第二話「女神はドタドタ走ってくる」
膜を抜け勝手口を開けると、勝手口というより反対側の玄関て感じだが、そこは外だった。 いや、家の裏口から出たんだから、外なのは当たり前だ。
問題はそこじゃない。
うちの裏は、ちょっとした山というか、木や竹が生い茂った斜面になっているはずだ。
なのに。
目の前には、どこまでも続く大平原が広がっていた。
青々とした草が風に揺れている。空がやたらと広くて青い。
「あれ?」
思わず声が出た。 山、どこ行った? 一瞬で更地にでもされたのか?
いや、そんなレベルじゃない。地平線が見えている。どう考えても日本の景色じゃない。
足元にいたはずの黒?灰?猫(ロシア風)は、この大平原に面食らった、わけでもなく。
ひょいひょいと器用にエアコンの室外機を足場にして、家の屋根の上に登ってしまった。
そして、一番日当たりの良さそうな瓦の上で丸くなり、目を閉じる。
「お前、そこでくつろぐのかよ」
見事な日向ぼっこだ。 いや、どうやって降ろすんだあれ。
脚立でも持ってくるか? とりあえず
「ほら、降りてこい」
と声をかけてみるが、耳がピクッと動いただけだった。
完全に無視されている。
面倒くさいことになったな、と屋根を見上げていると。 ふと、視界の端に何かが映った。
平原の向こう、地平線の彼方から、こちらに向かってくる影がある。 土煙を上げながら、一直線にこっちに向かってくる。
なんだあれ。馬? バイク?
いや、なんか、動きが縦にブレている。 近づくにつれて、ドタドタという、妙に鈍くさい足音が聞こえ始めた。
「人?」
しかも、やたらヒラヒラした、無駄に豪華な白いドレスを着た女だ。
ドレスの裾を両手でガッツリ持ち上げ、なりふり構わず全力疾走してきている。
明らかに平原を走るような格好じゃない。
俺はじーっとその影が近づいてくるのを見ていた。
近づいてくると女の容貌がわかる
なんだかタレ目気味の金髪女だ
全力疾走のせいだろう、何とも言えない表情になっている。
失礼かもしれないから何も言わないでおこうと俺は思う。
そのまま家の敷地、というか縁側の前まで来ると、女はドサッと膝から崩れ落ちた。
「ちょ、待っ! はぁっ、はぁっ、やっと、着いたぁ!」
地面に手をついて、肩で激しく息をしている。汗だくだ。ぜえぜえ言っている。
「えっと、宗教の勧誘? うち、親いないんで。まともじゃない人とは極力関わらないようにしています。」
面倒ごとには関わりたくない。俺はドアを閉めようとした。
「違いますぅ! 閉めないで!」
女は慌ててドアの隙間に足をねじ込んできた。痛くないのかそれ。
「はぁ、はぁ、物理移動で、体力もっていかれた。わ、私は、管理と接続の女神です! やっと、やっとクランハウスが接続されました! あなたがマスターですね!?」
女は訳のわからないことを言うと俺の顔を いや 俺の頭の上を凝視している
「えーと、キタヅメ ヨータ 北爪 ヨータ、陽太か。ん?北爪?もしかして龍信様の?その割には貧相なような」
んーー?と首を傾げる女。そして傾げた首のまま女は倒れそうになり跪く。
屋根の上では猫が欠伸をしている。 目の前には息切れした自称女神。そして大平原。
あとコイツは失礼な奴だ、俺は心の中で対応を一段階下げることにする。
「なんもわからん。」
俺はそう呟くと女に声をかける。
「……とりあえず、麦茶飲みます?」
状況は全く理解できないが、女が今にも倒れそうだったので、俺はとりあえずそう返した。
女は目を輝かせて「いただきますぅ!」と立ち上がった。
そのまま勝手口、裏玄関?から家にあげる。
