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GOVERNMENT EMPIRE  作者: Lirenoa
第三章 信頼の章
34/115

PAST 34:待ち焦がれた運命

 空気は重い。

 まるで、何かがのしかかっているような感覚だ。修二はごくりと息をのんだ。前に広がる一直線の廊下を三人は警戒しながら進む。

 “今からそちらに潜入する”

 依里茄の無線機から声が漏れた、依里茄は億劫そうに無線機を取り、

 「了解、注意しろ」

 と送り返した。そして、邪魔臭そうに無線機をしまう。

 ガラスが割れた跡や、土足で汚れた形跡もない広い回廊。奥へと足を進めるごとに、暗さが増していく。どうやら、電気が通っていないようだ。見る限り、故意に電気を遮断しているように思える。

 「いいか、絶対に離れるなよ」

 隆が小さく言って、先陣を切り、暗い道へと素早く足を踏み出す。


 銃を構える音が響く。

 とても静かだ。


 先頭の隆の後に依里茄が続く。その際、依里茄は親指で刀をプッシュして鞘から少しだし、臨戦態勢を整えていた。

 (何も見えない場所で何をしても無謀なのではないのか? ……いや、考えないようにしよう)

 次は自分が続くのだ。と意を決して、歩きだそうとした瞬間。不意に足場が揺らいだ。地震が起きたような感じだった。

 「なんだ?」

 スタートダッシュを切れていない修二が声を上げる。意外にも修二の声は大きく響いた。まるで室内はトンネルのようだ。

 「静かにしろ、命取りになるだろ」

 依里茄に閑語かんご叱咤しったを食らう。

 隆が銃に付いているライトをけた。これで前方が少しばかりよく見える。


 暗闇のだいぶ奥まで進み、出口も見えかけたその時、隆は急に方向転換し、横に銃を向けた。

 「誰だ?!」

 隆が威圧する。

 「ウワアアァァ! ちょっとアタイ! アタイだよ!」

 スポットライトに当てられたのは友佳だった。

 眩しそうに目を瞑って、「冗談じゃない」と言わんばかりに両手を左右に振っていた。何故ここに居るのかは不明だ。

 「なんだ、てめえか」

 隆は興味なさそうに言った。

 「友佳、あんた、ここで何してる?」

 「依里茄っちぃ! 違うんだって~」

 「何が違うんだ? 言い訳なんて後で言え」

 「すみません」

 友佳はそう言って、生気を失ったようにズルズルと壁に背中を預けて、項垂うなだれた。

 (一体何をやってたんだ? こんな暗闇の中、ライトをつけずに……)

 修二の本心は友佳が何をしていたのかが気になって仕方なかった。


 「てめえの部下は何やってやがんだ?」

 「仕方ないわよ。きっと、あの子のことだから道に迷ったんでしょう?」

 「ヘッ、『仕方ない』で済ませるのか? まあ、別にどうでもいいけどよ」

 隆と依里茄は修二と友佳を置いて先に進んでいく。暗闇でどこに友佳が居るのかわからないが、

 「……僕たちも行こうか?」

 適当に声をかけた。

 「シューヤァ! やっぱりあんたっていい奴ぅ!」

 「だから、『シュウジ』です」

 「別に、い~じゃないかぁ、シューヤ、シューヤッガハッ」

 友佳の口の中に明りの点いた懐中電灯が入っていくのが見えた。懐中電灯が投げられてきた方向に向き直ると、隆のスポットライトに当てられた依里茄が超ご機嫌斜めの形相を浮かべてこちらを凝視していた。

 それにしても依里茄やつ、よくこんな暗闇で見事に友佳の口内へ懐中電灯をジャストシュートしたものだ。余韻よいんに浸っている場合ではない。

 修二は友佳を連れて行こうとすると友佳は死んでいたので、隆と依里茄の方へ小走りで移動した。スポットライトの眩しい光が修二の顔面を照らす。

 「たく、あんな馬鹿相手にしたって意味ないって言ってるじゃない」

 不機嫌依里茄に注意を受けた。どんな顔をしているのかはわからないが、怒り心頭のようだ。

 「すみません」

 もう、下げた頭が上がらない。

 「すまないわね、囚人。今日の私たちは一段と不調のようだ」

 「何を言ってやがるんだ隊長さんよ、こんなのいつもの光景じゃねえのか?」

 「そんなわけない。私たちの部隊はとっても優秀だ」

 「そうなのか? って、なんの茶番だくそったれ」

 隆と依里茄が訳の分からない会話をしている。どうやら全員の頭がいかれてしまったようだ。

 「友佳。いつまでも寝てないでとっとと行くぞ」

 「はぁい……」

 依里茄の呼びかけに死にそうな友佳の返事が返された。しかし、彼等は友佳を気遣うよりも、奥へと進んでゆく。遅れをとってはならないと、修二もあとに続いた。


 奥へ進んでゆくと、暗闇は晴れてまた一段と広いスペースに一行はやってきた。その部屋はかなりの奥行もある。四角く区切られた日光が差し込む、玄関口のような部屋だった。椅子がたくさん並んでいる。そこで、隆は足を止めた。管制塔へ向かうにはここを更に奥に進まなければならない。

