ザイラス決戦 前編
十人が、同時に駆け出した。
ダダダダダダダダダダッ!
円陣が縮まる。
ザイラスを包囲する。
「全員、聞け!」
ヴェイルが叫ぶ。
「ザイラスは巨斧を使う――振り切った瞬間、左腰が開く! そこを狙う!」
「了解!」
全員が頷く。
「まず、誘い込む! サヤカ、サキ、正面から!」
「おうよ!」
サヤカとサキが同時に踏み込む。
ダダッ、ダダッ!
「こっちだ、化け物!」
サヤカが槍を突き出す。
ザイラスの巨斧が振るわれる。
ブォォンッ!
横薙ぎの一撃。
「今だ――!」
ヴェイルが叫ぶ。
巨斧が振り切られる。
その瞬間――
ザイラスの左半身が大きく開いた。
左腰の継ぎ目が露わになる。
「そこや!」
スズカが短槍を突き出す。
ダダッ!
左側から。
ヒュッ!
槍の穂先が左腰の継ぎ目を捉える。
ザクッ!
「やられたお返しよ」
ヒトミが双湾刀を滑らせる。
シュルルッ――
同じ場所へ。
包帯を巻いた頬が、わずかに引き攣る。
ザシュッ!
「右から!」
レイとアンリが反対側から斬りかかる。
「正確に」
レイの剣が一閃。
ザシュッ!
左腰の背面寄りへ。
「ボクもやるっ!」
アンリが短剣を突き出す。
ザクッ!
「上から!」
セイカが弓を引き絞る。
「無粋ですわ――射抜きます」
ヒュンヒュンヒュンッ!
三本の矢が、同じ場所に突き刺さる。
左腰の継ぎ目へ。
「隙間!」
マイが鎧の継ぎ目に剣を突き立てる。
ザクッ!
「正面、追撃!」
サヤカとサキが再び踏み込む。
「ぶち抜いてやる!」
サヤカが槍を突き出す。
ザシュッ!
サキは無言で剣を滑らせる。
シュッ――
ザシュッ!
十人の攻撃。
すべてが一点に集中する。
ザイラスの左腰。
鎧の継ぎ目。
胸甲と腰甲の接合部。
斧を振り切った直後の、最も無防備な瞬間。
一撃、また一撃。
同じ場所を何度も何度も叩く。
ガキン、ガキン、ガキィンッ!
ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ!
ザイラスが体勢を戻そうとする。
だが――
「もう一度! サヤカ、誘え!」
ヴェイルが叫ぶ。
「任せな!」
サヤカが再び正面から踏み込む。
ザイラスの巨斧が再び振るわれる。
ブォォンッ!
振り切る。
左半身が開く。
「今だ――!」
全員が一斉に攻撃する。
左腰へ。
ガキン、ガキン、ガキィンッ!
ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ!
火花が散る。
鎧が軋む。
そして――
ミシッ――
継ぎ目が裂けた。
血が噴き出す。
ブシャァッ!
赤が弾けた。
「効いてる……!」
スズカが叫ぶ。
「もっと押せ!」
サヤカが槍を突き出す。
ザクッ!
深く突き刺さる。
左腰から背面へ。
斜めに貫通する。
ザイラスの体が、大きく揺れる。
「……っ」
ザイラスが呻く。
左腰を押さえる。
血が溢れ出す。
ドクドクドクッ――
止まらない。
「バランスが……崩れてる……!」
マイが叫ぶ。
「体幹が支えられなくなってる!」
ザイラスの巨体が、右へ傾く。
左腰を庇うように。
「続けろ!」
ヴェイルが叫ぶ。
全員が再び攻撃する。
ガキン、ガキン、ガキィンッ!
ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ!
