↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
2/25

第2話 同接2の警告

『【悲報】元協会職員さん、ハウンドを「未確認種」と言い張る』


 翌朝、スマホを開くと、そんな題名の動画が目に飛び込んできた。


 再生数、四十二万。


 昨夜の私の配信を、誰かが切り抜いたものだった。

 十五分の配信の中から、「この層には、記録にない何かがいます」の一言だけが抜き出されている。前後の説明は、すべて切られていた。


 コメント欄は、ほとんどが笑いだった。


『定規持って潜ってんの?』

『協会クビになった人の逆恨み配信』

『四・二センチ(キリッ)』


 その下に、もう一本、関連動画が並んでいる。


 大手クラン「アストラ」。

 リーダー・鷹野リオさんの、朝の雑談配信の切り抜きだ。


『いやー、見ました見ました。爪が四・二センチだから新種? うちのクラン、十二年潜ってますけど、十四層でそんなの一回も見たことないっすね』


 画面の中で、金色に染めた髪の青年が肩をすくめる。


『素人の妄想ですよ、これ。ハウンドの爪が欠けたら幅なんて変わるし。あ、でも面白いんで――』


 鷹野さんは、カメラに向かって指を一本立てた。


『明日の夜七時、うちで大型生配信やります。十二層から十四層まで、二十人体制で。元鑑識官さんの言う“記録にない魔物”、俺らが代わりに探してあげますよ』


 コメント欄が、拍手の絵文字で埋まっていく。


 私はスマホを伏せて、天井を見上げた。

 六畳間の天井には、雨漏りの染みがひとつある。


 ――二十人。


 昨日、第十一層で亡くなった新人の顔写真を、私は覚えている。

 二十歳だった。




◇




 昼過ぎ、知らないアカウントからメッセージが届いた。


『灯火の犬飼です。昨夜はありがとうございました。もしご迷惑でなければ、一度お会いして話せませんか』


 待ち合わせは、新宿第一迷宮の入口前にある、探索者向けのファミレスだった。

 昼間から、装備を着たままの客が肉を頬張っている。


 窓際の席で、短く髪を刈った青年が立ち上がった。

 二十代半ば。肩幅が広く、革の胸当てには細かな傷がたくさんある。手入れは丁寧だ。傷のひとつひとつに、油が染みている。


「犬飼颯です。昨日は、あの……同接、二人で」


「はい。そのうちの一人が、犬飼さんでした」


「一人目が俺です。二人目は、うちの魔法使い。途中で俺が『見ろ』って送ったんで」


 犬飼さんは少し笑ってから、すぐに真顔に戻った。


「なんで俺があの配信を見てたか、気になりますよね」


「少しだけ」


「昨日の夜、自分たちの配信のアーカイブを見返してたんです。十四層の、あの曲がり角のあたりで、ずっと嫌な感じがしてて。何が嫌なのか、自分でも分からなかった」


 犬飼さんは、コーヒーのカップを両手で包んだ。


「そしたら、おすすめ欄に灰原さんの配信が出てきて。題名が『事故現場の読み方』って、地味すぎて逆に気になって」


「……地味、ですか」


「すみません。でも、開いたら、ちょうど俺たちの映像が映ってた。あの曲がり角の、壁の傷が」


 その時の気持ちを思い出したのか、犬飼さんは小さく首を振った。


「俺が三時間見て分からなかった『嫌な感じ』の正体を、知らない人が十五分で説明してた。鳥肌が立ちました」


 そう言って、犬飼さんは自分の腕をさすった。

 今も、少し鳥肌が立っているようだった。


「十四層、中止にしました。メンバーには文句を言われましたけど」


「ありがとうございます」


「それで、お願いがあって」


 犬飼さんは、タブレットを差し出した。


「あの日の映像、配信に出したのはメインカメラの分だけなんです。でも俺たち、ヘルメットカメラを全員つけてて。四人分、全部の映像があります」


 四人分。合計、十二時間。


「……見ても、いいんですか」


「そのために来ました」


 私は鞄から、黄色い番号札の束を取り出した。

 テーブルの上で、タブレットの画面に一枚ずつ重ねていく。


