第97話 師と龍、そして王の覚悟
湯気の立つ茶碗。
ザックルの家の中は、相変わらず質素だった。
木の机。
軋む椅子。
だが落ち着く。
「で?」
ザックルが茶をすすりながら言う。
「話ってのはなんじゃ」
アリューは、少しだけ目を伏せた。
そして口を開く。
「父は……」
静かな声。
「拉致された父は」
ザックルの手が止まる。
「……」
「そして――」
一瞬、言葉が詰まる。
「叔父の裏切りで、殺されました」
空気が凍る。
ユウも、何も言えない。
「……そうか」
ザックルが低く呟く。
「無残に」
アリューは続ける。
「その叔父は今――」
拳を握る。
「王国の空軍将軍として、のうのうと生きています」
沈黙。
重い。
だがアリューは顔を上げる。
「だから、俺は国を作りました」
ザックルの目が、わずかに細まる。
「今いる街は“チェリー”」
「そこで――」
「ワイダーチェリーという国を建立しました」
「ほう……」
ザックルが興味深そうに頷く。
「後見人は――」
一拍。
「青竜グラナディスです」
その名前。
ザックルの目が――見開かれる。
「……グラナディスだと?」
次の瞬間。
ザックルが笑い出す。
「ははははは!」
「懐かしい名前を出しよる!」
ユウが驚く。
「知ってるんですか?」
「知ってるも何も――」
ザックルは椅子に深く座り直す。
「昔な」
遠い目。
「わしらのパーティで、あの青竜を討伐しに行ったことがある」
「……え?」
アリューが固まる。
「結果は――」
ザックルは肩をすくめる。
「惨敗じゃ」
軽く言うが、その内容は重い。
「戦士のアークはな」
「腕を斬られて、引退」
「盾のグランは――」
少しだけ目を伏せる。
「盾ごと吹き飛ばされてな」
「脊髄損傷。二度と歩けん」
ユウが息を呑む。
「格闘家のチェンリーは、左足を失った」
静寂。
「……」
「五体満足だったのは」
ザックルは自分を指す。
「わしだけじゃ」
重い事実。
だが――
「必死でな、なんとか転送魔法で、仲間をギルドに送り返した」
「その後――」
ゆっくりと語る。
「目の前に、あいつがいた」
グラナディス。
「終わりだと思った」
「だがな――」
ザックルは笑う。
「“もうやめよう”って言われてな」
「……は?」
アリューが思わず声を出す。
「そしたらあいつ」
「酒を持ってきたんじゃ。一緒に酒を飲む相手がいないと」
ユウが目を丸くする。
「……酒?」
「ああ」
ザックルは楽しそうに笑う。
「飲んだ」
「飲んで飲んで飲みまくった」
「戦った相手と?」
「そうじゃ」
当たり前のように言う。
「話してみりゃ」
「豪快で」
「大胆不敵で」
「イカレてて」
「……イカシてるやつじゃった」
ザックルの目が輝く。
「儂の魔法もな」
「さんざん褒めよって」
「気分が良くなってな」
少し笑う。
「いくつか魔法を教えてやった」
アリューが驚く。
「え……?」
「そしたらな」
ザックルは肩をすくめる。
「“師匠”って呼びよった」
ユウが吹き出しそうになる。
「……グラナディスが?」
「ああ」
「悪い気はせんかったわ」
「ははは!」
豪快に笑う。
「……でもな」
少しだけ真顔になる。
「どう考えても――」
「あいつの方が強い」
ぽつりと呟く。
アリューは苦笑する。
「へぇ……」
「そのグラナディスと――」
「今、一緒に住んでます」
「……なんじゃと?」
ザックルの動きが止まる。
「同じ国にいます」
「……はは」
乾いた笑い。
「とんでもないことになっとるな」
アリューは、まっすぐに言う。
「それで――」
一歩前に出る。
「師匠にも来てほしいんです」
ザックルの眉が動く。
「国に」
「魔法指南役として」
「迎えに来ました」
静かな決意。
「……ん~」
ザックルが頭を掻く。
「めんどくさいのう」
即答に近い拒否。
「儂は弟子は取らん」
「それに――」
アリューを指さす。
「お前が儂の弟子じゃ」
「お前が教えればよかろう」
正論。
だがアリューは首を振る。
「それじゃダメなんです」
「なにがじゃ」
一歩踏み込む。
「俺は――」
少しだけ息を吸う。
「王だからです」
沈黙。
ザックルの目が、細くなる。
「……何?」
「お前が、その……」
言葉を探す。
「なんとかって国の王様なのか?」
「はい」
真っ直ぐな視線。
「そうなりました」
ユウも横で頷く。
「……」
ザックルは黙る。
しばらくして、ふっと息を吐く。
「……そうか」
その一言には、重みがあった。
「ユウも忙しいですし」
アリューが続ける。
「シリューも――」
少し笑う。
「いずれワイバーン空軍の一番隊長になります」
ザックルが眉を上げる。
「ほう……」
「人が足りないんです」
「だから――」
深く頭を下げる。
「力を貸してください」
静寂。
風の音。
茶の湯気。
ザックルは、じっとアリューを見る。
その目は試すようでもあり、確かめるようでもあった。
やがて。
「……やれやれ」
小さく呟く。
「面倒ごとを背負い込みよって」
だがその口元は、少しだけ、笑っていた。
物語は、次の段階へ。
師は動くのか。
王の願いは届くのか。
そして龍と師が揃う時、その国はどこまで強くなるのか。
すべてはこれからだった。




