MOVE 12:抱えるモノ
やがて夜が来た。
静寂と共に、可憐な星たちが墨に塗られた空に煌々と浮かんでいる。澄み切った冬の空気と冷えっ切った大地に降り注ぐ1本の光。
この町の街灯は戦争を知らない清純な光を灯している。だからこそ、死んでいったもの達を思い出す。沢山の命を犠牲にして修二はここまでやってきた。記憶に新しいのは修二のたった1人の兄妹である早百合の死だ。
修二はその大切な妹を守ることができなかった。
正直、今でも不安があることは確かだ。勢い込んで帝国に進出したのはいいが、いつ犠牲者が出てもおかしくない現状に、嫌気がさす。
犠牲者は0で行きたい。
修二は切実にそう思う。もう悲しい思いはしたくないのだ。みんなで生きて、平和な世界をみんなで歩みたい。ただそれだけの事。
強制労働もなければ、戦争もない。そんな世界を渇望する。
ベンチに座り込んだまま、ずっと考える。
空奈のこと、犠牲になった第三部隊の人たち。
彼らは幸せだったのだろうか。こんなみすぼらしい修二が生き残っていることを、あっちの世界で恨んでいるのではないだろうか。
何もできなかった。
その時、横合いから温かい飲み物の入った缶が出てきた。
「シュウ君。そんなところに座ってたら、体が冷えちゃうよ」
心配した美来が修二のために温かい飲み物を持ってきてくれたのだ。お礼を言って受け取ると、プルタブがすでに持ち上がっている。よく見るととても年季の入った缶だった。気分だけでも缶コーヒーを味わえ、とのことだろう。
「やけに年季の入った缶コーヒーだね。もしかして、中身はコーヒーじゃなかったりして?」
「うん……。実はそれ、ココアなんだ。この村には戦争のせいでコップが2杯分しかないんだって。あとは拾い物の空き缶」
美来はそう言って修二の隣に座る。
「拾い物? だいぶ、貧困な場所なんだな。帝国領土内にある土地なのに……」
「逆に帝国領土内だから無いんじゃないかな? 私の家にもコップなんてなかったし……」
美来は目を伏せた。
美来の口から家庭の事情を話すのは初めてだった。
「へえ、美来の家庭って、どんな家庭だったの?」
「……」
美来は答えなかった。見返りに憂鬱な表情を浮かべていた。
「ゴメン、今の質問は忘れて。それにしても、どうして2杯分のコップがあるのにわざわざ空き缶を選んだんだ?」
「それは……、なんだか申し訳なくなって……。それで……」
美来は口ごもって「う~」としか言わなくなった。
「ごめん、コップのほうが良かったよね……。私の事、殴ってもいいよ……」
「殴るだなんてそんな事するわけないだろう。美来が気を使ってくれたんだから。仕事の変な上司じゃあるまいし、そんなことしないよ」
修二のささやかな言葉に、美来の心は癒されていた。
「シュウ君は、きっと暖かい家庭に生まれたんだよね。だから、“優しい”人なんだよね?」
「……」
それは違う。
「いいなぁ……私、シュウ君の“妹”に生まれたかったな」
「……」
妹という単語。
皮肉なものだ。
嫌な思い出から抜け出した途端に出てくる嫌な単語。
「……それって、本当に幸せなのかな?」
「へ?」
「僕の妹に生まれてきて幸せなのかな? って」
「それはそうだよ」
美来に笑顔が戻った。
「だって、こんなに優しい“お兄ちゃん”がいるんだよ。きっと、楽しい家族だよ」
ズキズキと胸が痛んだ。
「でも、僕は何も守れないよ……」
悲劇には悲劇でしか語れない。
事実だから。
冷たい言葉と修二の表情に美来は言葉を失った。
「シュウ君……」
美来の悲しそうな声が余計に修二の心を圧迫する。
悲痛な思い出だけが頭の中に残った。
「目の前で救えなかった。僕がもっと早く行動していれば助かったのに……。僕は、僕は……」
みんな、非力な人間(修二)のために下賤な輩に消されていった。
ろうそくの火を吹き消すように。
悔しさが込み上げてくる。
もし時間がもどせるのなら、やり直したいことが山ほどある。
「自分を責めないで、シュウ君。シュウ君のおかげで助かった命だってあるんだよ。現にその1人が私だし……」
美来はそっと修二の手を握り、身を寄せる。
「シュウ君が居なかったら、私、ずっと無差別に人を殺し続けて、言われるがままに虐待を受けてた。隆さんだって、シュウ君が現れなかったらずっと山籠もりで、きっと『臆病者』よばわりされ続けてたよ。空奈さんだって、隆さんと再会することができたし、月滅の町を守ってる人たちも喜んでもらえたでしょ? それに、政府のみんなだって、最悪の状況は避けられたし……。シュウ君は頑張ったんだよ!」
美来は修二に笑って見せた。
「もっと、自信を持って! シュウ君が今までにしてきたことは“間違い”じゃないんだから!」
明るく美来は修二を勇気づけた。
「……そうだね。明日はいよいよ帝国の中核の1つを破壊する日だよね。僕らの反逆はまだ始まったばかりだ」
