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第三話「タイムリミットは72時間」



『クランハウス・チュートリアルを開始しますか? YES / NO』


空中に浮かぶ半透明のパネル。 そして、俺の右手を必死に掴んで「YES」を押させようとする、自称・女神(名前無し)。

蒙昧もうまい」に「浅学菲才せんがくひさい」という、うちのじいちゃん(故人)の辛辣な語彙を愛称だと勘違いして1000年喜んでいるヤバい奴だ。



「ちょっと手、離してもらえますか。鬱陶しいんで」



「ひっ、すみません!」


冷たく言い放つと、女はビクッとして手を引っ込めた。俺は改めて、目の前の女と、開けっぱなしの裏玄関から見える大平原を交互に見る。



「YESとかNOの前に、そもそも状況が一切わからないんですが。簡潔に説明してください。ここはどこですか。なんでうちの勝手口が平原に繋がってるんですか。あと、あなたは結局なんなんですか」



「あ、はい! ええとですね!」


女は正座で姿勢を正した。



「ここは『エルディア大陸』。陽太様のいた世界とは異なる次元にある世界です。そして、この家はかつて龍信様――陽太様のおじいさまが、この世界を訪れた際に拠点として登録した『クランハウス』なのです!」



「じいちゃんが? ……まあ、あの人、昔からフラッと何日も家に帰ってこない変な人でしたけど。でも、あんたさっき『1000年ぶり』って言いましたよね。じいちゃんが死んだの、せいぜい数年前ですよ」



「はい! こちらの世界と陽太様の世界では、時間の流れる速度が全く違うのです! こちらでの1000年は、そちらでの数十年程度に相当します」


なるほど。SFやファンタジーによくある浦島太郎的なやつか。

だとしたら、じいちゃんがこの世界の人間と関わりがあったというのもあり得る話になる、か?



「で、あなたがそのシステムを管理してる女神だと」



「はい! 龍信様が去ってから長らく『未接続』状態だったこのクランハウスが、今日、陽太様という血縁者を認識して再接続されたのです! さあ、これで疑問は氷解しましたね!? ではYESを!」


女が期待に満ちた目で俺を見上げる。 俺は小さくため息をつき、パネルに向かって手を伸ばした。



「なるほど、大体わかりました。つまり、俺には一切関係ない、じいちゃんの遺産トラブルってことですね」



「えっ?」



「俺は一般人ですし、大平原を開拓する気もありません。お引き取りください、遺産放棄します。」


俺は迷いなく『NO』に指を伸ばした。 関われば絶対に面倒くさいことになる。直感がそう告げていた。



「ちょ、ま、待ってください! NOを押すのは自由ですが、今この家は、エルディア大陸と完全に物理接続されてしまった状態ですよ!?」



「それが何か?」



「接続の余波で、この家を長年守っていた『初期保護バリア』が完全に溶け始めています!あとそちらの時間で72時間……約三日後にはバリアが完全に消滅し、外の存在が自由にこの中へ入れるようになります!」


……ん? 俺の指がピタッと止まる。



「外の存在って……さっきの土煙上げてた平原にいる奴らってことですか?」



「はい! スライムやゴブリンはもちろん、運が悪ければオーガや、野盗、ならず者の冒険者なんかが、この勝手口からズカズカと入ってこられるようになります!

それはもうズカズカと来ますよ!」


女はバンッと胸を張って言った。言うなそんな恐ろしいこと。


想像してみる。 泥だらけの足で上がり込むゴブリン。 リビングで勝手に宴会を始める見知らぬヒゲの冒険者。 フローリングにこびりつくスライムの粘液。



「……あの。誰が掃除するんですか、それ」



「えっ? それはもちろん、マスターである陽太様が……」



「最悪だ……!!」


俺は頭を抱えた。 世界がどうとか、そんなスケールのデカい話はどうでもいい。ただ、自分のパーソナルスペースを泥だらけにされること、そしてその後始末をさせられることだけは絶対に御免だ。

