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歓声のあとに ―忘れられた旗印―  作者: 草花みおん
第四章 新たな生活

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評議会

 ――王都・連邦議事堂。

 白大理石の円卓を囲む者たちは十名。王の席は空いたまま、代わりに金糸の垂れ布だけが権威の名残を示している。

 国を動かすのは、もはや王ではなく、ここに集う評議員たちだった。


「……以上が、大クスノキ襲撃戦の報告であります」


 書記官が巻物を閉じる。紙の擦れる音が広間の静けさを裂き、その後に長い沈黙が落ちた。

 戦死者五百二十。重傷者千。救出者八十六。その中に――「旗印の乙女ヴェントレア、生存」とある。

 その名が口にされた瞬間、数人の視線が交錯した。


「乙女は生きていたか……奇跡だな」

「だが伯爵の影響力はさらに増すぞ」

「奇跡も、利用の仕方を誤れば呪いになる」


 誰も声を荒げない。だが穏やかさは仮面にすぎない。

 この国の政治は、声ではなく沈黙の深さで決まる。


 軍部代表の黒衣の男が、机に肘をついた。

「旗印の乙女は国の象徴だ。しかし象徴が戦場を歩けば、民は旗を見て動く。秩序が乱れる。再び戦火が広がるぞ。」


「ならば、彼女を隔離するか?」


「言葉を選べ。……保護だ。」


 笑い声のような息がもれた。

 その“保護”という言葉が、どれだけ多くの鎖を意味するかを、彼らはよく知っていた。


「提案があります」

 学術院の老臣が、静かに手を挙げた。

「連邦が新たに設立した“エスペリア学園”。各領より選抜された士官候補を育てる場です。

 ――旗印ヴェントレアを、そこへ特待生として迎えるのです。学びの名の下に、彼女を保護する。」


 議場がざわめく。

 「教育という名の囲い込みか。」

 「表向きは栄誉だ。だが実際は監督下。……悪くない。」

 「戦場から遠ざけるには最も自然な形だ。民衆にも説明が立つ。」


 誰も反対の声を上げない。

 沈黙が、すでに合意の印だった。


 ――そのとき、椅子が軋む音が響いた。

 ヴァルド・フォン・エルディアス

 “乙女を守護した伯爵”にして、“戦場を知る最後の貴族”。

 彼は静かに立ち上がり、円卓の中央へ視線を向けた。


「……よかろう。学びを与えるのは悪くない。」

 一拍置いて、声の調子が変わる。

 「だが、送る以上は最低限の護衛をつける。――二人だ。

 あの子はまだ回復の途上にある。学園がいかに平穏でも、外の風は読めぬ。」


 その場の空気が少しだけ揺れた。

 誰も即答しない。だが、それが“拒否できない提案”であることは、誰の目にも明らかだった。


 やがて、議員の一人が口を開く。

「二人と言わず、四人でもよいのでは? 伯爵の言葉を借りるなら――“旗を支える柱”が多くて困ることはない。」


 軽い笑いが混じったが、場の空気を変えるには充分だった。

 他の評議員が頷き、数名が帳簿に目を落とす。

 「……確かに。監督の名目にもなる。護衛四名、異議なし。」


 エルディアスは微かに息を吐いた。

 勝ち取ったというより、計算通りだった。

 「では――護衛四名は、こちらで選ばせてもらう。

 任せていただけるなら、責任も私が負おう。」


 議長がうなずく。

 「構わぬ。人選は伯爵に一任する。ただし、学園での身分は“生徒”。

 護衛の名を借りた私兵では困る。」


「心得ている。」

 エルディアスの声は低く、穏やかだった。

 「学ぶことを妨げるためではない。支えるためだ。

 旗は、風の中でこそ揺らぐ。……風を閉じ込めれば、ただの布になる。」


 誰も言葉を返せなかった。

 その一言に、この場の全てが集約されていた。


 議長が静かに木槌を取り上げる。

 「では、決を採る。

 旗印ヴェントレアおよび随伴四名、エスペリア学園に特別入学。

 護衛任務は“学徒同行”へ転換、監督は学園長の裁量に一任。――異議ある者は?」


 沈黙。

 誰も手を挙げなかった。


 木槌が鳴る。

 乾いた音が、まるで連邦そのものの心拍のように響いた。


「これで決まりだ。」

 議長が宣言する。

 「旗印の乙女は、学園にて次代を導く象徴となる。連邦王国はその歩みを“未来への投資”と見なす。」


 その瞬間、議場の空気が変わった。

 何かが決まったというより、ひとつの運命が静かに方向を変えた。

 火皿の炎が揺れ、蝋の香が立ちのぼる。


 エルディアスは一礼し、ただ一言だけ残した。

 「旗を掲げる者は、風を恐れぬことだ。」


 誰も答えなかった。

 けれどその沈黙には、恐れと敬意が等しく混ざっていた。

 木槌の余韻がまだ床に残る。扉が閉まり、エルディアスの足音が回廊に消えると、議場の空気は静かに戻った。だがその静けさは、安堵ではなく計算の産物だった。


「……やはり、老いても“戦場の声”か」

 軍部代表が笑う。笑いに温度はない。


「旗の風だと。綺麗な言葉だが、風は何処へでも吹く。吹かれて困るのは我々だ。」

 財務卿が机を軽く叩く。紙が微かに震れる。


 老臣が指を組み、目を細めるようにして言った。

「学園で彼らがどう動くかは見ものだ。閉じた庭で芽がどう伸びるか、観察に値する。」


「しかしだ」

 一人が顔を上げ、低い声で釘を刺すように言う。

「ほかの者には利用させまいよ。あれは我々の象徴なのだからな。」


 その言葉に、室内の空気がまた一度きしんだ。誰も咎めなかった。責務は声にならず、同意は視線の交換で済まされた。


「確かに。表向きは“未来への投資”。だが裏では、伯爵の影響を薄める好機だ」

 別の者が帳簿に視線を落とし、淡々と続ける。


「選抜は伯爵に任せた。だが学園での身分は“生徒”だ。私兵など許さん。そう名目だけは厳格に持たせよう」

 老臣の声には狡猾さが混じる。規則で縛ることで、縛る側の正当性を得る――それが彼らの常套手段だ。


 窓の外、雪が静かに落ちる。火皿の炎がゆらりと揺れ、蝋の匂いが立ち上る。議場の面々は互いに微笑み合い、だがその微笑みはやがて消え、冷えた計算だけが残った。


「乙女がまた風を起こすなら、風向きだけは間違えぬようにすればよい」

 財務卿が言い、誰もが頷いた。声に込められたのは、慈しみではなく所有の決意だった。


 その夜、評議堂の金糸の垂れ布は静かに揺れ、王の不在は誰の胸にも影を落とさなかった。誰も知らぬところで、連邦の“象徴”が、これから誰の手によって操られるかが決まり始めていた。

今、別の原稿に呼ばれていて、そちらに少し時間を奪われています。

でも、この物語も手の中にあります。

落とさず、ほどかず、ちゃんと戻ってきます。

少しだけ、待っていてください。

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