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第24話 工具の鑑定

「旧型の、救助隊用ビーコン解除具。科捜研の結論だ」


 御子柴さんは、ファミレスのテーブルに、鑑定書の写しを置いた。

 「個人的に」意見を聞きに来た、と最初に断ってから。




◇




 鑑定書には、写真が二枚、並んでいた。


 左は、鷹野さんのビーコン。

 右は、七年前の救助隊のビーコンの破片。


 どちらにも、細く平たい跡が、四本ずつ並んでいる。


「解除具ってのは、ビーコンの蓋をこじ開けて、中の電池を抜く道具だ。亡くなった隊員の信号が鳴りっぱなしだと、仲間が遺体を探しに戻って、二次遭難する。だから、隊長が信号を止める」


「手帳に書いてあった通りですね」


「志摩さんは、本当に何でも知ってたんだな」


 御子柴さんは、鑑定書の二枚目をめくった。


「協会の記録だと、旧型の解除具は、全部で二十四本作られた。配られたのは、深層救助隊の隊長だけ。五年前、旧型のブーツと一緒に、全部回収されてる」


「全部、ですか」


「二十三本はな」


 御子柴さんは、一覧の一番下を指でとんと叩いた。


 ――一本、紛失届あり。


 ――届出者:元・第三深層救助隊 隊長 久遠寺征司。

 ――届出日:十二年前。


 犬飼さんが、隣の席で息を呑んだ。

 真壁さんは、ノートパソコンの上で手を止めていた。


「久遠寺は、アストラを作る前、協会の深層救助隊の隊長だった。十二年前に救助隊を辞めて、アストラを立ち上げた。辞めるときに、解除具をなくしたと届けを出してる」


「なくした道具が、七年前と、十日前に、二十八層で使われた」


「ああ」


 御子柴さんは、腕を組んだ。


「だが、これだけじゃ足りない。久遠寺は『なくしたものを、誰かが拾って使ったのだろう』と言えばいい。旧型のブーツだって、五年前まで何百人も履いてた。決め手にならない」


「同じ型の道具だ、というだけでは、ですね」


「そうだ。同じ型じゃなくて、同じ『一本』だと言えないと」




◇




「写真の元の画像、ありますか」


 私が聞くと、御子柴さんは、鑑定書についていたメモリーカードを取り出した。


「科捜研が、高解像度で撮ったやつだ。俺の判断で、個人的に、見せる」


「個人的に、ですね」


「個人的にだ」


 真壁さんが、カードをノートパソコンに差し込んだ。

 画面いっぱいに、鷹野さんのビーコンの跡が映し出される。


 四本の、平たい跡。

 私は、一本ずつ、ルーペで追っていった。


「真壁さん。左から三本目の跡を、拡大してください。跡の、底の部分」


 画面が近づいていく。

 金属の表面に刻まれた、細い溝。


 その溝の底に、ほんの小さな盛り上がりがあった。

 溝の幅の、三分の一ほどの、小さな山。


「ここだけ、金属が削れ残っています」


「削れ残り?」


「道具の歯の先が、欠けているんです。欠けた部分は、金属を押さないので、そこだけ山になって残る」


 真壁さんが、すぐに画面を切り替えた。

 七年前の、救助隊のビーコンの破片。


「同じところを」


 左から三本目。溝の底。


 小さな山が、あった。

 同じ位置に。同じ大きさで。


 真壁さんが、二枚の画像を重ねた。

 ぴたりと、重なった。


「……三本目の歯が、欠けてる」


 犬飼さんが、つぶやいた。


「七年前も、十日前も、同じ欠け方の歯で」


「同じ型の道具を何本集めても、歯の欠け方は、一本ずつ違います。指紋と同じです」


 私は、顔を上げた。


「七年前の救助隊のビーコンと、鷹野さんのビーコンを潰したのは、同じ一本の解除具です」


 御子柴さんは、しばらく画面を見つめてから、低い声で言った。


「あとは、その一本が、どこにあるかだ」




◇




「なくした、って届けを出した道具を、七年前にも、今も使ってる」


 犬飼さんが、テーブルに肘をついた。


「ってことは、ずっと手元に持ってたってことですよね。捨てずに」


「はい。捨てていれば、十日前には使えません」


「なんで捨てないんだ。証拠になるのに」


「捨てられなかったのかもしれません」


 私は、志摩さんの鞄に手を置いた。


 道具は、使う人の手に馴染む。

 私が、七年前のルーペを今も使っているように。志摩さんの鞄を、七年間、毎日肩にかけてきたように。


「救助隊の隊長だった頃の道具です。誇りだったのかもしれません」


 真壁さんが、何かを思いついたように、キーを叩き始めた。


「灰原さん。久遠寺理事の、インタビュー記事があります。協会の公式サイトの、理事紹介のページです。去年、KAGAMIの導入が決まったときのもので」


 画面に、記事が開いた。


 ――協会理事・久遠寺征司「命を守る仕組みを、次の時代へ」


 記事の写真は、理事室で撮られていた。

 革張りの椅子に座る、紺のスーツの久遠寺理事。

 その背後に、ガラス扉の飾り棚が写っている。


 写真の説明文に、こうあった。


 ――理事室の棚には、救助隊時代の記念品が並ぶ。


 古いヘルメット。色あせた腕章。旧型のビーコン。

 そして、棚の二段目の右端に、黒い柄の道具が一本、立てかけてあった。


「真壁さん。棚の、二段目の右端を」


 真壁さんが、記事の下の小さなリンクを開いた。

 ――報道関係者向け 高解像度画像。


「協会の広報、写真の元データをそのまま載せてるんです。拡大します」


 棚の二段目が、画面いっぱいに広がっていく。


 太い、黒い柄。

 その先に、平たい歯が、四本。


 左から三本目の歯の先が、ほんの少しだけ、斜めに欠けていた。


 誰も、何も言わなかった。


 私は、番号札を一枚、画面の横に置いた。


 39番。


 御子柴さんが、ゆっくりと立ち上がった。


「……令状を取る。時間がかかるが、必ず取る」


「御子柴さん」


「個人的に、じゃない。これは、俺の事件だ」


 御子柴さんは、伝票を掴んで、レジの方へ歩いていった。


 私は、画面の写真を、もう一度見た。


 十二年前に「なくした」と届けが出された、救助隊の解除具。

 それは、理事室の棚に、記念品として飾られていた。


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