 「ここも待合室か?」

 依里茄が呆れたように言う。

 「だな」

 隆が言って、目線を修二に向ける。

 「しかし、ここまで何人の敵と遭遇したと思う? 修二?」

 不意に話題を振ってくる依里茄。

 「ゼロ?」

 「そうだな。ゼロだよなぁ」

 依里茄は疲れているようだった。

 「ここまで、敵が居ないとなると、逆に不可解じゃないか?」

 依里茄が言うと、


 「いいや、不可解じゃねえ」


 と隆が言った。

 「どういうことなのぉ? りゅ~?」

 会話に参加していなかったはずの友佳が隆に尋ねる。

 「これも、『敵の策略』だってことだ」

 きっぱりと隆は言う。そのやけに落ち着いた態度は修二を気にさせた。

 「きっと、敵さんは俺たちをどこかへ誘導したいんだ。それも、できるだけ数を削ってな」

 隆は淡々と言う。

 「どこからその根拠が来る? 囚人? お前も呆れたやつだな」

 と依里茄が「ただの戯言ざれごとだ」と言わんばかりに苦笑いしてそう言った。

 「俺も『一度この罠にはまった』からな」

 と隆は言って、次の相手の行動を読みきったように凛としてその場に座り込む。

 「きっとそのうち出てくるだろうよ。じっと機会を伺っている敵さんたちが」

 隆が言った瞬間、


 “さすがですね、でも少し違います”


 と、女性の声が聞こえた。その声は、隆の居る前方から聞こえた。

 見ると、そこには寒い季節にピッタリのベージュのコートを羽織り、片目だけでこちらを見ている女性の姿があった。

 「ほらな? 管制塔にわざわざ行く手間が省けたぜ」

 隆が誇らしげに言った。

 一方で、さっき現れた片目の女性が腕を組みじっとこちらを凝視している様子はどこか悲しげな印象を受ける。何かを失い途方にくれているような、罪悪感を感じて自責しているような。不思議な目だった。

 「で、誰なんだ? てめえは?」

 隆が横目で睨みつけながら訊く。

 すると、その女性は無表情のまま、

 「あなたこそ、お名前はなんというのですか?」

 と聞き返す。「ヘッ」と隆が鼻で笑う。

 「随分丁寧な口調だなあんた? 普段もそうなのか?」

 「ええ、これが私の普通ですよ」

 言ったところで、女性は視線を別の方向へ向ける。

 修二はその行為が気になって、彼女の視線の先にいる依里茄を覗き込んだ。依里茄はとてつもなく不機嫌な形相を浮かべて片目だけの女性を凝視している。

 そんな、依里茄とは裏腹に、女性は無表情のままだった。

 「私はあなたに用があるのです。依里茄さん。そんなに渋い顔をされては話しづらいではありませんか?」

 恐る恐る依里茄の方を見てみると……。

 言葉が出なくなった。いや、言葉を発したら今にも殺されてしまいそうだった。

 「お前に交わす言葉などない。『裏切り者』」

 依里茄は言う。すると、女性は「クスクス」と笑って、

 「相変わらずの強情ぶりですね。私はそういうあなたが好きですよ」

 と言った。

 「黙れ、『裏切り者』。一体私に何のようだ?」

 「依里茄さん、あなたに『いいこと』を教えてあげます」

 「へえ、是非とも聞かせてもらいたいねぇ。その『いいこと』っていうのを」

 「皆さんは、近い将来死にます」

 「なんだと?!」

 裏切り者と呼ばれる女性の放った一言に、依里茄はかなり反応した。さっきまで、不機嫌だった表情も一転して驚愕に満ち溢れていた。

 「アナタは、いえ、皆さんは『忠誠を誓う軍隊に殺される』と言っているのです」

 忠誠を誓う軍隊。

 つまり、依里茄が所属しているのは政府側の軍隊だから、『帝国ではなく政府に殺される』と彼女は言っているのだろう。でも、そんな『味方に殺される』など、根も葉もない戯言を誰が信じようか。

