第29話 合同鑑識室
久遠寺征司は、公聴会のその日の夕方、殺人と殺人未遂の疑いで逮捕された。
七年前の第二十八層で、救助隊の五人を死なせた疑い。
そして、二十日ほど前、同じ場所で鷹野さんを突き落とした疑い。
◇
「取り調べで、少しずつ話し始めた」
三日後。
児童公園の、ブランコの横のベンチで、御子柴さんは缶コーヒーを開けた。
今日は、私の分は、お茶だった。
「十二年前、救助隊を辞めてアストラを作った。最初の何年かは、ほかの大手クランに勝てなかった。七年前、警察の保管庫から蜜灯草を持ち出して、競合のパーティが潜っている層で焚いた。骨喰いを呼んで、潰した」
「十八件のうちの、何件かは」
「全部じゃないが、多くは、そうだ。助けに入った救助隊の中に、志摩さんがいた。志摩さんは、畑を見つけていた。だから、救助隊のビーコンを、解除具で止めた」
御子柴さんは、そこで少し言葉を切った。
「助けを呼べなくして、骨喰いのいる層に置いていった。それから、第一発見者として、遺体を見つけたふりをした」
私は、膝の上で手を握った。
「アストラが大きくなってからは、香は使わなくなった。協会の理事になって、KAGAMIの導入を押し進めて、事故調査課をなくした。人の目で現場を見る人間を、いなくしたかったんだろう」
「志摩さんの弟子が、まだ残っていたからですね」
「ああ」
御子柴さんは、缶コーヒーを一口飲んで、いつものように顔をしかめた。
「ここ一年で、アストラの配信の数字が落ちてきた。それで、また香を出してきた。今度は、自分の手じゃなく、鷹野に焚かせて」
七年前と同じように、片付けるだけだ。
白骨回廊で鷹野さんが聞いた言葉の意味が、ようやく全部つながった。
「ただ、ひとつだけ、話が合わないところがある」
御子柴さんは、手帳をめくった。
「七年前、保管庫から消えた蜜灯草は、乾燥させた葉だった。葉からは、種は取れない。あの畑の種が、どこから来たのか。そこだけは、久遠寺は、何も言わない」
私は、白骨回廊の、赤く灯る畑を思い出していた。
数千本の、膝の高さの草。
「黙っている、ということは」
「言えない相手がいる、ってことかもしれん」
御子柴さんは、手帳を閉じた。
「まあ、それは俺の仕事だ。あんたは、あんたの返事をしてやれ。協会が、待ってる」
◇
協会の会長が、私のアパートを訪ねてきたのは、公聴会の翌日だった。
六畳一間に、小柄な会長と、私。
お茶を出そうとして、湯呑みが一つしかないことに気づいた。結局、私はマグカップで飲んだ。
「協会に、新しい部署を作ります」
会長は、一枚の書類を差し出した。
――迷宮探索者協会 AIと人の合同鑑識室。
「KAGAMIは、これからも使います。三分で判定を出す力は、遺族を待たせないために必要です。でも、KAGAMIが『分からない』と言ったときに、現場に行って、読む人が要る。KAGAMIが知らないものを、KAGAMIに教える人が」
会長は、まっすぐ私を見た。
「灰原さんに、その室長をお願いしたい」
私は、書類の文字を、しばらく見ていた。
「部屋は、どこになりますか」
「本部の、地下二階です。前の、事故調査課の部屋」
窓のない、机が四つの部屋。
五週間前、私が一人で段ボールを詰めた部屋。
「探索者免許の停止は、取り消しました。それと」
会長は、少しだけ笑った。
「KAGAMIの主任技術者として、真壁瑛人君に、戻ってきてもらうことになりました。本人は、『クビになった会社に戻るの、変な気持ちです』と言っていましたが」
「……少しだけ、考えさせてください」
「もちろんです」
「返事をする前に、行きたい場所があります」
◇
その週のうちに、いろいろなことが決まった。
アストラは、解散した。
早乙女さんが、残ったメンバーの中から希望者を集めて、新しいクランを作った。最初のメンバーには、十二層の夜の新人六人が、全員入った。水瀬さんも。
鷹野さんは、香を焚いたことについて、警察の取り調べを受けている。
御子柴さんの話では、何も知らされずに焚かされていたことは、録音や指示書からもはっきりしているそうだ。
病院のベッドの上で、鷹野さんは言った。
「足が治ったら、澪さんのクランで、新人の装備係をやる。リーダーは、もうやらない。……配信も、しばらくはいい」
「新人の装備の点検、得意でしたよね」
「誰から聞いたんだよ」
「早乙女さんです」
鷹野さんは、天井を見て、舌打ちをした。
耳が、少し赤かった。
灯火のチャンネルは、登録者が五十万人を超えた。
犬飼さんは、相変わらず、ファミレスで日替わりを二つ頼んだ。
「灰原さんが室長になっても、灯火の同行者は、続けてもらえますか」
「室長の仕事に、現場は含まれます」
「じゃあ、護衛は灯火で」
「……お願いします」
協会本部のロビーで、一度だけ、木戸さんとすれ違った。
今は、資料室で、古い調書の整理をしているという。
木戸さんは、足を止めて、私の方を見た。
何か言おうとして、言葉が見つからないような顔をしていた。
それから、小さく頭を下げた。
「……お疲れさまでした」
五週間前、同じ人から、同じ言葉を聞いた。
今度は、違う意味に聞こえた。
木戸さんの革靴は、少しだけ、埃で汚れていた。
◇
金曜日の夕方。
ブランコの横のベンチに、御子柴さんが、もう一度来た。
「約束だからな」
御子柴さんは、コートのポケットから、小さな封筒を出した。
「科捜研の鑑定も、写真の記録も、全部済んだ。検察の了解を取って、仮還付という形にした。裁判で必要になったら、また借りるが」
封筒を、私の手のひらに乗せる。
「全部終わったら、返すと言った。全部じゃないが、一番大事なところは、終わった」
封筒の口を開ける。
角の丸くなった、黄色い札。
表面に、黒い数字が、ひとつだけ。
七年かかって、ようやく、17番が、もう返さなくていい札として、私の手のひらに乗った。




