第7話 事件簿① 青い泥
『魔石を盗まれました。犯人は、パーティの中にいるかもしれません』
募集を始めて一晩で、映像の投稿は三百件を超えていた。
その中から、私は一件を選んだ。
送り主は、駆け出しパーティ「スズラン」のリーダー、二十二歳の女性。
第九層で手に入れた大粒の魔石――買取価格にして約百万円――が、休憩中にリュックから消えたという。
「今夜は、この一件を読みます」
【迷宮鑑識】視聴者の事件簿 第1回
同時接続は、開始から三分で四万人を超えた。
『公開裁判やめろ』
『犯人晒すの?』
「誰が犯人かは、配信では言いません。読むのは、何が起きたかだけです。誰がやったかは、映像を見た当事者の方が決めてください」
私は、送られてきた映像を画面に映した。
◇
スズランは四人。
リーダーの彼女と、剣士の男性が二人、それから回復役の女性。
第九層の小部屋で、四人が三十分の休憩を取っている。
ヘルメットカメラの映像は、リーダーのもの一本だけだ。
休憩の前半。四人とも、部屋の中にいる。
リュックは、部屋の隅の岩の上。
十二分後、剣士の一人が「トイレ」と言って部屋を出ていく。
十八分後、もう一人の剣士が「水を汲んでくる」と出ていく。
二十二分後、回復役の女性が、リュックの横で装備の手入れを始める。
二十五分後、部屋の外で岩の崩れる音がして、彼女は一度だけ立ち上がり、反対側の壁際の通気口をのぞきに行く。十秒ほどで、元の場所に戻る。
休憩明けに、リーダーがリュックを開けて、悲鳴を上げる。
魔石は、なかった。
『回復役が一番怪しい』
『リュックの横にいたしな』
『トイレの剣士でしょ』
コメント欄は、すでに三つに割れていた。
「皆さん。足元を見てください」
私は映像を止めて、休憩明けの場面を拡大した。
四人が、リュックを囲んで立っている。
画面に、番号札を置いていく。
14番。リーダーの靴。
15番。剣士Aの靴。
16番。剣士Bの靴。
「……あ」
16番の札を置いたところで、手が止まった。
――16番。
あと一枚で、17番だ。
志摩さんの鞄から、欠けた番号。
次の札は、18番にしよう。
17番は、志摩さんの札が見つかるまで、空けておく。
私は小さく首を振って、続けた。
「靴の泥の色が、それぞれ違います」
ダンジョンの土は、階層ごとに色が違う。
第九層は、鉄分の多い赤土。
第八層の一部には、水場の近くにだけ、青みがかった粘土がある。
「リーダーさんと回復役の方の靴は、赤一色です。剣士Aさんも、赤。ただ、剣士Bさん――『水を汲んでくる』と出ていった方の靴だけ、つま先に青い泥が付いています」
『八層の水場まで行ったってこと?』
「第九層にも水場はあります。この部屋から歩いて二分。わざわざ第八層まで戻る理由はありません。往復で十分以上かかります」
剣士Bが部屋を出ていたのは、十八分後から、二十九分後まで。
十一分間。
『十分あれば、八層の水場まで行って戻れる』
『じゃあ剣士Bが八層に魔石を隠しに行った?』
「いいえ」
私は、映像を巻き戻した。
二十二分後。回復役の女性が、リュックの横で装備の手入れをしている場面。
彼女の背後、部屋の入口の暗がりを拡大する。
岩の陰に、誰かの靴の先端が、一瞬だけ映っていた。
「剣士Bさんは、この時間、第八層にいたはずです。でも、この靴は部屋の入口にあります。剣士Aさんは、まだトイレから戻っていません」
靴の先端を、さらに拡大する。
つま先に、青い泥。
『え、じゃあ誰の靴?』
『五人目??』
そのまま、映像を三分進める。
二十五分後。外の物音に、回復役の女性が立ち上がって、反対側の通気口をのぞきに行く。
十秒間。
リュックの横には、誰もいない。
