第81話 届かない刃
重い話のあと、しばらく誰も動けなかった。
だが、アリューはゆっくりと顔を上げる。
「……教えてくれ」
視線はまっすぐギリューに向いている。
「王国軍の規模はどれくらいだ?」
ギリューは少しだけ間を置いたあと、淡々と答えた。
「歩兵が三十万」
その時点で空気が変わる。
「騎兵が十万」
シリューの眉が動く。
「空軍は……千だ」
アリューの喉が鳴る。
だが、話は終わらない。
「ちなみに隣の帝国はな」
ギリューは続ける。
「歩兵五十万、騎兵十万」
ユウが小さく息を呑む。
「グリフォンの空軍が三千はいる」
完全に別次元の話だった。
三人は言葉を失う。
規模が違いすぎる。
戦争の数字だ。
個人の復讐など、塵のようなものに思えてくる。
アリューは拳を握る。
「……これじゃ」
声が低くなる。
「正面からやったら……終わりだな」
ギリューは何も言わず頷く。
ユウが呟く。
「返り討ちどころじゃないね……」
シリューも続ける。
「近づく前に消される」
沈黙。
その中でアリューが次の手を探す。
「……暗殺は」
一縷の望み。
「できるか?」
ギリューは即答しなかった。
だが、その沈黙が答えだった。
やがて口を開く。
「……難しいな」
はっきりと言う。
「まず王城に忍び込めない」
アリューの目が細くなる。
「仮に入れたとしても」
ギリューは指を立てる。
「中には手練れが常駐してる」
「少なくとも二千はいる」
シリューが顔をしかめる。
「二千……」
ギリューはさらに続ける。
「ガイリュー自身にも護衛がついてる」
「空軍の精鋭だ」
アリューが問う。
「何人だ」
「常に十人はいる」
その十人が、ただの兵でないことは全員理解している。
完全に詰みだった。
誰も言葉を発せない。
復讐したくても届かない。
届くどころか、こちらが一方的に狩られる側だ。
まるで首元に刃を突きつけられているような状況。
静寂が長く続く。
その中で、ユウがぽつりと呟く。
「……どうする?」
誰も答えない。
だが。
アリューが顔を上げる。
「……師匠に相談するか」
シリューが反応する。
「ああ」
ユウも頷く。
「それしかないかもね」
ギリューが首をかしげる。
「師匠?」
アリューが言う。
「ザックル爺さんと、グラナディスって龍だ」
その瞬間。
ギリューの表情が変わる。
「……なんだと?」
身を乗り出す。
「あのザックルか?」
声に驚きが混じる。
「高名な一級魔法師の……ザックル?」
シリューが軽く答える。
「そう」
ギリューはさらに続ける。
「それに……青竜のグラナディスだと?」
ユウが笑う。
「そうそう、イカレてるやつ」
ギリューが絶句する。
「お前たち……とんでもないな……」
アリューは肩をすくめる。
「今はあの街にいる」
そこで、ふと止まる。
「……あれ?」
三人の動きが止まる。
シリューが言う。
「名前……」
ユウも首をかしげる。
「なんだっけ?」
まさかの状況。
ラ・セレールが考えながら言う。
「果物みたいな名前……」
アリューが言う。
「アッフル?」
ユウが即否定する。
「違うでしょ」
シリューが言う。
「チュリー?」
ラ・セレールが頷く。
「あ、それ」
全員が微妙な顔をする。
「……たぶんそれだ」
適当だった。
だが通じるだろうという謎の自信があった。
話を戻す。
アリューがギリューを見る。
「で、おじさん」
軽く言う。
「一緒に来るか?」
ギリューは一瞬だけ黙る。
そして。
小さく笑う。
「俺の名前はギリューだ」
名乗る。
「よろしくな」
アリューも頷く。
「よろしく」
ギリューは続ける。
「もちろん行くさ」
即答だった。
「ここにいても、まともに食えないしな」
少しだけ肩を回す。
壊れた体でも、意思は折れていない。
その目は見えなくても、確かに前を向いていた。
こうして。
新たな仲間が加わる。
そして目的もはっきりした。
戻るべき場所。
そして。
力を借りるべき存在。
止まっていた復讐の歯車が、再びゆっくりと動き始める。




