第28話 公開検証(後編)
「23番。鷹野さんのビーコンが、最後に信号を送った場所です」
休憩が明けて、私は、第二十八層の地図の上に札を置いた。
同時接続は、百八十万を超えていた。
◇
24番、25番。第二十六層のぬかるみの足跡。
鷹野さんの足跡を、後から踏んでいった、旧型の救助隊ブーツ。
「KAGAMIが、足跡の沈み込みから体重を推定しています。装備込みで、八十二キロ前後」
26番。第二十七層への階段に置かれていた、時限式の香の筒。
27番。横から押し込まれた、偽の落盤の岩。
28番から30番。蜜灯草の畑。
そして、警視庁の押収品袋。七年前に保管庫から消えたものと、同じ番号。
31番、32番。畑の奥で向かい合った、二人分の足跡。
33番。真ん中で潰された、鷹野さんのビーコン。
35番。第二十五層の、昇降機の乗り場。
「昇降機の記録です。鷹野さんのビーコンが途絶えた日の、午前四時十分に下り。午前九時二分に上り。使用者IDは、K-001」
正面の画面に、御子柴さんが撮った制御盤の写真が映る。
『K-001は、確かに、私のIDです』
久遠寺理事は、穏やかに認めた。
『アストラの創設者として、最初に登録した番号ですから。ただ、そのカードは、何年も前から理事室の金庫に入れたままです。誰かが持ち出したのでしょう。その朝、私は自宅で休んでいました』
「では、道具の話をします」
私は、33番の札の横に、もう一枚、写真を並べた。
七年前の救助隊のビーコンの破片。
34番。
「二つのビーコンには、同じ四本の跡が残っています。旧型の救助隊用ビーコン解除具。隊長だけに配られた道具です。そして、二つの跡は、どちらも左から三本目の歯の先が、同じ形に欠けています」
画面に、二つの跡を重ねた画像が映る。
ぴたりと重なった。
「同じ型の道具ではありません。同じ一本です」
37番。久遠寺理事の第七執務室の端末から、十八件の調書がゴミ箱に移された記録。持ち主の秘書は、その夜、ジュネーブにいた。
38番。志摩さんの手帳に描かれた、解除具の絵。
39番。協会の公式サイトに載っている、理事室の写真。
飾り棚の二段目の右端の、四本歯の道具。
「十二年前、紛失届が出された解除具です。三本目の歯が、欠けています」
傍聴席が、どよめいた。
久遠寺理事は、初めて、少しだけ間を置いた。
『……あれは、救助隊時代の記念に作らせた、複製です。よく似ているのは、当然でしょう』
◇
そのとき、会議室の後ろの扉が開いた。
くたびれたコートの男が、まっすぐ通路を歩いてくる。
手に、透明な証拠品袋を二つ提げて。
『御子柴刑事です。警視庁迷宮課』
会長に一礼して、御子柴さんは、私のテーブルの横に立った。
「今朝、令状に基づいて、理事室の飾り棚から押収した」
一つ目の袋を、テーブルに置く。
黒い柄。平たい歯が、四本。
左から三本目の先が、斜めに欠けている。
「科捜研の速報だ。歯の欠けの形は、二つのビーコンの跡と一致。複製じゃない。本物の、旧型の解除具だ。それと」
御子柴さんは、袋の中の歯の根元を指さした。
「歯の溝の奥に、白い粉が残っていた。成分は、第二十八層、白骨回廊の岩と同じだ」
久遠寺理事の顔から、穏やかさが、すっと消えた。
ほんの一瞬だけ。
『……だとしても』
声は、まだ落ち着いていた。
『17番の札は、どうなのです。あれだけは、灰原氏が見つけたと言っているだけだ』
◇
「36番を、もう一度見てください」
私は、千春さんの受領書を、画面に映した。
「現場から志摩さんの鞄を持ち帰り、協会に届けた人の欄です」
――第一発見者 アストラ代表 久遠寺征司。
「そして、返還品目。番号札、十九枚」
会議室の全員が、画面を見ていた。
「協会が千春さんに鞄を返したとき、17番は、もうありませんでした。鞄が私の手に渡る前です。七年前のあの日、私は志摩さんに言われて、地上で待機していました。現場から鞄を運んだのは、ここに署名のある、あなたです。私には、あの札に触れる機会が、一度もありません」
久遠寺理事は、何も言わなかった。
「それから、もうひとつ。真壁さん」
壁際の真壁さんが、うなずいて、キーを叩いた。
『KAGAMIより』
スピーカーから、合成音声が流れる。
『白骨回廊で17番の札が取り出される前に、本機が記録した亀裂の内部の立体データを解析しました。白骨回廊の天井から粉が降り積もる速さは、一年におよそ〇・四ミリ。札の上に積もっていた粉の層の厚さは、二・八ミリ。札が置かれてから、推定七年。誤差、前後半年』
「志摩さんが亡くなったのは、七年前の秋です」
私は、御子柴さんが差し出した、二つ目の袋を受け取った。
袋を開ける。
角の丸くなった、黄色い札。
七年前、救助隊のビーコンを壊されて、救助を呼べなくなった志摩さんは、最後に鑑識官の仕事をした。
壊されたビーコンの破片を、見つかりにくい岩の割れ目に隠した。
その前に、自分の番号札を置いた。
いつか、誰かが、ここを調べに来ると信じて。
私は、34番の写真の前に、その札を立てた。
「17番。志摩鉄二鑑識官が、最後に置いた札です」
会議室から、音が消えた。
千春さんが、両手で口を覆っていた。
傍聴席の一番前で、犬飼さんが、まっすぐこちらを見ていた。
五週間前、私は、17番が欠けたままの志摩さんの札の束を、使い始めた。
1番から39番まで、ずっと、ここだけを空けてきた。
ようやく、全部、並んだ。
◇
『KAGAMIによる、再判定を行います』
会長の声で、真壁さんが、最後のキーを押した。
十八件の調書を読み直したKAGAMIが、七年前の第二十八層の救助隊事故を、もう一度判定する。
正面の画面に、青い文字が浮かんだ。
【参照した類似事例:あり(七年前・第二十八層 十八件)】
【判定:事件(人為的な魔物の誘導、および救助要請の妨害による死亡)】
【確度:九十六・八%】
【理由:現地調査の結果と一致】
『KAGAMIより』
合成音声が、静かに続いた。
『この判定は、灰原つむぎ鑑識官の現場検証と一致します』
長い沈黙のあと、久遠寺理事が、ふっと息を吐いた。
『AIの数字に、何の意味があるのです』
「あなたが導入したAIです」
私は、言った。
「KAGAMIは、嘘をつきません。嘘をつくのは、KAGAMIに食べさせた記録のほうです。記録を元に戻せば、KAGAMIは、ちゃんと本当のことを言います」
久遠寺理事は、しばらく、テーブルの上の17番を見ていた。
それから、誰に言うでもなく、小さくつぶやいた。
『……志摩は、見なくていいものを、見すぎたのだ』
マイクが、その声を拾った。
百八十万人が、それを聞いた。
御子柴さんが、ゆっくりと、右の席へ歩いていった。
「久遠寺征司さん。続きは、署で聞かせてもらう」