ザイラスの動きが鈍る。
血が流れ続ける。
ドクドクドクッ――
石畳が赤く染まる。
呼吸が荒い。
ゴホッ、ゴホッ――
吸い込んだ息が漏れる。
血の泡が唇に弾けた。
「……っ」
ザイラスが片膝をつく。
ドサッ――
巨斧を地面に突く。
ズンッ――
体を支える。
だが――
体が右へ傾いている。
左脚が沈む。
「やった……!」
アンリが叫ぶ。
周囲で、負傷した者たちが顔を上げる。
「リリエンガルデが……」
「化け物を……倒したのか……?」
血を流しながら、希望を見る目。
だが――
ヴェイルは油断しなかった。
「まだだ……! 距離を取れ!」
その声に、全員が後退する。
ザザザッ――
そして――
ザイラスが、ゆっくりと立ち上がった。
ズシン――
血を流しながら。
左腰を押さえながら。
体を右へ傾けながら。
だが――
立った。
「……何……?」
レイが呟く。
「その傷で……立てるの……?」
血が止まらない。
左腰から、赤い液体が流れ続けている。
ポタポタポタッ――
背面にも血が回っている。
だが、ザイラスは立っている。
「化け物……」
ヒトミが呟く。
包帯の下から、血の気が引く。
ザイラスが巨斧を拾い上げる。
ガシッ――
だが――
体が右へ傾いたまま。
バランスが取れていない。
巨斧を支えようとするたびに、身体が揺れる。
呼吸が荒い。
ゴホッ、ゴホッ――
息を吸い込むたびに、血の泡が弾ける。
「……ハハハ……」
低く、重く、だが力強い笑い。
「良い連携だった。斧を振り切った瞬間を狙うとは……見事な判断だ」
ザイラスが巨斧を構える。
だが――
その構えは歪んでいる。
体が右へ傾き、軸がブレている。
「だが――」
一歩、前へ出る。
ズシン――
血を流しながら。
左脚が引きずり気味。
体を支えるたびに、右へよろめく。
「――まだ、終わらん」
その言葉に、全員が息を呑む。
「そんな……」
スズカの声が震える。
「あの血で……あのバランスで……まだ戦えるの……?」
だが――
誰も諦めていない。
サヤカが槍を握り直す。
「……なら、もう一回やるだけだ」
サキが剣を構える。
「逃げるわけにはいかない」
レイが銀髪を振る。
「まだ、戦えます」
アンリが涙を拭う。
「ボクも……!」
セイカが弓を構える。
「矢は……まだ、数本残っています」
サオが短杖を握る。
「みんなを……守ります」
マイが剣を構え直す。
「策は……まだあります」
ヒトミが双湾刀を握る。
「もう一度……」
スズカが短槍を構える。
「やったろうやないか!」
ヴェイルが軍刀を掲げる。
「全員、陣形を維持しろ! まだ戦える!」
十人が、再び構える。
傷だらけで。
疲れ果てて。
だが――
戦意は失っていない。
ザイラスが一歩、前へ出る。
ズシン――
血を流しながら。
体を右へ傾けながら。
左脚を引きずりながら。
だが、止まらない。
呼吸が荒い。
ゴホッ、ゴホッ――
血の泡が唇に弾ける。
「……来い」
低く響く声。
十人が、身構える。
その時――
ズシン、ズシン――
別の足音が響いた。
「……ザイラスか」
低く、だが力強い声。
全員が振り返る。
そこには――
血に濡れた鎧を纏った巨漢。
大剣を構えている。
エルディアスが、立っていた。
「エルディアス様……!」
ヴェイルが叫ぶ。
「来てくれた……!」
エルディアスは大剣を肩に担ぐ。
ザイラスが振り返る。
だが――
その動きで、体が大きく右へ傾く。
バランスを崩しかける。
「……ほう」
興味を示す声。
「エルディアス伯……久しいな」
「こんなところで再会するとはな」
エルディアスが低く笑う。
「帝国の将軍だった者が、こんな有様とは」
その言葉に、ザイラスの空気が変わった。
「……貴様、覚えていたか」
「忘れるわけがない」
エルディアスが剣を構える。
その構えは、微塵の隙もなかった。
「帝国の誇る将軍が、今や盗賊の頭目とは。落ちぶれたものだ」
「落ちぶれた?」
ザイラスが笑う。
だが、笑うたびに体が揺れる。
左腰から血が流れ続けている。
「貴様こそ、老いぼれたのではないか?」
「試してみるか?」
エルディアスの声が低く響く。
ヴェイルは、エルディアスの背中を見つめる。
(傷は……?)
鎧に血の跡はある。
だが、エルディアスの動きに乱れはない。
呼吸も整っている。
(大丈夫……なのか……?)
