第9話 KAGAMI成果発表会
月曜、午後一時半。
協会公式チャンネルの生配信には、八万人が集まっていた。
そのうちの半分以上が、私の配信から来た人たちだと、あとで知った。
『本日はお集まりいただき、ありがとうございます』
白いステージの上で、木戸室長がマイクを握る。
背後の大きなスクリーンに、青い文字が浮かんでいる。
――事故調査を、三日から三分へ。
ステージの端には、真壁さんが座っていた。
開発者として登壇を命じられたのだと、前の晩にメッセージをもらっていた。
『灰原さん。僕は、明日、何を聞かれても正直に答えます』
それだけ書いてあった。
私は自分の部屋で、配信を見ていた。
自分の配信は、開いていない。今日は、見ているだけだと決めていた。
話すのは、私ではない。
現場と、記録だ。
前の晩、犬飼さんにも同じことを言った。
「配信、しないんですか? 絶対、みんな灰原さんのコメント待ってますよ」
「しません。私が何か言えば、木戸室長と私の喧嘩に見えます」
「喧嘩じゃないんですか」
「喧嘩ではありません。森川さんの事件です」
電話の向こうで、犬飼さんはしばらく黙っていた。
「……灰原さんらしいですね」
それが褒め言葉なのかどうか、私には分からなかった。
御子柴さんにも、一本だけメッセージを送っておいた。
発表会のことは、警察には関係ない。だから、何も頼まなかった。ただ、「発表は予定通りですか」とだけ。
返事は、『予定通り』の四文字だった。
◇
『KAGAMIの判定精度は、九十九・一パーセント。熟練の鑑識官を、大きく上回ります』
木戸室長の声は、よく通った。
『では、実際の事例をご覧いただきましょう』
スクリーンが切り替わる。
――成功事例:第十六層「鴉の崖」転落事故。
『先月、第十六層で起きた痛ましい転落事故です。従来なら、鑑識官が三日かけて現場を調べ、ご遺族は結果を待つあいだ、不安な日々を過ごしていました』
木戸室長は、スクリーンを手で示した。
『KAGAMIは、これを三分で「事故」と判定しました。ご遺族を、長く待たせることがなくなったのです』
協会の配信のコメント欄が、一気に流れ始めた。
『それ灰原さんの事件簿のやつじゃん』
『他殺って読まれてたやつ』
『え、まさか知らないの?』
会場の記者席が、ざわついた。
何人かが、手元のスマホを見て顔を見合わせている。
木戸室長は、気づいていなかった。
『このように、KAGAMIは――』
一時五十九分。
私の机の上で、スマホが震えた。
御子柴さんからの、一行だけのメッセージ。
『出ます』
二時ちょうど。
ニュースサイトのトップが、切り替わった。
【第十六層「鴉の崖」転落事故 パーティメンバーの男を殺人容疑で逮捕】
【警視庁迷宮課 探索者保険金目的か】
協会の配信のコメント欄が、爆発した。
『逮捕きたああああ』
『三分で事故判定(殺人)』
『成功事例とは』
記者席から、一人の女性が手を挙げた。
『すみません。たった今、その事故で殺人容疑の逮捕者が出たと報道がありましたが』
木戸室長の顔から、笑顔が抜け落ちた。
『……は?』
『KAGAMIの判定は「事故」とのことですが。成功事例として紹介された件で、殺人の容疑者が逮捕されています。判定精度九十九・一パーセントという数字について、どうお考えですか』
木戸室長は、手元の資料をめくった。
何かを探すように、二回、三回。
『それは、その……警察の捜査と、KAGAMIの判定は、別の、ものですので』
『別のもの、とは』
『KAGAMIは、事故の、可能性を、判定するもので……最終的な、判断は……』
声が、どんどん小さくなっていく。
『KAGAMIは間違えません。データに、基づいて――』
『KAGAMIは、間違えます』
ステージの端から、声がした。
真壁さんだった。
マイクを握る手が、遠目にも震えているのが分かった。
『開発者の、真壁です。KAGAMIは、間違えます。知らないものを、知っているものに当てはめてしまうことがあります。影の数を、数えることもできません』
会場が、静まり返った。
『だから、人の目が必要です。KAGAMIは、鑑識官の代わりではありません。鑑識官の、道具です。そう作ったつもりでした』
真壁さんは、深く頭を下げた。
『それを、ちゃんと伝えられなかったのは、僕の責任です。申し訳ありませんでした』
木戸室長が、何かを言おうとして、口を開けたまま固まっていた。
配信は、そこで「機材の不具合」という文字とともに、唐突に切れた。
◇
私は、真っ黒になった画面を、しばらく見ていた。
嬉しい、とは思わなかった。
すっきりした、とも違う。
森川さんは、帰ってこない。
KAGAMIの判定が間違っていたことが分かっても、それは変わらない。
ただ。
森川さんが最後に見たものが、「事故」という二文字で片付けられずに済んだ。
それだけは、よかったと思った。
スマホには、通知がたまっていた。
『木戸の顔www』
『灰原さん完全勝利』
『ざまぁすぎる』
自分の配信のコメント欄に、私が何も言っていないのに、勝手に書き込みが増えていく。
私は、一件だけ、短い文章を投稿した。
『今日の結果は、警察と、真壁さんと、森川さんのご遺族が出したものです。私は何もしていません。それと、真壁さんを責めないでください。KAGAMIを一番疑っていたのは、作った本人です』
投稿してから、少しだけ後悔した。
もっとうまい言い方があったかもしれない。
五分後、犬飼さんから一言だけ返信が来た。
『灰原さんらしいです』
今度は、褒め言葉だと分かった。
――現場は、嘘をつきません。
私は、誰もいない部屋で、小さくそう言った。
◇
その日の夕方、協会は木戸室長を「当面の間、職務から外す」と発表した。
KAGAMIの運用も、「人による確認を必須とする」形に見直すという。
夜の八時。
真壁さんから、メッセージが届いた。
『灰原さん。協会、クビになりました』
少し間を置いて、もう一通。
『今日から僕も無職です。もしよければ、外からKAGAMIを手伝わせてください』
私は、返事を考えながら、カップ麺にお湯を注いだ。
三分。
その三分の間に、もう一通、思いがけない相手からメッセージが届いた。
送り主は、アストラ公式アカウント。
リーダー、鷹野リオさん本人からだった。
『コラボしろ。断ったら、お前の言ってる“甘い匂い”の話、全部嘘だって配信で言ってやる』
私は、手に持った箸を置いた。
甘い匂いのことは、まだ一度も、配信で話していない。