その十秒間だけ、入口の暗がりの靴の先端が、画面から消えていた。
「スズランの皆さんは、第九層に入る前、第八層の水場の近くで、別のパーティとすれ違っていませんか。道を教えてくれた人がいたと、投稿のメッセージに書かれていました」
配信のコメント欄に、ひとつのコメントが流れた。
投稿者のリーダー本人だった。
『……いました。親切に、近道を教えてくれた人。九層まで、途中まで一緒に来ました』
「その方とは、どこで別れましたか」
『八層の水場です。青い粘土の、ぬかるんだところ』
「ありがとうございます。それで、全部つながります」
剣士Bさんは、第九層の水場の場所を知らなかった。
だから、来る途中に見た水場――その人と別れた、第八層の青い粘土の水場まで戻った。
往復で十一分。靴の青い泥は、そのときに付いた。それだけだ。
「部屋の入口にいた靴は、近道を教えてくれた方のものだと思います。九層まで『一緒に来た』あと、別れたふりをして、後をついてきた」
コメント欄が、一気に流れ出した。
『親切な通りすがりが犯人ってこと!?』
『剣士B疑ってごめん』
『こわ……』
「最初に疑われた三人は、誰も盗んでいません。魔石は、まだその人が持っている可能性があります。この映像と一緒に、協会の窓口と警察に相談してください」
十分後。
リーダーから、短いコメントが届いた。
『剣士Bと、回復役の子に、謝りました。疑ってたので』
同時接続、四万八千。
その数字より、私はそのコメントのほうが嬉しかった。
◇
三日後、その「親切な通りすがり」が、別の階層で同じ手口を使おうとしたところを、警察に取り押さえられた。
スズランの魔石は、彼の家から見つかった。
灯火の配信では、犬飼さんたちが「灰原さんの読み方・安全チェック表」なるものを作って配っていた。
一、天井の苔の剥がれを見る。
二、靴の泥の色を覚えておく。
三、親切すぎる人に、近道を教わらない。
『三番目、私の配信とは関係ないですよね』
そうメッセージを送ると、犬飼さんから写真が一枚返ってきた。
探索者向けファミレスの、日替わり弁当だった。
『関係あります。あと、今日の夕飯これにしてください。届けます』
届けます、の意味を考えているうちに、玄関のチャイムが鳴った。
ドアを開けると、犬飼さんが弁当の袋を片手に立っていた。
探索帰りなのか、髪がまだ少し湿っている。
「……どうして、住所を」
「真壁さんに聞きました。あ、いや、聞いたら教えてくれて。すみません、気持ち悪いですよね」
「いえ」
気持ち悪くはなかった。
ただ、どういう顔をすればいいのか分からなかった。
「上がっていきますか。お茶くらいなら」
「あ、いや、今日はこれ渡しに来ただけなんで!」
犬飼さんは、弁当の袋を私の手に押しつけると、早足で階段を下りていった。
踊り場で、一度だけ振り返る。
「ちゃんと、温かいうちに食べてくださいね!」
弁当は、まだ温かかった。
唐揚げが四つと、卵焼きと、きんぴら。
誰かが作った温かい夕食は、ずいぶん久しぶりだった。
◇
その夜。
弁当を食べ終えてから、私は投稿された映像の続きを確認していた。
三百件の中に、件名だけで手が止まるものがあった。
『兄は、転落事故で死んだことになっています』
送り主の名前はない。
映像が一本と、短い文章だけが添えられていた。
『協会のKAGAMIは、転落事故と判定しました。でも兄は、あの崖の場所を誰よりよく知っていました。お願いです。最後の三秒だけでいいので、見てください』
映像を再生する。
第十六層の崖際。
三人の探索者が、ロープを伝って下りようとしている。
最後の三秒。
足を滑らせて落ちていく探索者の背中に、画面の外から伸びた誰かの手が、触れていた。




