第5話:赤翼アルフェリス
それから数日が過ぎた。
村には誰も戻ってこなかった。
アリュウは毎朝起きると、まず空を見るようになった。
煙はもう上がっていない。山はいつもの静かな姿に戻っていた。
だが村は、静かすぎた。
人の声も、ワイバーンの群れの鳴き声もない。
風が家々の隙間を通り抜ける音だけが聞こえる。
それでも三人と一頭は生きていた。
地下室に残されていた干し肉や穀物を少しずつ食べながら、昼は体を動かし、夜は火を囲んで眠る。
そして――
小さな赤翼のワイバーンだけは、毎日どこかへ飛んでいった。
最初は心配だった。
まだ子供だ。遠くまで飛べるはずがない。
だが昼になると必ず戻ってくる。
口に獲物をくわえて。
ある日は兎。
ある日は大きな山鳥。
小さな体なのに、誇らしげにそれをアリュウの前に置く。
キィ。
まるで「取ってきたぞ」と言っているみたいだった。
アリュウは思わず笑う。
「お前、すごいな」
赤翼は嬉しそうに翼をばたつかせた。
その様子を見ていると、胸の奥が少しだけ軽くなる。
かわいくて、仕方がなかった。
「……そうだ」
ある日の昼、アリュウは言った。
「名前、決めないとな」
シリューとユウも顔を上げる。
そういえば、この赤翼にはまだ名前がなかった。
アリュウは腕を組んで考えた。
「うーん……」
赤翼を見つめる。
翼は燃えるような赤。
そして何より――速い。
普通のワイバーンよりも、明らかに速かった。
小さいのに、空を切り裂くように飛ぶ。
「じゃあ……」
アリュウは言ってみた。
「フレア」
赤翼は首をかしげるだけだった。
「スカイ」
無反応。
「レッド」
赤翼はあくびをした。
シリューが笑う。
「全然気に入ってないみたいだね」
ユウもくすっと笑った。
アリュウは少しむきになった。
「じゃあ……ウィル!」
赤翼は石をつつき始めた。
「じゃあ……ライガ!」
今度はそっぽを向く。
「なんだよお前」
アリュウは頭をかいた。
しばらく考えて、ふと口に出した。
「……アルフェリス」
その瞬間だった。
赤翼の体がぴくっと動く。
そして次の瞬間、アリュウの胸に勢いよく飛びついてきた。
キィ!キィ!
顔を押しつけ、甘えるように鳴く。
「お、おい!」
翼をばたばたさせながら、完全にご機嫌だった。
シリューが目を丸くする。
「……気に入ったんだ」
ユウも笑う。
「かわいい」
アリュウは少し驚きながら、その頭をなでた。
赤翼は嬉しそうに目を細める。
「……アルフェリス」
もう一度呼ぶ。
キィ!
元気な返事が返ってきた。
「よし」
アリュウは笑った。
「お前の名前はアルフェリスだ」
赤翼――いや、アルフェリスは誇らしげに翼を広げた。
その様子を、シリューとユウがじっと見ていた。
少しだけ、うらやましそうに。
アリュウはそれに気づく。
「……そうだ」
地下室から持ってきた地図を広げる。
村の周囲には、いくつか印が描かれていた。
その一つ。
村から少し山を登った場所。
「ここ」
指で示す。
「ワイバーンの巣だ」
シリューが目を見開く。
「巣?」
「うん」
アリュウはうなずいた。
「父さんが言ってた。山の上の岩場に、ワイバーンが洞窟を作ってるって」
距離はそれほど遠くない。
村から三百メートルほど上。
険しい岩場のあたりだ。
「……卵」
アリュウは言った。
「探しに行こう」
二人が驚いた顔をする。
「もし卵があれば……」
言葉を続ける。
「もう一頭、育てられるかもしれない」
アルフェリスがキィと鳴く。
まるで賛成しているようだった。
村の空は、まだ静かだった。
だがその静けさの中で、アリュウたちは少しずつ動き始めていた。
未来はまだ見えない。
それでも。
赤翼アルフェリスが空を飛ぶ限り――




