ。
「はやく行こう、真」
表情や態度には出ていないが先をせかす様子があまりいい印象を出していなかった。
真は蒼空の言葉に従い重かった足取りを速め、落ち着ける場所まで行くことにした。
歩いていくこと数十分。
流石に敷地の広さが否が応でもわかる。
とりあえず落ち着ける場所を探して彷徨っているのだが一向に見つからなかった。
普段ならばいるはずのないところにも人が大勢いるのだ。もちろん学生ではなく一般の方々である。
どうしようもなくなり真は困ってしまい考える。考える。考える。そしてあることを思いつく。
大体の場所は一般の人たちに解放されているが全部ではない。
思い付きをすぐに実行に移すため真はポケットから携帯電話を取り出しどこかへ電話をかける。
電話はすぐにつながり、話し相手は荻野だった。
用件を伝えると通話をすぐに切り、蒼空を引き連れてとある建物に向かう。
何処に向かっているかわからなかったが蒼空はおとなしく真の後についていく。
真が歩き出してすぐに目的の場所が見えてくる。
まあ、ここまでたどり着くのに数分の時間がかかっているのだが……。
とある建物の前にたどり着く。
そこは大学の敷地内にある大学の寮だった。
入口には『双黒寮』と書かれている。
敷地内にある大学の寮は二つあり、一つは目の前にある『双黒寮』とここから反対側の位置にある『双白寮』がある。
『双黒寮』が男子寮で『双白寮』が女子寮だ。
なぜ、寮に来ているのかには訳があった。
寮のロビーに入ると壁にあるインターフォンを押し部屋のいる人間にオートロックを解除してもらう。
実のところ男子寮の癖に普通のマンションとかよりもセキュリティがしっかりしている。
寮母がいるのはもちろん、ロビーはオートロックの自動ドワがあり監視カメラもロビーには二台ほど備え付けられている。
もちろん女子寮も同じ感じなのだが、女子寮ならまだしも男子寮まで一緒なのは些かやりすぎのような気がしないでもない。
まあ、そのおかげでこの場所のとあるところを思いついたのだけど。
あけてもらった自動ドワをくぐり目の前にエレベーターがあるのだがそこは真のクオリティ、非常用の階段のある扉を開けると、ごく自然に階段で上に上がっていく。もちろん後ろには蒼空が付いて来ている。
エレベーターの前で一番上まで言っているように真は言ったのだが蒼空はついてくると言ってそのまま付いて来ていた。
因みに、大学の寮は五階建てでツインタワーのような形をしている。
それの片方をひたすら階段で登るとついに目的の場所までたどり着く。
そこは屋上。
周りは金網で仕切られているがそこにはなぜか植物園のようになっていた。
ようは小さな憩いの場になっているのだ。
なぜこんな感じになっているのかはわからないのだが昔からこんな感じらしい。
一説には植物の実験場だとも言われているがその真相は定かではない。
この場所は一般の人達が入れるところではなく、そして男子寮には不人気な場所なので人などあまりいないので二人にとっては絶好の休憩ポイントなのである。
二人は少し進んだところにあるベンチに腰掛けることに。
二人がけのベンチが二つ並んでいたので一つのベンチにそれぞれが座る。
座ってすぐに蒼空が言葉を口にする。
「こんなところあったんだ……」
本当に驚いているようでキョロキョロと顔を巡らせまわりを確認している。
それを見ていて真は嬉しそうな笑みを浮かべている。
「蒼空さん知らなかったんだ?」
「知らない……」
真の笑みを勘違いしたのかちょっと蒼空は不機嫌そうだ。
何で不機嫌なのか真はわかってないようだ。
真の顔を一瞬見たと思うと蒼空は顔を逸らしまた周りを眺めだした。
蒼空の事を疑問に思うがようやく落ち着ける場所にたどり着いたので頭の片隅に追いやり一息つくことにしたようだ。
蒼空も一通り眺め終わったようだ、ベンチに深く座り一休みするようだ。
二人ともこれまでの喧騒で疲れたのか、何も話さずゆっくりと休憩している。
ある程度休んだで落ち着いてきたのかこれからどうするか考え出す真。
そんなとき不意に真の携帯から着信音が鳴り響く。
携帯を確認して通話ボタンを押して電話にでる。