エルディアスが振り返る。
「ヴェイル」
「はい」
「ここから先は、私の戦いだ」
その言葉に、ヴェイルは息を呑む。
「エルディアス様……」
「こいつとは、長い因縁がある」
エルディアスが低く言う。
「ここで決着をつける」
エルディアスの瞳が、ザイラスを捉える。
「お前たちは、街の人々の救出を優先しろ」
「……!」
「リリエンガルデの本分は、人々を守ることだ」
エルディアスの声は厳しい。
「ここで足止めをしても、街が燃え尽きれば意味がない」
ヴェイルは唇を噛む。
(勝機が見えてきた……今なら……)
だが――
エルディアスの声は、命令であると同時に。
決意だった。
過去を断ち切る、覚悟の声だった。
「……わかりました」
ヴェイルが頭を下げる。
「お願いします、エルディアス様」
「任せろ」
エルディアスが短く答える。
ヴェイルは全員を見る。
「全員、撤退する。街の救出に向かう」
「でも……!」
サヤカが叫ぶ。
「今なら勝てる! エルディアス伯と一緒なら……!」
「これは、エルディアス様の戦いだ」
ヴェイルが静かに言う。
「私たちは、私たちの役目を果たす」
全員が歯を食いしばる。
だが――
頷いた。
「……了解」
十人が、戦場を離れる。
ダダダダダッ――
その背中を、エルディアスは見送る。
「……行ったか」
「ハハハ……」
ザイラスが笑う。
「一人になったな、エルディアス」
「お前もな」
エルディアスが剣を構える。
「昔のように――一対一だ」
「……ああ」
ザイラスが巨斧を構える。
体を右へ傾けながら。
「決着をつけよう、エルディアス」
「来い、ザイラス」
二人が、対峙する。
炎が揺れる。
風が吹く。
そして――
エルディアスの膝が、ガクリと折れた。
「……っ」
剣を地に突き、なんとか倒れるのを防ぐ。
血が口から溢れる。
ドクドクドクッ――
「……ハハハ」
ザイラスが笑った。
「隠していたか、エルディアス」
「……っ」
エルディアスは顔を上げる。
「その傷……瀕死ではないか」
ザイラスが巨斧を構える。
体を右へ傾けながら。
「よく立っていられたものだ」
「……まだ、倒れん」
エルディアスが剣を握り直す。
「お前を……ここで止める……」
「無理だな」
ザイラスが一歩、前へ出る。
ズシン――
だが――
その足取りは重い。
血を流し続けている。
左脚が引きずられる。
体が右へ傾いている。
呼吸が荒い。
ゴホッ、ゴホッ――
「死ね、エルディアス」
ブォォォンッ!
巨斧が振り下ろされる。
だが――
その軌道が狂っている。
体が傾いているせいで、振り抜きがブレる。
エルディアスは――
ガキィィンッ!
剣で受け止めた。
だが――
ドサッ――
片膝をついた。
「ぐっ……!」
血が口から溢れる。
ガギィィンッ!
さらに巨斧が叩きつけられる。
だが――
その一撃も、軌道が安定していない。
ザイラスの体が右へ傾き、力の伝わり方が歪んでいる。
エルディアスは必死に受け止める。
「くっ……!」
ブォンッ!
三撃目。
だが――
ザイラスがよろめいた。
左脚が沈み、体が大きく右へ傾く。
ガギィンッ!
エルディアスの剣が弾かれる。
カランッ……
剣が石畳に転がる。
「……っ」
無防備になる。
ザイラスが体勢を立て直す。
呼吸が荒い。
ゴホッ、ゴホッ――
血の泡が唇に弾ける。
巨斧が振り上げられる。
体を右へ傾けながら。
バランスを崩しながら。
「終わりだ」
巨斧が振り下ろされる。
風が唸り、夜が裂けた。
エルディアスは動けなかった。
膝は折れ、剣は遠く。
胸の奥で血の泡が弾ける。
(ここまで、か……)
重い刃の影が覆いかぶさる。
視界が真っ白に弾けた――その瞬間。
ガキィィンッ!
火花が散った。
衝撃が石畳を割り、炎が揺れる。
だが、痛みは来なかった。
エルディアスの頬を、冷たい風が撫でる。
目の前で、巨斧が止まっていた。
ザイラスの腕が震えている。
鋼と鋼が噛み合い、わずかに軋む。
(……何だ……?)
視界の端に、何かが揺れた。
灰の中に、光でも影でもない"何か"が立っている。
それが人なのか、幻なのかも分からない。
ただ、確かに――自分の前にいた。
風が通り抜ける。
血と煙の匂いの中に、懐かしい気配が混じっていた。
「……誰だ……?」
ザイラスの声が低く唸る。
だが、その問いに答える者はいなかった。
ただ、風だけが、静かに吹いた。
炎の粉が舞う中で、エルディアスは目を閉じた。
わずかに笑う。
(……やはり、まだ……終われんか)
その微笑を、夜が包み込んだ。
――後編に続く。