この自称女神は手伝いますよ?とか言ってるがマジうるさい。



「バリアを維持、あるいは再構築するにはどうすればいいんですか」



「マスター登録を完了(YES)し、クランポイントを使って防衛設備を稼働させるしかありません! 今ならチュートリアル特典で初期ポイントがもらえます!」


女の顔が「してやったり」とニヤけているのが無性に腹が立つが、背に腹は代えられない。



「……ちなみに、防衛設備以外に何かメリットはあるんですか」



「もちろんです! ポイントを使えば王都から新鮮な食材を直接転送できますし、ゆくゆくは龍信様が遺した『全自動お掃除ゴーレム』などのアーティファクトも使用可能になります!」


食料の自動調達。 ……全自動の掃除。


俺は目の前のパネルをじっと見つめた。 泥だらけのリビングを自分で掃除する未来か、ベッドの上から動かずに済む未来か。考えるまでもない。



「……チッ」


俺は舌打ちしながら、人差し指で『YES』を突いた。



『――確認しました。これより、クランマスター【キタヅメ・ヨウタ】のチュートリアルを開始します』


俺がYESを押した瞬間。 女が急に俺の顔を、いや、また頭の少し上あたりをジッと見つめてきた。 そして、どこか哀れむような、ひどく同情に満ちた目を向けてくる。



「なんですか」



「陽太様……その、あまりご友人に恵まれていないご様子ですね」



「大きなお世話ですが。というか、勝手に人のプライバシー覗かないでもらえますか」



「魂の接続状況を見ればわかるのです! ああ、なんという孤独な波長……いえ! ですがご安心ください!」


女はなぜか感動したように両手を胸の前で組み、キラキラした目で俺を見た。



それを見るなと言っとるんだが?

勿論この無知蒙昧にそんな視線は通じない。



「そんな陽太様にこそ、一番ふさわしいスキルがあります! かつて龍信様も使われた、偉大なるマスター専用スキルを強制付与いたしましょう!」


女が勝手に空中で指を弾く。 ピロン、と軽い音が鳴り、目の前のパネルに新しい文字が浮かび上がった。


『――マスター権限により、固有スキル【パーティーリンク】を獲得しました』


【パーティーリンク】 効果:パーティーメンバーの所持するスキルを、距離や条件を問わず任意で自由に共有・使用できる。


俺はパネルの文字を二度見した。



「……あの。パーティーメンバーのスキルを使える、と書いてあるんですが」



「はい! ご自身の能力に関わらず、仲間の力を自分のものとして振るうことができる、まさに絆と友情の力です!」



「さっき貴女ご自分で言いましたよね。俺には友人がいないと」



「はい!寂しくも孤独で気高い陽太様ですがそれはあまりにも惨め!ですのでこれから素晴らしい仲間を集めるための最高の動機付けになるかと!」


あれ、拳骨スキルが発動しそうだぞ



「……つまり、仲間が一人もいない現状、このスキルは一切何の意味もないゴミということで間違いないですか」



「ゴミとはひどい! 無限の可能性を秘めた空きスロットですよ! さあ、外の大平原へ飛び出して、大魔道士や剣聖をジャンジャン勧誘してくるのです!」


女は満面の笑みでガッツポーズをしている。 本当に頭が痛くなってきた。



「ちょっと待ってください。さっき『72時間後にバリアが消えて魔物が来る』って言いましたよね」



「はい!」



「俺は今、実質無能力の一般人です。この状態で、どうやって魔物から家を守れと?」


俺が淡々と事実を突きつけると、女のガッツポーズがピタッと止まった。 そして、じわじわと顔から血の気が引いていくのがわかった。



「あっ……」



「あっ、じゃないですよ」



「えっ、あ、あれ……? 普通、こういう時って初期装備で『聖剣』とか、最低でもチュートリアル用の魔法とかが支給されるはずじゃ……」



「それを貴女がいいますか?」


俺はテーブルの上のグラスを指でコツコツと叩いた。



「よし。72時間あるなら、なんとか引っ越しの準備はできそうですね。不動産屋に連絡します」



「ま、待って! 待ってください陽太様! 早まらないでぇええ!!」


女が俺のジャージの裾にすがりついて、ギャン泣きを始めた。





【ロシアっぽい猫】

対象:パーティリンク

状態:アクティブ

適性:ALL

境界反応:無し

SKILL:nothing



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