電話越しに聞こえてきた声の主は慧だった。
電話の会話の内容としては――
蒼空と二人でいたことに対する話しがすでに慧の耳に入っている事。
今、何処で何をしているかということの二点だった。
真はとりあえずありのままの事を慧に話す真。
電話の向こうから笑い声が聞こえることに多少なり機嫌が悪かった。
これからどうするか話し合いを終え、通話をきると真は蒼空にこれからの事を話す。
慧との話し合いの内容を伝えた後、二人は移動を開始する。
なんだかんだで二人はこの場所で一時間ぐらい休憩していた。
寮の屋上からでた二人は目的の場所に向けて歩み出すが、再度注目の的になってしまい気疲れを感じながらも歩いていく。
大学の広い敷地をうんざりするほどの視線に晒されながらも何とか目的の場所にたどり着く。
そこは色々な模擬店が乱立している場所だ。
もちろんこの模擬店は単位のかかっている例の出し物。そこの一角、他にはよくお祭りとかで見かける露天とは一線を画す店が出ていた。
その店で出しているのはピザだった。もちろん作っているのは慧とその知り合い達。道具も本格的で、どこから調達したのかは不明であるが石釜まであった。
かなりの行列ができており大盛況のようだ。
何でこんなに大盛況なのかは真は知らないことなのだが訳があったりした。
去年の学園祭でも同じような料理の店を出して投票結果で五位に入っていたりする。部門別でいえば一位なのだ。
なのでこの行列は仕方がないことであろう。
作っていた慧が二人に気がついたようだ、手を振っている。
手を振られた二人も慧に向かってそれぞれ対応している。真は手を振り返し、蒼空は顔を向けて頷いている。
その対応で満足したのか慧はピザ作りに戻っていった。
予定としてはこれから慧と合流する予定なのだが行列の状況をみてまだまだかかりそうなので二人は残りの模擬店の様子を見ることにする。
それなりの人達で賑わっていることで真のほうもかなりきつい状況になってきていた。
唯でさえ注目を集めているところに更に視線が増える、そして人が増えることによる接触の危険性がます、その二つの事に真は神経を尖らせていた。
表情もかなりきつそうな感じになってきている。
蒼空は真の様子を伺っていたのだろう、真に声をかけてきた。
「顔が青いけど大丈夫?」
「……あんまり大丈夫とは言えないけど、まだ大丈夫だよ」
蒼空の気遣いに何とか答えるが顔の様子からどう見ても大丈夫そうに見えなかった。
「……わかった」
蒼空はそういうとどこかへ行ってしまった。
去っていく蒼空を見つめながら真はどうしていいかわからなくなりその場に立ち尽くしてしまっていた。
蒼空がいなくなって数分……。
未だにどうしてわからない状況のなか蒼空が戻ってきた。
そして何も説明のないまま……
「ついてきて」
唯一言、それを真に伝えるとまた歩き出しどこかへいこうとする。
真がどうしていいかわからなく茫然と立ち尽くしていると、少し歩いたところで真のほうに振り向き真を手招きした。
それを見て真は少し持ち直したのだろう、とりあえず蒼空についていくことにした。
黙ってついていくとそこは模擬店の人達専用の休憩室だった。
扉を開けて入ってすぐ真は蒼空の気遣いに嬉しさがこみ上げてきた。
しかし、嬉しさもあったがちょっと無理しているところがわかられていたところが少し恥ずかしくもあった。
蒼空のお膳立てしてもらったことを無駄にしない為にもしっかりと使用させてもらおうと心に決める。
とりあえずゆっくりとした空気が流れる中――因みにその間蒼空との会話は全く無かったりする――扉が開けられる。
扉の開けた先にいたのはもちろん慧だ。
慧は休憩室の中の様子をみて一瞬笑みを浮かべる。しかしすぐに真面目な顔つきに戻り休憩室の中に入ってくる。
「待たせちゃってすまんな」
「まあ、あの状況なら仕方ないよな。それにしてもすごい人気なんだな?」
去年の学園祭の事を全く知らない真には不思議な光景に映っていので質問していた。
驚くことに蒼空もなぜか同意して頷いていた。
これにはしっかりとした訳がある。
蒼空は去年の学園祭に参加はしていたのだが、どちらかというと自分の意思ではなく梓の意思がほとんどであったりする。