すると女は、ヒラヒラしたドレスの裾を邪魔そうにしながらも、見慣れた手つきで靴を脱ぎ、きれいに揃え、俺が適当に出した来客用のスリッパをすんなりと履いた。
「なんか外国の方っぽいのに手馴れてますね。」
「ふふっ。実は昔、このルールのせいでこってり絞られたことがありまして」
なぜか女は嬉しそうに頬を染めている。怒られた過去を思い出して喜ぶとか、ちょっとヤバい奴かもしれない。まともじゃない判定がさらに強固になった。
リビングに案内し、冷蔵庫を開ける。 そして、さっき自分で確認したばかりの事実を思い出した。 牛乳が半分と、卵が二つ。以上。
「あーすみません、麦茶なかった。水道水でいいです?」
「えっ」
「いや、嫌なら別にいいけど。水道水しかないです」
俺はコイツの対応ランクを下げているので牛乳は出さない。
「いえ、頂けるだけでありがたいです。お水を下さい。」
俺は適当なグラスに蛇口からジャーッと水を入れて、ドンとテーブルに置いた。
「はい、水」
「あ、ありがとうございます」
女は恭しく両手でグラスを受け取ると、ゴクリと一口飲んだ。 途端に、その目がカッと見開かれる。
「な、なんですかこの無色透明で雑味が一切ない、冷たくて甘露な液体は!? これほどの純度、特級のポーション、いやエリクサーに匹敵しますよ!?」
「浄水器通した水道水」
「ジョウスイキ!さすがキタヅメの拠点です!」
女は感動の涙を流しながら、コップ一杯の水道水を一気飲みした。安上がりな神様で助かる。
一息ついた女は、改めてぐるりとリビングを見回した。
「それにしても『北爪』のクランハウスが、なぜこんな大平原に? 私の記憶では、確か王都の王城地下深く、堅牢な迷宮の最奥に繋がっていたはずなんですが。それに、もっとこう、要塞めいた、いえ、ただの平屋ですね、これしかも小汚い。」
女はぶつぶつと独り言を呟きながら首を傾げている。
王都? 王城地下? 何の話だ。うちのじいちゃんが建てた普通の家だが。
「まあいいです!」
女は考えるのをやめたらしく、パンッと両手を叩いた。
「細かい座標のズレは後回しです! 何はともあれ、新たなマスターが誕生したのですから!しかもキタヅメの名を持つマスターです。」
女が空中で指を弾く。 ピロン、と気の抜けた電子音が鳴り、俺の目の前に半透明のパネルがふわりと浮かび上がった。
『クランハウス・チュートリアルを開始しますか? YES / NO』
「さあ陽太様! 栄光あるキタヅメの新たな一歩を、ここから踏み出しましょう!」
女が鼻息荒く迫ってくる。 俺は迷わず『NO』に手を伸ばしポチっと押そうとする。
「ちょっ、待って!? そこはYESでしょ!?」
女が俺の右手を掴む。
「え?」
「え?」
互いに顔を見合わす。
「いや、何にも信用してない人の訳の分からん誘いに乗るわけないですよね。」
「大体これなんです?ARグラス的な感じですか?でも俺メガネかけてないし凄いですね技術の進化って。」
「えーあーる?何だかわかりませんがそうでしたね。私としたことが龍信様の血族と1000年ぶりにお会いできて若干我を忘れておりました。申し訳ございません。私はこの世界を管理・接続する女神 名前はありませぬが 龍信様、あなたのおじいさまには親しみを込めてモーマイやセンガクヒサイなどと呼んでいただいておりました。陽太様もお好きに呼んでいただいて構いませんよ。」
蒙昧に浅学菲才か?その語彙は爺ちゃんぽいな
だが待て、1000年?
なんだ?この女は何を言っている?
俺は何かに巻き込まれていることを薄っすらと自覚した。
【ロシアっぽい猫】
対象:女神
状態:アクティブ
適性:付与可能
境界反応:無し




