第20話 理事の会見
翌日の午後三時。
協会本部の大会議室で、緊急の記者会見が開かれた。
壇上に座っていたのは、五十代の男性だった。
白髪の混じった短い髪。よく日に焼けた顔。
仕立てのいい紺のスーツの下に、がっしりとした肩が見える。元は深層の探索者だったのだと、一目で分かる体つきだった。
『協会理事の、久遠寺でございます』
穏やかな声だった。
低く、よく通る、落ち着いた声。
病室のベッドでその配信を見ていた鷹野さんが、息を呑んだそうだ。
あとで早乙女さんから、そう聞いた。
――この声だ、と。
◇
私は、自分の部屋で、その会見を見ていた。
隣には、犬飼さんと真壁さんがいた。
『まず、第二十八層で救出された鷹野リオ君の無事を、心から喜んでおります』
久遠寺理事は、深々と頭を下げた。
『同時に、協会として、看過できない問題がございます』
画面が切り替わる。
私の顔写真が、大きく映し出された。
『元協会職員、灰原つむぎ氏。氏は、協会の許可なく第二十八層に立ち入り、捜索と称して現場を荒らしました。協会は、氏の探索者免許を一時停止とする処分を下しました』
犬飼さんが、テーブルを拳で軽く叩いた。
『さらに、氏は現場で「七年前の救助隊の遺留品を発見した」と主張しているそうですが』
久遠寺理事は、少しだけ間を置いた。
『その発見には、重大な疑問がございます』
会場の記者たちが、ざわめいた。
『七年前、第二十八層の落盤事故で亡くなった鑑識官、志摩鉄二氏。氏の遺品の鑑識鞄は、本来、協会の保管庫に収められるべきものでした。ところが、当時新人だった灰原氏が、その鞄を無断で持ち出し、七年間、私物として使い続けていたことが、内部の調査で判明しております』
私は、膝の上の鞄に手を置いた。
角の丸くなった、志摩さんの鞄。
無断で、持ち出したのではない。
志摩さんの奥さんから、「あなたが使ってください」と手渡されたものだ。
でも、それを証明する書類は、ない。
犬飼さんが、私の手元の鞄を見た。
「それ、志摩さんの……」
「奥さんから、葬儀の日にいただきました。口で、です。書類は、ありません」
「そんなの、奥さんに聞けば」
「七年前のことです。それに、奥さんを、この騒ぎに巻き込みたくありません」
言ってから、自分の声が硬くなっているのに気づいた。
『つまり』
久遠寺理事の声が、少しだけ低くなった。
『志摩氏の遺品を七年間持ち歩いていた人物が、現場で「志摩氏の遺品を発見した」と主張している。これが何を意味するか、皆さまにはお分かりいただけると思います』
会場が、静まり返った。
真壁さんが、小さく「ひどい」と言った。
『協会は、今回の件について、灰原氏による証拠の捏造の可能性も含め、警察に情報を提供してまいります』
画面の中で、記者の一人が手を挙げた。
『鷹野リオ氏は、第二十八層で何者かに突き落とされたと証言していますが』
『鷹野君は、重傷を負い、混乱しております。救出の際の状況についても、灰原氏から何らかの影響を受けている可能性がある。いずれ落ち着いてから、正確な話を聞くべきでしょう』
久遠寺理事は、穏やかに微笑んだ。
『協会は、事実に基づいて判断いたします。そのために、KAGAMIを導入したのですから』
◇
会見の配信が終わると、私のスマホは鳴りやまなくなった。
チャンネルのコメント欄は、二つに割れていた。
『捏造とかマジ?』
『鞄持ち出しは普通にアウトでは』
『いやどう見ても理事が怪しいだろ』
『灰原さん信じてたのに』
『鷹野が突き落とされたって言ってるんだぞ』
登録者数は、一晩で一万人減った。
同じ一晩で、二万人増えてもいた。
「反論しましょう」
犬飼さんが、身を乗り出した。
「今すぐ配信して。鞄のことも、ちゃんと説明すれば」
「説明できる書類が、ありません」
「でも」
「言葉で説明すれば、言葉で返されます。今の会見と、同じように」
私は、テーブルの上に、番号札の束を並べた。
1番から35番まで。
この三週間足らずで、私が置いてきた札。
17番だけが、欠けている。
今は、警察の証拠品袋の中だ。
「御子柴さんから、さっき連絡がありました」
私は、スマホの画面を二人に見せた。
『協会から、灰原の捏造疑いについて情報提供があった。だが、17番の札と救助隊のビーコンの破片は、俺が現場で、俺の手で押収した。発見から押収まで、隊員二名と灯火の四名が見ている。捏造の余地はない。ビーコンの潰れ方の鑑定は、来週出る』
真壁さんが、眼鏡を押し上げた。
「じゃあ、証拠そのものは、ちゃんとしてるってことですね」
「はい。でも、今のままだと、誰もそれを見ません」
久遠寺理事は、言葉で、私を「疑わしい人」にした。
そうなった人がいくら証拠を出しても、人は証拠より先に、その人を見る。
「だから、全部、見えるところでやります」
「見えるところ?」
「十八件の調書。七年前の救助隊の事故。KAGAMIの消えたデータ。十二層の香。二十八層の畑。ビーコンの跡」
私は、番号札を、1番から順に並べ直した。
「全部、最初から、一つずつ、公開の場で読みます。私の言葉ではなく、現場の痕跡で」
犬飼さんと真壁さんが、顔を見合わせた。
「公開の場って、どこで」
「協会の公聴会です」
迷宮探索者協会の規則には、重大な事故の判定に異議がある場合、関係者が公開の場で再検証を求めることができる、という条項がある。
鑑識官時代、一度も使われたのを見たことがない条項だ。
私は、その条項の番号を、七年分の調書の控えの束から見つけ出していた。
「請求できるのは、ご遺族か、事故の当事者です」
「当事者……」
真壁さんが、はっとした顔をした。
「鷹野さん」
「はい。それから、七年前の救助隊のご遺族」
私は、志摩さんの鞄を開けた。
内ポケットの奥から、一枚の古い名刺を取り出す。
七年前、この鞄を私に手渡してくれた人の名刺。
――志摩千春。
志摩さんの、奥さんの名前だった。




