第98話 名を持つ者たち
夜。
静かな湯気が立ち上る。
裏手にある露天風呂――
月明かりに照らされながら、シリューとギリューは肩まで湯に浸かっていた。
「はぁ……」
シリューが息を吐く。
「いいな、これ」
「ああ」
ギリューも頷く。
その横には巨大な影。
スノウェル。
そしてもう一匹、ギリューのワイバーンも一緒に湯に浸かっていた。
「……完全に慣れたな」
シリューが笑う。
ギリューのワイバーンは、すっかりリラックスしている。
目を細め、湯に体を沈めている。
「そういえば」
シリューがふと思い出す。
「そのワイバーン、名前は?」
「……あ」
ギリューが止まる。
「そういえば、まだつけてなかったな」
今さら。
「何がいいかな……」
腕を組む。
「野生の大人だしな」
少し考える。
そして――
「ワイルドチェリーはどうだ?」
ワイバーンを見る。
「……」
一瞬の静寂。
次の瞬間・・バシャバシャ!!
尻尾が激しく動く。
湯が跳ねる。
「うわっ!」
シリューに直撃。
「おい!」
顔に温泉がかかる。
だが――
「……喜んでるな」
ギリューが笑う。
ワイバーンはさらに嬉しそうに動く。
「よし」
ギリューが頷く。
「お前は今日からワイルドチェリーだ」
その瞬間。
バサッ!!
羽が大きく広がる。
「おい待て――」
ドバァッ!!
湯が大きく揺れる。
シリューとギリューは――
「うわぁぁ!?」
そのまま温泉に流された。
ドボン。
しばらくして――
「……はは」
シリューが笑う。
「元気すぎるだろ」
「いい名前だってことだな」
ギリューも笑った。
一方、その頃。
森の中。
「……で」
グラナディスが歩きながら言う。
「お前、名前はあるのか?」
隣を歩くオーガリーダー。
「名前……ですか?」
少し考える。
「いや……ありません」
首を振る。
「必要だと考えたこともないんです」
「ふーん」
グラナディスが顎に手を当てる。
「じゃあつけるか」
「……はい?」
突然の流れ。
「ガーダでいいか?」
即決。
「それともオーリーがいいか?」
軽い調子。
オーガリーダーは少し考える。
「……どちらかというと」
「ガーダの方が強そうでいいですね」
真面目に答える。
「よし」
グラナディスが笑う。
「じゃあガーダな、お前」
「……わかりました」
少し戸惑いながらも頷く。
その瞬間。
何かが変わる。
“ただの個体”から、“名を持つ存在”へ。
「で」
グラナディスが続ける。
「他の四人にも名前つけてやれ」
「え?」
ガーダが固まる。
「お前が、だ」
「は、はい!?」
急すぎる。
「この青龍グラナディス様が」
胸を張る。
「名付け親だぞ」
ドン、と言い切る。
「誇りを持て」
豪快に笑う。
「わははは!」
ガーダは圧倒される。
「……は、はい」
「帰ったらよ」
グラナディスが振り向く。
「襲名披露会やるぞ!」
楽しそうに言う。
「……披露会ですか」
「盛大にな!」
完全に決定事項。
しばらく歩く。
木々の間。
夜の森。
「……」
ガーダが周囲を見る。
「……あの」
「なんだ」
グラナディスが答える。
「帰り道……」
少し間。
「分かりますか?」
沈黙。
グラナディスが止まる。
周囲を見る。
右。
左。
上。
そして
「……さあな!」
満面の笑み。
「迷ったな!」
「……は?」
ガーダが固まる。
「わははは!」
笑い声が森に響く。
「どうするんですか!?」
「なんとかなる!」
即答。
「ならなかったら?」
「そのとき考える!」
豪快すぎる。
ガーダは空を見上げる。
月が出ている。
(……大丈夫か、この国)
一瞬、不安がよぎる。
だが――
「はは……」
なぜか笑ってしまう。
(まあ、いいか)
この無茶苦茶さが、この強さが、この国を動かしている。
露天風呂では笑い声。
森では迷子。
だがすべては確実に進んでいる。
名を持ち、
仲間となり、国となる。
その一歩一歩が、確かな力になっていた。