ミスコンが大きな例なのは間違いないであろう。
他の催しに関しても梓に連れまわされていたのでほとんど印象が残っていないのだ。
自分から見るのと、人に言われて見るのでは印象の残り方も違うのは仕方ないことだろう。
それに、去年は慧の事など知らないのだから不思議に見えても仕方がない。
「まあ、去年もこんな感じだったからあんまり気にならないけど、改めて言われるとなんだか恥ずかしいな」
嬉しそうに真の質問にも答える慧。真は去年も同じなんだと呟いていた。
「今日の分は終わったから、とりあえず着替えてくるからまたで悪いんだけどちょっと待っててくれ」
「わかった」
そのまま慧は休憩室の横にある更衣室に消えていった。
真は待っている間に先ほどのお礼と疑問に思ったことを聞いてみることに。
「さっきはどうもありがとう。実のところ結構辛かったから助かったよ」
「気にしなくていい。あの顔で言われても説得力無かったし……」
蒼空の言葉に恥ずかしさが浮き上がって顔を俯いてしまう。
まさかそんなに顔に出ているとは思ってなかったようだ。
すぐに恥ずかしさを打ち消し思っていたことを聞いてみる真。
「それにしても蒼空さんも去年の学園祭の事知ってるようで意外と知らないんだね? てっきり慧の去年のやっているのも知ってると思ったよ」
「去年は梓に連れまわされている感じだった」
「そうなんだ……」
その様子が容易に想像できてしまい苦笑いを浮かべる。そして真はふとあることに気がつく。
「それなら今年の学園祭も俺に連れまわされてる感じだね」
「……そうかも」
一瞬考え込むがすぐに肯定する蒼空。
「なんか悪いことしちゃったね」
肯定されたことにより真は申し訳ない気持ちになってしまうが。
「別に気にしてないから大丈夫」
抑揚のない言葉で返され蒼空の気持ちは窺い知れなかったが多少気持ちが楽になるのを感じた。
そんな会話をしていたところに慧が着替えて休憩室に戻ってきた。
「お待たせ。それじゃあいこうか」
事前に電話で話していたことは合流することだった。
平野先生に邪魔はしないようにといわれていたが慧のなかでは真が色々と持たないだろうと思い合流することにしたのだ。
真のほうも自分の限界を感じており合流することに問題はないというか……一刻も早く合流したかった。
「慧も一緒に行くの?」
蒼空だけは何も聞かされていなかったので慧に聞いてきた。
答えは慧ではなく真からもたらされた。
真の今の状況をしっかりと説明をして今後の事についてしっかりと理解してもらった。
真と慧、蒼空は模擬店のエリアから違う場所に移動することにした。
向かった先は運動場エリアのほうへ歩いていく。
そこには様々なイベントがおこなわれているところで、野外ステージが設置されていた。
今そこでは学生のバンドのライブがおこなわれていた。
なぜこんな所にきたのには訳がある。
事前に慧は連絡しておりここにいるのを確認している。
もちろん連絡しているのは七海と梓である。
人だかりがすごいので真の事を考え少しはなれたところで連絡をして二人が来るのを待つことに。
ステージでのライブも終わり次の番に向けて準備が始まった。
その間、人も一時的にまばらになりその人垣から目的の二人が真達の下へ歩いてきた。
「お待たせー」
梓が真達の姿を見つけると笑顔で駆け寄ってきた。その後ろには七海が気まずそうな顔で歩いてきていた。
七海の顔に疑問を思った慧が七海から聞いてみることにした。
「七海、何でお前はそんな顔しているのよ?」
「だって…………平野先生が邪魔するなって言ってたでしょ。いいのかなーと思って……」
「いいんじゃないの。真から言われたんだし問題ないんじゃない、なあ?」
慧が七海の感じてることに答えながら真のにも同意を求めてきていた。
「こっちからも言っておくから大丈夫だと思うよ」
「それならいいけど……」
まだ不安は完全に拭えきってなさそうだが多少は納得したようだ。
「それじゃあ行こうか」
慧の号令で五人でこの後行動することになるのであった。
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