 「お前は予言者か? そんなでたらめなこと言いって、私を笑わせたいのか?」

 「でたらめではありません」

 依里茄の質問に簡単に答えて、片目の女性はひと呼吸置くと、

 「間違いなく第三部隊は消滅するでしょう」

 と、とんでもないことを口走った。本当にそれが起こってしまうかのように。

 そんなことを聞かされて、第三部隊がただで済ますはずがない。

 「そんなの『デタラメ』に決まってるよ! 変なことを体調に吹き込まないでよ!!」

 友佳が叫び、勢い良く飛び出した。

 腰から短ドスを抜き、片目の女性に切りかかる。しかし、片目の女性はこれを読み切っているのか、単なる鈍感なのかはわからないが、表情一つ変えずに、腕を組んだまま微動だにせず、ましてや、友佳の方を見向きもしない。依里茄を見つめたままだった。

 「やっつけてやる! 裏切り者!」

 叫び、友佳が短ドスを振り上げると、片目の女は笑った。

 瞬間、空気を切り裂く音が聞こえた。そう、友佳の攻撃は大きく外れ、真空を切ったのだ。

 「なっ!」

 声を上げたのは修二だった。

 彼女の動きを一部始終見ていたのに、全く動きが見えなかった。気がついたら友佳の攻撃を不気味な笑顔を浮かべながら避けきっていた。

 「殺斬め……」

 依里茄が言う。『さつき(殺斬)』とは一体誰なのか。修二はそんな疑問に駆られた。

 しかし、依里茄の視線が片目の女に向いていることから『さつき(殺斬)』とは、あの片目の女性の名前だろう。と納得する。

 「ヤッ! ヤッ!」

 友佳の繰り出す攻撃を殺斬は余裕の表情で回避している。友佳の攻撃速度もそれなりに早いはずなのに、殺斬に全く当たらない。それどころか、かすめることすらできなかった。

 「何なんだ? あのスピード……。それに、なんであんな余裕な表情で簡単に攻撃をよけられるんだ?」

 修二はすっかり殺斬のスピードに目を奪われてしまっていた。

 「やつの動きは第三部隊、鋭兵えいへい特有の動きだ」

 「第三部隊?! 第三部隊ってまさか……?」

 「そう、私たち第三部隊だ」

 愕然とする。嫌な予感が生まれる。

 「もしかして……殺斬っていう人、第三部隊出身なのか」

 「そうよ」

 唖然とする。

 即座に、修二の脳裏に空奈の姿が映し出された。

 裏切り者呼ばわりされた殺斬という片目の女性。

 (ひょっとしたら、殺斬と空奈は同じような存在なのかもしれない)

 と、殺斬と友佳のいがみ合いを見ながらそう思う。

 「殺斬と依里茄はどういう関係なの?」

 「その話はあとだ。友佳が倒れた時の準備をしておけ」

 依里茄は言って、刀を力強く握った。ぶつかる覚悟は出来ているのだろう。

 「ウワッ!」

 悲鳴を上げたのは友佳だった。

 友佳は殺斬に関節技をかけられ、短ドスが右手から落ちた。床に短ドスが落ちた音は物寂しく響きわたる。

 殺斬は友佳の手から武器が落ちたことを確認すると、友佳を前に押し飛ばす。まるで遊んでいるように。

 「クッ」

 悔しそうに友佳は殺斬を睨む。そして、素手で殺斬に挑んだ。右ストレートを顔面へ突き出す。この行為を男が女にやったなら、大問題だ。

 殺斬は友佳の放った拳をあっさり首を傾けて回避する。友佳の表情が驚愕に揺れる。修二の表情も驚愕に揺れた。なんというか、殺斬の反応が早すぎる。

 「危ないですよ。人を殴ろうとする悪い子には罰が必要ですよね?」

 言って、殺斬は一旦後ろに飛んで、友佳と距離を置き、『パチン』と指をならした。すると、すかさず横合いからあみ状の物体が飛んでくる。見るからに捕獲用ネット。

 「……!!」

 ネットは友佳の体をおおってしまった。ああなった以上、抜け出すのは容易ではない。

 「イヤッ! なにこれ!?」

 友佳は体を覆うネットに足を取られ、転んだ。その際、運悪く右腕を強打する。

 「イタッ!」

 友佳は抵抗をやめてネットから殺斬を睨みつけていた。不可解に飛んでくるネットが気になる。トラップにしては出来すぎている。

 (一体、ネットは誰が……?)

