第91話 六時間の国づくり
戴冠の熱狂が冷めやらぬ中、その日のうちに、子爵邸では会議が開かれた。
長い机。
重厚な椅子。
そこに、この街の中枢が集まっている。
上座には――アリュー。
その右隣、一番目にグラナディス。
さらにシリュー、ユウ、ギリュー、セレール。
そしてオーガリーダー。※ひとりだけ大きい椅子に座っている。
向かい側。
左一番目にサルダル宰相。
その隣に、治安隊長。
上下水統括。
商業組合会長。
校長先生。
食料管理長。
ギルドマスター。
この街の“すべて”が、ここにあった。
アリューは立ち上がる。
「集まってくれてありがとう」
王としての、最初の言葉。
「まずは――この街の課題を知りたい」
視線を左側へ向ける。
「順に頼む」
最初に口を開いたのは、商業組合会長だった。
「現在のところ、国交が閉ざされているわけではありません」
落ち着いた声。
「流通も維持されていますので、大きな問題はありません」
一同、うなずく。
「ただし――」
空気が少しだけ変わる。
「この国が正式に“独立国家”として認識された場合」
「周辺諸国の態度が変わる可能性があります」
アリューは頷く。
「地理は?」
机に広げられた地図を指す。
「北は山岳地帯。国家は存在せず――」
「……おそらく、アリュー様の村くらいかと」
少しだけ笑いが起きる。
「西には?」
「魔法国家――タイクーン国があります」
その名前に、数人が反応する。
アリューが地図を覗き込む。
「タイクーン……」
指でなぞる。
「ここは?」
「これまで取引はありません」
「どんな国?」
「魔法国家です」
簡潔な答え。
「彼らは良質な魔石を求めており、魔物狩りが盛んです」
アリューの目が少し光る。
「街の露店でも、小さな魔石を使ったアクセサリーが売られています」
「特に――美しく、大きい魔石は高価で取引されます」
「魔法師の力が未知数のため――」
「帝国も王国も、深くは干渉していません」
沈黙。
そしてアリューは言った。
「いいね」
一言。
「そこ、顔つないでおこう」
軽いが、重要な判断。
「組合長」
「はい」
「取引、拡大してほしい」
「承知しました」
即答。
次に、上下水統括が手を挙げる。
「この街の上下水は、すでに完備されています」
誇りを感じる声。
「現状、問題はありません」
「ノウハウの蓄積も十分です」
「よし」
アリューは短く頷く。
「次」
校長先生が、少し緊張した様子で口を開いた。
「ワイダー科の設立についてですが……」
「授業内容の提示が必要かと」
アリューは腕を組む。
「んー……」
少し考えてから。
「まず、卵だね」
一同が顔を上げる。
「ワイバーンの卵、確保しないと始まらない」
当然の結論。
「僕らの村、行ってみる?」
軽く言う。
「人数が集まったら、引率するよ」
校長が目を丸くする。
「どのくらいかかりますか?」
「歩きなら――三日くらいかな」
ざわっ。
「家もあるし、食料も現地調達できる」
さらっと言う。
「あと」
アリューは続ける。
「大人の応募者も、そこに行かせようと思ってる」
「……え?」
「まず募集だけしてさ」
「まとめて連れてく」
合理的だが大胆。
「宰相も、いい?」
視線がサルダルに向く。
「はい」
即答。
「問題ありません」
アリューはさらに踏み込む。
「でさ」
少し身を乗り出す。
「大人の給金、銀貨20枚」
「いける?」
一瞬の沈黙。
全員の視線が、宰相に集まる。
サルダルはゆっくり口を開いた。
「……なんとか」
「王国への徴税がなくなりましたので」
「現在、国庫には余裕があります」
アリューが眉を上げる。
「どのくらい?」
「おおよそ――三年分は維持可能かと」
ざわめき。
「ただし」
宰相の声が低くなる。
「継続的な収入源の確保は、急務です」
アリューは頷く。
「だよね」
即理解。
「稼ぐ手段、必要だ」
そして、もう一つ。
「あと――」
少し間を置く。
「魔物や他種族も住める街にしたい」
静寂。
だが今度は、否定の空気はなかった。
すでに宣言されている未来。
全員が、それを“前提”として受け止めている。
その後も会議は続いた。
治安。
食料。
教育。
軍備。
外交。
一つ一つ、議論される。
途中、短い休憩を挟みながら、気がつけば六時間。
窓の外は、夕焼けに染まっていた。
最後にアリューが立ち上がる。
「今日はここまで」
疲労の中にも、熱がある。
「それぞれ――やることは見えたと思う」
全員が頷く。
「この国は、まだ始まったばかりだ」
静かな声。
だが強い。
「だからこそ、全員で作る」
その一言で、締められた。
椅子が引かれる音。
人々が立ち上がる。
それぞれが課題と役割を胸に、動き出す。
ワイダーチェリー。
それはもう、“名前だけの国”ではない。
確かに今動き始めていた。




