第94話 師の名と、それぞれの準備
夕方。
家の扉が開く。
「ただいま」
シリューとセレール、そしてギリューが戻ってきた。
「……はぁ」
シリューが軽く息をつく。
「思ったより時間かかったね」
セレールが言う。
「募集、すぐには集まらないか」
ギリューも腕を組む。
結果は・・ワイダー希望者の募集に一週間。
早くもなく、遅くもない。
だが、それまでにやることは山ほどある。
「じゃあ」
シリューが椅子に座る。
「その間に、準備を詰めよう」
机に紙を広げる。
「まず、村までの道順」
「三日って言ってたな」
ギリューが指で地図をなぞる。
「途中の休憩地点、確保しないと」
「水場も重要だね」
セレールが横から口を出す。
自然に会話に入ってくる。
そのまま、三人の打ち合わせが始まる。
工程。
日数。
危険地帯。
そして
「授業カリキュラム」
シリューが書き込む。
「基礎知識から入るか、それとも実地優先か」
「いきなり実地は危ないだろ」
ギリューが即答する。
「座学と並行だな」
「ワイバーンの扱いは後半かな」
「卵の段階から教えるのもありだね」
議論はどんどん具体化していく。
その横でセレールが、じっと覗き込んでいる。
「……」
身を乗り出す。
距離が近い。
シリューは、ちらりと見る。
「……っ」
すぐに視線を戻す。
だがまた、ちらり。
顔が・・少し赤い。
(近い……)
意識してしまう。
「ここ、どう思う?」
セレールがさらに近づく。
「え、あ、ああ……」
シリューの声が少しだけ上ずる。
ギリューはそれを見てニヤリと笑った。
(分かりやすいな)
だが、何も言わない。
ふと。
ギリューが顔を上げる。
「そういえば――」
周囲を見渡す。
「王とユウ、いないな」
静かな室内。
確かにいない。
「さっきまでいたはずだけど」
シリューも首を傾げる。
ギリューが立ち上がる。
「どっか行ったか?」
リビングを歩く。
そして――
「あ」
テーブルの上。
一枚の紙。
それを手に取る。
「……なんだこれ」
読み上げる。
「“ザックル師匠を迎えにいく”」
その一文。
空気が変わる。
「……ザックル?」
シリューが反応する。
「まさか……」
少し目を細める。
「ザックル師匠?」
ギリューが振り返る。
「知ってるのか?」
「ああ、知ってるも何も」
シリューは頷く。
「俺たちが村を出た後――」
少し懐かしそうな顔。
「最初に立ち寄った村にいた」
「……」
「そのときはもう引退してたけどな」
ギリューが興味深そうに聞く。
「とんでもない魔法師だろ?」
「一言で言うなら――」
少し考えて。
「化け物だ」
短いが、重い言葉。
「魔石の扱いも、魔力の制御も」
「全部、あの人に叩き込まれた」
セレールが目を輝かせる。
「そんな人が……!」
「でも」
ギリューが口を挟む。
「弟子とか取らないって、有名じゃなかったか?」
シリューが苦笑する。
「ああ」
「有名だな」
「じゃあなんで――」
ギリューが聞こうとした瞬間。
シリューは肩をすくめる。
「三人で、ずっと“師匠”って呼んでたんだよ」
「……は?」
「勝手に」
「……は?」
「そしたら――」
少し笑う。
「いつの間にか、弟子になってた」
沈黙。
そして――
「……なんだそれ」
ギリューが呆れる。
「はは」
シリューが笑う。
「そんなもんだ」
だがその目は、どこか誇らしげだった。
一方、その頃。
街の外。
建設現場。
「ここはもう少し広くしろ」
オーガリーダーが指示を出す。
目の前には魔物用の宿舎。
木と石で作られた、大きな建物。
「言葉が通じない状態で街に入れば、混乱する」
アリューの言葉。
それを受けて作られている施設。
まずはここで受け入れ。
慣らす。
教える。
そして――街へ。
そのための場所。
「だいぶ形になってきたな」
オーガリーダーが腕を組む。
おおむね完成。
あとは細部。
現場に任せても問題ない段階だった。
その時――
「おーい!」
声が響く。
振り向く。
「むむ、この気配は・・」
グラナディス。
いつもの調子。
「いいとこにいるじゃねぇか」
ニヤリと笑う。
「行くぞ」
「……は?」
オーガリーダーが眉をひそめる。
「どこにですか?」
「決まってんだろ」
さらに笑う。
「森だ」
嫌な予感。
「今ですか?」
「今だ」
即答。
「ちょっと待て、こっちはまだ――」
言い終わる前に。
「細けぇことはいいんだよ!」
肩を掴まれる。
「戦力集めだろ?」
強引。
「行くぞ!」
「……おい」
そのまま引っ張られる。
オーガリーダーは一瞬、建物を振り返る。
(……まあいいか)
ほぼ完成している。
あとは任せられる。
「……仕方ない」
小さく呟く。
「付き合ってやるか」
グラナディスが笑う。
「そうこなくっちゃな!」
二人は歩き出す。
森へ。
戦いと――勧誘の場へ。
それぞれが動く。
準備する者。
思い出す者。
引っ張られる者。
そして――
王は今、師のもとへ向かっている。
すべてが繋がるのは――
もうすぐだった。




