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第25話 生存率

「四十一パーセント」


 犬飼さんは、ホワイトボードに大きく数字を書いた。


「この四週間で、第十層から第十五層の死亡事故が、それだけ減ってます」




◇




 灯火が借りている、小さな貸し会議室。

 ホワイトボードの前に、犬飼さんと結城さん。机には、私と真壁さん、日向さんと日陰さん。


「協会が毎月出してる、公開の事故統計です」


 結城さんが、印刷した表を配った。


「灰原さんが最初の配信をした日から、今日までの四週間。第十層から第十五層で亡くなった人の数を、過去三年の同じ時期の平均と比べました」


 表の数字を、目で追う。


 過去三年の平均、十七人。

 この四週間、十人。


「たまたま、じゃないんですか」


 私が聞くと、結城さんは首を振って、もう一枚の紙を出した。


「深い層、第十六層から下は、ほとんど変わってないんです。減ったのは、浅い層だけ。浅い層は、新人とか、中堅の下の方が潜るところで」


「灰原さんの配信を見てる層と、ぴったり重なるんです」


 今度は、日陰さんが、横から口を挟んだ。


「それだけじゃないですよ。これ、見てください」


 日向さんが、スマホを机の真ん中に置いた。

 画面には、短い動画が何本も並んでいた。


「灯火のチャンネルに、送られてきた動画です。昨日、『灰原さんの配信を見て助かったことがある人は、教えてください』って募集したら、一晩で三百件超えました」


 一本目を再生する。


 どこかの浅い層の、薄暗い通路。

 ヘルメットのカメラが、天井を映している。


『天井の苔、ここだけ暗いの分かる? 灰原さんが言ってたやつ。半日以内に何か通ってる。今日は引き返します』


 二本目。


『床の砂が渦巻いてて、踏まなかったら、その先が抜けてました。マジで膝まで落ちてた。灰原さんありがとう』


 三本目。


 まだ十代に見える、女の子の探索者だった。


『灰原さんが配信を始めたばかりの頃、十三層で、壁に同じ深さの線が三本あるのを見つけて、仲間を説得して戻りました。その夜、灰原さんの緊急配信で、十二層に白い脚が出たのを見ました。……あの日、戻ってなかったら、たぶん』


 女の子は、そこで言葉を詰まらせて、カメラに向かって頭を下げた。


 私は、何も言えずに、画面を見ていた。


 七年間、私が読んできたのは、「起きてしまったこと」だけだった。

 読み終えたときには、もう、誰かが死んでいた。


 でも、この子たちは、生きている。

 私が何かを読む前に、自分で天井を見上げて、自分で引き返した。


「灰原さん」


 犬飼さんが、静かに言った。


「生存率、跳ね上がってるんですよ。灰原さんが、配信を始めてから」




◇




「これを、今夜、灯火のチャンネルで流します」


 犬飼さんは、ホワイトボードの数字を、指でとんと叩いた。


「協会は、灰原さんを『捏造する人』にしたいんです。でも、この三百人は、灰原さんの言葉で生きて帰ってきた。それを、全部見せます」


「私が、話すんですか」


「灰原さんは、喋らなくていいです。喋るのは、この三百人です」


 その夜、灯火のチャンネルの配信は、同時接続四十万を超えた。


 犬飼さんは、統計の表を一枚だけ映して、あとは送られてきた動画を、一本ずつ流し続けた。

 解説も、音楽もなかった。


 天井を見上げる人。

 床の砂の模様にしゃがみ込む人。

 壁の三本線の前で、仲間の腕を掴んで引き返す人。


 コメント欄の流れが、少しずつ変わっていった。


『これ全部、灰原さんの配信見てた人?』

『捏造とか言ってたやつ、これ見ても同じこと言える?』

『俺も十二層で助かった。動画撮っとけばよかった』


 配信の最後に、犬飼さんは、一枚の文書を画面に映した。


 ――七年前の第二十八層救助隊事故 遺族一同。


 千春さんが連絡を取った、ほかの四人の遺族。

 五家族の名前が並んだ、短い声明だった。


 ――私たちは、家族がどうして死んだのかを、七年間知らされずにきました。公聴会を、公開の場で行ってください。私たちは、隠れて真実を聞くつもりはありません。


 コメント欄が、一瞬、止まった。

 それから、一つの言葉で埋まり始めた。


『公開しろ』

『公開しろ』

『公開しろ』




◇




 翌朝、私の配信アプリに、通知が届いた。


 ――審査の結果、このチャンネルへの通報の大部分が、同じ日に作られた多数のアカウントから送られていたことを確認しました。一時停止を解除します。


 昼には、協会の会長が、記者の前で頭を下げていた。


『公聴会は、公開とします。協会の公式チャンネルで、すべてを生配信いたします』


 会長は、白髪の、小柄な人だった。

 前に、会見の映像で見たときより、ずっと疲れて見えた。


『また、KAGAMIの判定にも、外部の専門家の協力を求めます。人の命に関わる判断を、閉じた部屋で行うべきではありませんでした』


 夕方、真壁さんから、短いメッセージが届いた。


『協会から、連絡が来ました。公聴会でKAGAMIを動かす、外部の技術者として来てほしいって』


 その下に、もう一行。


『クビになった会社から、仕事の依頼が来るの、変な気持ちです』




◇




 その夜、協会の公式サイトに、もうひとつの発表が出た。


 ――久遠寺征司理事は、公聴会に、協会側の説明者として自ら出席する。


 発表には、久遠寺理事本人のコメントが添えられていた。


 ――協会は、これまでも事実に基づいて判断してきました。公聴会では、現場の痕跡などという曖昧なものではなく、記録に基づいて、お話をさせていただきます。


 私は、そのコメントを、二回読んだ。


 記録に基づいて。

 十八件の記録を、ゴミ箱に放り込んだ人が。


 カレンダーを見る。

 公聴会まで、あと八日。


 私は、鞄の中の番号札を数えた。

 1番から39番まで。三十八枚。


 それから、まだ戻ってこない、17番。


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