「そうだよシュウ君。私、シュウ君ならきっと帝国を倒せるって信じてるよ」
美来はそう言って、もっと体を寄せた。柔らかい弾力のある何かが修二の腕に張り付く。少し驚いて、真っ赤になった顔を向ける。
「ゴメン、寒くなっちゃった……」
美来はそう言うと、瞼を閉じた。そして、美来は一瞬で意識を失った。
「寝ちゃったか……。疲れてるのに、僕を励ますなんて……。美来も変わったな」
少しほっとしている修二がいた。
美来は安心しているのか、ゆっくりと呼吸している。
その時だった。
「ダメだって! いくらなんでも今、動くのは体に良くないぜ!! 考え直せって隆はんよぉ!」
やけに焦っている浩平の声が外から響いている。拠点としている住居の明かりに2つの影が浮かぶ。
「黙れ! 俺の体は俺のものだ! テメエのものじゃなければ、テメエの言うことで動く体じゃねえ!!」
隆は怒っている。
夫婦げんかのような会話をしながら2人は修二のほうへ歩いてくる。
何を争っているのだろう。
「何やってるんだ? 2人とも。一体どうした?」
目の前を通過した2人に事情を尋ねてみる。
「ああ、修二。丁度いいところに。……まだ万全じゃない隆はんがリハビリだ、リハビリだってきかないんだ!」
「るせえ! 患者の意志には従うもんだろ!」
隆はさっきよりも怒っている。
「隆、“リハビリ”ってなにする気だ? まさか、過激な運動じゃないよね?」
「何が悪い」
呆れるほど開き直った言いっぷりで隆は言った。さすが、口喧嘩の強そうな空奈と喧嘩するだけの頑固さはある。
こうなった隆は意地でも行動する。
どんなに縛り付けても、気が済むまでは諦めない屈強な男だ。
「浩平、好きにさせておこう」
「え? でも、修二はんよぉ、それじゃあ、隆はんがどうなっても良いってのか?」
困ったことに、そう会話をしている間に隆は自分の訓練場を探して、どこかへ歩いていってしまった。
「……浩平。今の隆は止めても無駄だよ。好きにさせておくのが1番だ。隆だってクタクタになるまで訓練はやらないはずだ」
口ではそう言っているものの、心の中では『そうなって欲しい』と祈っている。
「そうなのか? まあ、付き合いの長い修二が言うんなら、その通りなんだとは思うけどよぉ……」
納得いかない浩平の思いが顔にあふれている。
「浩平はゆっくり休んで明日に備えてほしい」
「そ、そんじゃぁ、誰が見張りをやるんだ?」
「今日は僕がやるよ。いつも以上に目が冴えてるからね」
「そうか。分かった。じゃあ、遠慮なく休ましてもらうぜ」
暗い冬の夜を浩平は踵を返して歩く。
「隆に何を言ったんだ?」
背中に尋ねる。
「次は何処へ行くんだと聞かれたから、ラズナ研究所に行くって答えただけだよ」
背中は答える。
「そうそう、一応、明日の作戦に由紀殿を呼んでおいた」
背中はそう続けた。
「由希ねえを? また、どうして?」
そう聞くと、浩平は少し得意げに笑った横顔を修二に見せた。
「ここの爆弾が貧相で使い物にならねえから、俺のオリジナルを持ってきてもらうのさ。それと、戦力は多いほうが勝算があるだろ?」
「いいのか? 由紀ねえは月滅を守ることで精一杯なんじゃ……?」
「分かれる間際に由紀殿は『1回くらいは作戦に加勢してやる』って言ってたのさ。あんまりにもその1回目が早いから驚いてたけどよ。一応言っておくが、明日、スティーラは絶対に攻めてこない。その確証は奴らの侵入経路を前回の戦で塞いじまったからさ」
図々しく語る。手柄を立てたのが我だと言わんばかりに得意げな口調だった。
浩平はそれを言い残すと、足早に去って行った。
考え直せば、由紀が来てくれることは嬉しい。けど、心配だ。
なぜか、今夜の浩平の態度は気に入らなかった。
的を下げた真っ暗な木に一本の銀色の刀が突き刺さる。刀は少し中心を外したが、あてどころは悪くなかった。突き刺さった刀は刀身だけしかなく、握るためのグリップが付いていない。
「ふぅ……何日も何週間も練習してようやくここまでか」
少し残念そうに薄着の依里茄は言った。こんな真冬の空の下で、真夏のような服装の依里茄は額から汗を流している。然り、体からは白い蒸気がじわじわと天に立ち上っているのが暗がりでも分かる。
依里茄は息を乱しながら、刀身しかない刀を慎重に抜き取って、刀身がない刀に押し戻す。かちっと音が鳴ると、刀は1つになった。
今度はその刀を振り回して、空気を切り始めた。真空を切る音を1つ、1つ耳で確認して、確かな切り方をその手でつかんでいるようだった。
木陰で見守っている影に気付かずに。
「そんなに僕たちが信用できないかい?」
後ろからの声に驚いた車椅子の女の子は、慌てて振り返った。
「ゴメン、驚かせちゃったね」
「お前は、あの時の……」
女の子は気に入らなそうな声色でそう言った。