 犬飼さんが、目を丸くした。


「それ、本物の札なんですね」


「画面の上でも、置いた方が考えやすいんです」


 映像を早送りしながら、例の曲がり角を探す。

 メインカメラでは一瞬しか映らなかった壁の傷が、後衛の魔法使いのカメラには、二秒ほど映っていた。


 5番。

 傷の、さらに上。天井近くの岩肌。


「犬飼さん。ここ、苔が剥がれています」


「え?」


「この層の天井には、青白い光苔が生えています。でも、この部分だけ、帯のように苔がない。幅は……およそ六十センチ」


 6番。

 帯の縁に、小さな穴が並んでいる。二列。等間隔。


「何かが、天井を歩いています」


 犬飼さんの喉が、ごくりと動いた。


「この穴は脚の跡です。間隔から数えると、片側に少なくとも十二本。それが、壁の三本線と同じ深さで、揃っています」


「……脚の先で、壁を切ったってことですか」


「爪ではなく、脚の先端です。だから、どの線も同じ深さになる」


 私は、6番の札を指で押さえた。


「体長は、四メートル前後。天井を歩けて、脚が二十四本以上。第十四層の魔物の記録に、そんな生き物はいません」


 窓の外で、迷宮の入口に探索者たちが吸い込まれていく。

 昼の光の中で、誰も天井のことなど考えていない。


「それと、もうひとつ」


 私はスマホで、昨日の第十一層の写真を見せた。


「同じ傷が、昨日の第十一層にもありました。十四層から十一層へ、一日で三つ上がっています」


「上がって……」


「地上に向かっています。たぶん」


 犬飼さんは、しばらく黙っていた。

 それから、テーブルの紙ナプキンに、ボールペンで数字を書いた。


「俺の電話番号です。明日、アストラの配信の時間、灯火は十二層の入口で待機します」


「待機?」


「何も起きなければ、それでいいんです。でも、もし何かあったら――すぐに入れる位置にいたい」


 犬飼さんはナプキンを私の方へ滑らせた。


「灰原さんが、俺たちの目になってください」




◇




 その夜、私は二回目の配信を開いた。


 【迷宮鑑識】事故現場の読み方 第2回


 同時接続は、開始と同時に三百を超えた。


『本物きた』

『逆恨みおばさん』

『アストラに喧嘩売ってて草』


 私は、昼に見つけた5番と6番の画像を映した。

 天井の、苔の剥がれ。脚の跡。


「訂正があります。昨日、私は第十四層が危ないと言いました。それは間違いでした」


『認めたw』


「危ないのは、第十一層から第十四層の、全部です」


 コメントの流れが、一瞬だけ止まった。


「それは天井を歩きます。上を見てください。苔が帯状に剥がれていたら、その先には進まないでください」


『アストラへの宣戦布告か』

『明日の配信で全部分かるな』


 配信の終わりぎわ、ひとつの質問が流れてきた。


『なんで鑑識官になったんですか』


 少しだけ、答えに迷った。


「八年前、私は探索者になるつもりでした。でも、最初の現場研修で、一人の鑑識官に会ったんです」


 ダンジョンの床に這いつくばって、ルーペで土を見ていた人。

 私が「何を見てるんですか」と聞くと、その人は顔も上げずに言った。


 ――亡くなった人が、最後に何を見たか、だよ。


「その人に、弟子にしてくださいと頼みました。それが、始まりです」


『その人は今どうしてるの』


「亡くなりました。七年前に、ダンジョンで」


 コメント欄が、しばらく静かになった。


 明日の配信で、全部分かってしまう。

 何も起きなければ、私が恥をかくだけで済む。


 配信を終えてから、アストラの公式アカウントを開いた。

 告知画像が、固定されている。


 【大型生配信】未確認種ハント ~元鑑識官さんの“妄想”、検証します~

 参加メンバー:二十名(うち新人六名)


 新人、六名。


 私は、告知画像の下に表示された数字を見つめた。


 配信開始まで、あと二十二時間。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。