第82話 野生を従える匂い
決めたら早い。
アリューたちは食事を終えると、すぐに準備を整えた。
目的地はあの街。名前は少し曖昧だが、とにかく戻ればいい。
ギリューも迷いはなかった。
「行くぞ」
その一言で全員が動く。
ユウはブモーに乗り、ギリューを後ろに乗せた。
アリューとシリューもそれぞれのワイバーンに跨る。
ラ・セレールも再びシリューのスノウェルに乗る。
そして次の瞬間には、もう空だった。
風が顔を打つ。
街が遠ざかる。
進路は、チェリーの街。
しばらくは順調な飛行が続いた。
だが。
ギリューがふと呟く。
「……近くにいるな」
ユウが振り返る。
「え?」
「野生だ」
短い言葉。
ユウは目を凝らす。
「どこ?」
「十一時の方向」
即答だった。
半信半疑でその方向を見る。
すると。
「……いた」
本当にいた。
遠くに、小さな影。
だが確かにワイバーン。
ユウの声が少し弾む。
「すごい……匂いで分かるの?」
ギリューは当然のように言う。
「ああ」
そして続ける。
「近づけるか?」
ユウは一瞬迷う。
「大丈夫かな……」
だがすぐに。
「大丈夫だ」
ギリューが言い切る。
その自信に押されるように、ユウはブモーの進路をわずかに変える。
一方その頃。
前を飛ぶアリューとシリューは、野生の存在には気づいていた。
だが。
後ろの動きまでは見ていない。
距離がじわじわと縮まる。
野生のワイバーンがこちらに気づく。
警戒している。
その瞬間。
「今だ」
ギリューが言った。
そして。
何の前触れもなく。
飛んだ。
ブモーの背から。
空中へ。
ユウが叫ぶ。
「えええ!?」
次の瞬間。
ギリューは野生のワイバーンの背に着地していた。
完璧な動きだった。
だが。
当然、野生は暴れる。
激しく翼を打ち、振り落とそうとする。
だがギリューはしがみつきながら、首元に手を当てる。
そして優しく撫でる。
「大丈夫だ」
低く、穏やかな声。
「大丈夫……」
さらに撫でる。
「俺だよ」
一瞬の間。
「お前の好きな……ワイダーだ」
不思議な言葉。
だが。
変化が起きる。
暴れていたワイバーンが、少しずつ落ち着いていく。
翼の動きが穏やかになる。
やがて。
完全に静まった。
まるで最初から乗られていたかのように。
ギリューは軽く笑う。
「いい子だ」
そして顔を上げる。
前方を飛ぶ三人。
「あいつらを追ってくれ」
そう言うと。
ワイバーンは急旋回する。
一気に加速。
風を切り裂く。
あっという間に距離を詰める。
前を飛ぶ三人が気づいた時には、もう横にいた。
「は!?」
アリューが目を見開く。
シリューも驚く。
「なにそれ!?」
ユウが怒鳴る。
「もう!びっくりしたでしょ!!」
ギリューはけろっとしている。
「いいか」
少し偉そうに言う。
「俺たちワイダーはな」
胸を軽く叩く。
「ワイバーンの好きな匂いを出してるんだ」
ユウとシリューが同時に聞く。
「相性が良かったら?」
ギリューは即答。
「すぐ懐く」
アリューも興味深そうに見る。
そして次の質問。
「相性が悪かったら?」
一瞬の間。
ギリューがにやっと笑う。
「振り落とされる」
ユウが顔を引きつらせる。
シリューも呆れる。
「危なすぎるだろ」
ギリューはあっさり言う。
「その時は助けろ」
完全に他人任せだった。
ユウがため息をつく。
「もうほんと……」
アリューも苦笑する。
シリューも肩をすくめる。
だが。
三人とも思っていた。
この男はただの被害者じゃない。
間違いなく。
面白い。
そして。
頼れる存在だと。
空は広い。
新たに一匹増えたワイバーンが、隊列に加わる。
四匹はそのまま、チェリーの街へと飛び続けた。