修二は嬉しそうに微笑んで見せる。
「こんなところで何してるの?」
「か、監視に決まってるでしょ。こう見えてもあたしは兵士なんだから!」
「そうなのか? 武器は何を使ってる?」
「むっ……。しょ、ショットガンよ……」
女の子はもこもこした手を寒そうに口元にあててそう言った。
「そっか、それなら僕と一緒だね。それと、こんなに夜遅くに寒くないの?」
「寒くなんてない! あたしは立派な見張り役なのよ! 病人扱いしないで!」
不愛想というよりは、本気で毛嫌いしている口調だった。
困惑する修二はただ顔を突っ伏すことしかできなかった。
「君はどうして“病人扱い”を嫌がるの?」
車椅子の女の子に向かって、恐る恐る尋ねた。
女の子はむすっとした表情を向け続けるだけで、何も答えなかった。
「そんなの、嫌だからに決まってるじゃない! みんなこぞろって何よ! 車椅子に乗ってるだけで特別扱いして!!」
「それの、どこが嫌なの? みんな心配してくれているのに……」
そう言うと、女の子は急に悲しそうな表情を浮かべた。
「あたしは、普通の人間と同じように扱ってほしいのよ。歩いたり、走ったりできる普通の人間と同じように……」
女の子は修二にニヒルな笑いを浮かべて見せた。
「だって、あたしだって戦えるもん」
「それはどういう事? その体で戦場にでて本気で帝国とやりあいたいって言うの?」
「それ以外にどう考えられるの? いつまでもあたしは保護される身で居たくないの。戦場に出てあたしをこんな風にした人間をぶちのめすんだ! それで、たくさん笑ってやるの!! お前らは雑魚だって」
「結局、君は病人なんだね?」
そう言うと、女の子はまた悲しい表情になった。
黙ったまま暗い表情を浮かべる。
「もしかしたら、冬馬の言ってることが嘘で、足が動かないだけなのかもしれないって思ってたけど。やっぱり……」
「それの何がいけないの?」
女の子は修二に厳めしい視線を向けていた。
「あたしは確かに病人。だけど、それの何がいけないの? 病人だからって戦っちゃいけないの? 銃を握っちゃいけないの?」
「いけないよ。もっと長く生きて――――――――――」
「もう長くないからこうやって言ってるんじゃない!!」
修二は何も反論できなくなった。
「最後くらい、あたしの願いを叶えたっていいじゃない……。あたしだけ優しくされるのは、もう嫌なの」
女の子は苦しげにそう言った。女の子は絶望しているのか、目に涙を浮かべていた。
修二は見ていて泣きたくなるような光景だった。
「そっか。なら、せめてリハビリくらいでもしなきゃ」
「……え?」
女の子はきょとんとした表情を修二に向けた。
「意志はあっても、体が動かなきゃ、願いはかなえられないでしょ」
「リハビリ……」
「うん、リハビリ。明日からでもやろうよ。僕も精いっぱい手伝うからさ」
そう言うと、美海穂は目をキラキラさせて、
「うん。約束……してくれるよね?」
「ああ、約束する。僕たちみんなで君を全力でサポートするよ。だから――――――――――」
その時、修二は目を疑った。
長くない一生がその場で傾き、冷たい雪の中に埋もれていったのが修二には衝撃だった。
歪んでいく命の泉が、車椅子と共に流れ始めた。
その時、修二が何を叫んだのかはわからない。ただ、無我夢中で修二は美海穂を運んだ。
この村に居る仲間たち全員に囲まれて、美海穂は苦しそうに眠っていた。
「大丈夫です。一応、まだ息はあります」
かおりの診断に周囲は安堵のため息をつく。
「しかし……どこまで持つかは分かりません」
かおりが続けていった一言に、安心しきった周囲は一気に撃沈する。
「もう、生きていることが軌跡みたいなものです」
衰弱している美海穂を見て、かおりは哀れげな目線を向ける。
「明日、息が途絶えてもおかしくないでしょう」
告げられた刻苦に一同は何も返すことはできなかった。
ただ、ひたすらに俯くだけだった。
静謐な夜の空気は、赤黒い空気に淀むのだった。
修二の頭の中でずっと、彼女の言葉が揺れる。
“約束”は守れそうになかった。
「おい、修二。大丈夫か?」
俯いている修二に隆は言葉を投げた。
「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう。とりあえず、僕はこの辺で見張りに回るよ」
修二は重い背中を動かして暗闇の中に消えていった。
ご精読ありがとうございました。
次回話に続きます。
来週からはいつも通りの投稿です。
書き上げた話数がたまった場合は、1日1話投稿にしようと考えています。その時は連絡をいたしますので、ご了承ください。
引き続き、お楽しみいただけたら光栄です。
色々とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。