 推察するに、ここに居るのは殺斬ひとりというわけではなさそうだ。

 「卑怯者!!」

 友佳は叫ぶ。

 「卑怯者ですか? それは使い方を間違っていますよ。こういうのを策略家というのです」

 殺斬はわざと腹立たしいことを言ったように思えた。挑発に乗った相手は冷静さを失う。

 「相変わらず、ずる賢いよねあんたって」

 「お褒めの言葉ありがとうございます。まあ、元々こうするつもりでしたからね、友佳さんには」

 殺斬はいやらしい目で友佳を見ていた。

 友佳は悔しそうに眉にしわを寄せて先ほどよりも更に鋭い目付きで殺斬を睨みつけている。こうなるのも無理はない。

 「どうやら、てめえの他に仲間がいるみてえだな? 姿は見えねえけど、どうせ近くにいるんだろ?」

 隆が言う。

 すると、殺斬は不気味に笑ってパンパンと二回手を叩いた。両サイドから人影が現れ、ゆっくりと殺斬の周りに集まる。

 (もしかして、これも戦略?)

 疑問に思うが、きっと奴の戦略なのだろう。

 「これで全員です。ちょうど三対三ですね」

 殺斬が言う。策略ではなかったようだ。

 すると、突然、依里茄が前に出て、殺斬と向かい合う。

 修二と隆は殺斬の兵隊と同じように、依里茄の両サイドに並んだ。

 ちょうど、修二の正面には、余裕綽々で上から目線のような目つきをする、ボサボサで身長が高めの男と向かい合っていた。感じの悪い男だ。

 「なあ、ここは出口に近いんだよな?」

 隆が殺斬に訊く。

 「ええ。もちろんですよ。もうすぐソコです」

 殺斬は笑顔で出口を指差した。この笑顔がどうも嫌な感じがする。

 殺斬の暗闇に満ち溢れた視線がこの時、初めて修二の瞳と重なった。

 「ってことは、お前らをぶっ倒さねえとここを通れねえってわけか」

 「そういうことですね。鋭い感をお持ちの傭兵さん」

 隆は少し照れくさそうに笑っている。

 (なんだこの空気? なんでこいつら敵どうしなのに親しみのこもった会話をするんだ?)

 修二には理解不能だった。それは、隣にいた依里茄や殺斬の両サイドに立っている兵隊も同じように思っていたに違いない。

 「そうなのね、私は内部を捜索するうちに出口にたどり着いてしまったのか……。咲希や智恵利は無事だろうか……?」

 依里茄の独り言が聞こえた。仲間を想う気持ちが伺える。

 本人は無意識で言っているのだろう。すぐに、元の顔に戻ってしまった。


 ふとその時、何か嫌な殺気を感じた。

 突然、依里茄の様子を眺める修二に銀色の光線が通り過ぎた。

 「よそ見禁物。油断は死を招くよ」

 聞いたこともない不気味な男の声が聞こえた。

 驚いた修二を見て、男はにやりと笑っていた。

 「……」

 修二は一歩後ろに下がる。ブレーキをかけると、円滑にあらがう音が響く。

 「どうやら、本気で勝負を挑んでるみたいだな?」

 修二が慌てふためいている様子を見て、隆が言った。すると、殺斬は不気味に笑って、

 「それでは、是非、お手合わせ願いましょうか?」

 と言うと、先ほど浮かべた笑顔を壊し、依里茄を無表情で睨みつけ、


 「あなたたちが負けた場合は私の配下になってもらいます」


 と言った。

 これが、洗脳主義というものなのだろうか。いや、これは武力制裁主義だ。

 とりあえずわかっていることは、殺斬は隆と会話する口調とそれ以外の会話の口調とでは抑揚が違うということだ。

 「上等だ。お前なんて、三秒でぶった切ってやる」

 依里茄は自信満々げに言って、抜刀する。

 依里茄の刀は黒く輝きを持っていた。何を象徴しているのかはわからないが、かっこいい。

 殺斬も依里茄の抜刀にあわせて、コートの中から銀色に輝く刀を抜いた。

 緊張感が漂う中、沈黙に紛れて殺斬の側近の女が両手を腰に回し、服をめくりあげると、そこから『く』の字に刃が曲がったナイフ(ククリ)と、長めの刀身を持ち、戦闘用に特化したダガー(ナイフ)を取り出し、構えた。男の方も同様に腰からナイフを取り出すと、威圧を与えるように指先を使ってナイフを器用に回し、右手に持った。

 「やるしかないのか……」

 修二は持っていたアサルトライフルを男に向ける。遠くで修二の様子を見ていた隆も構えた。隆、特有の溜息が聞こえる。


 ターミナル内は異様な静けさに包まれた。

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