↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
18/24

第18話 17番

「三十分だけ、時間をください」


 白骨回廊を引き返す途中、私は隊列の先頭の早乙女さんに言った。


「この先に、寄りたい場所があります」


 早乙女さんは、背中の鷹野さんをちらりと見た。

 鷹野さんは、痛み止めが効いてきたのか、浅い呼吸で目を閉じている。


「どこ」


「七年前、志摩さんが亡くなった場所です」


 早乙女さんは、少しだけ黙った。


「……二十分。それ以上は、鷹野がもたない」


「ありがとうございます」




◇




 白骨回廊の中ほど。

 白い岩の柱が左右から迫り、天井が低くなる場所に、小さな窪みがある。


 七年前、私は、ここの見取り図を描いた。

 何度も、何度も。

 調書に添付するためではなく、眠れない夜に、自分のノートに。


 窪みの奥行き、二メートル半。

 床に、落盤で落ちてきたとされる岩が三つ。

 志摩さんは、その岩の下で見つかった。


 七年前と、同じだった。

 岩は、片付けられないまま、そこにあった。白い粉を、うっすらとかぶって。


「……ここが」


 犬飼さんが、私の後ろで、ヘルメットを脱いだ。

 灯火の三人も、それにならう。


 御子柴さんが、黙って手を合わせた。


 私も、手を合わせた。


 ――お疲れさまでした。


 現場に入るたびに、心の中で言う言葉。

 志摩さんに教わった言葉だ。


 七年前の葬儀のあと、斎場の出口で、志摩さんの奥さんに呼び止められた。

 千春さん。小柄で、目元が志摩さんに少し似ている人だった。


「あなたが、灰原さんね。あの人が、いつも話してた」


 千春さんは、角の丸くなった鑑識鞄を、私に差し出した。


「これ、あなたが使ってください。あの人の目を、あなたが続けて」


 受け取った鞄は、思っていたよりずっと重かった。

 その重さを、私は七年間、毎日肩にかけてきた。


 それから、私は顔を上げた。


「KAGAMI。この窪みを、調べてください。金属、温度、それから、空気の流れ」


『KAGAMIより。観測を開始します』


 ドローンが、窪みの中を、ゆっくりと旋回した。




◇




『KAGAMIより』


 一分ほどして、ドローンが窪みの右の壁の前で止まった。


『壁面、床から一・四メートルの高さの亀裂の内部に、金属反応。大きさ、手のひら程度。複数の部品に分かれていると推定』


 私は、ライトを亀裂に向けた。


 白い岩の、細い割れ目。

 中は、七年分の白い粉で、ほとんど埋まっていた。普通に見ても、何もない。


 ピンセットで、粉を少しずつ掻き出す。


 何かが、ライトの光を、黄色く跳ね返した。


 私の手が、止まった。


 ――黄色。


 ピンセットで、そっとつまみ出す。


 角の丸くなった、黄色いプラスチックの札。

 表面に、黒い数字が、ひとつだけ。


 17。


 志摩さんの、17番だった。


 声が、出なかった。


 七年前、志摩さんの鞄から、この札だけが見つからなかった。

 落盤のどこかで、なくなったのだと思っていた。


 なくなったのではなかった。

 志摩さんは、ここに、置いたのだ。


「灰原さん」


 犬飼さんの声が、ずっと遠くから聞こえるような気がした。


「その奥にも、何かあります」


 私は、息を吸った。

 もう一度、亀裂の奥にピンセットを入れる。


 出てきたのは、金属の破片だった。

 ぐしゃりと潰れた、手のひらほどの札の半分。


 34番。


 刻印が、かすかに読める。

 ――探索者協会 救助隊用位置発信器


 七年前の、救助隊のビーコンだった。


 私は、破片をライトの真下に置いた。

 潰れた部分に、細い、平らな跡。


 四本。


 メジャーを当てる。

 一本、八ミリ。間隔、五ミリ。


 鷹野さんのビーコンに残っていた跡と、同じだった。




◇




「落盤で潰れたんじゃない」


 御子柴さんが、低い声で言った。


「七年前のビーコンも、一昨日の朝の鷹野のビーコンも、同じ道具で潰されてる」


「はい」


 私は、17番の札を、手のひらに乗せていた。


 志摩さんは、ここで、何が起きたのかを知っていた。

 救助隊のビーコンが壊されたことも。誰が壊したのかも。


 救助要請を出せないまま、怪我を負って、たぶん、もう動けなかった。

 それでも志摩さんは、最後に、鑑識官の仕事をした。


 壊されたビーコンの破片を、見つかりにくい亀裂に隠して。

 自分の番号札を、その前に立てた。


 ――お前は、それを覚えておけ。いつか、この傷を見たら思い出せ。


 七年前、この回廊で、志摩さんが言った言葉。


 この傷を見たら、思い出せ。

 この札を見たら、ここを調べろ。


 志摩さんは、私が来ると、思っていたのだろうか。


「灰原」


 御子柴さんが、私の名前を呼び捨てにした。初めてだった。


「その札と破片は、証拠品として、警察が預かる。今、ここで、俺が押収した。それでいいな」


「……はい」


「全部終わったら、札は返す。必ずだ」


 私は、17番の札を、御子柴さんの差し出した証拠品袋に入れた。


 袋の口を閉じる前に、もう一度だけ、黄色い札を見た。


 七年かかった。

 ようやく、この札の置き場所が分かった。




◇




 回廊を出口に向かって歩きながら、私は頭の中で、七年前の書類をめくっていた。


 志摩さんたち救助隊の事故の調書。

 私が書いたものではない。新人だった私は、あの事故の担当から外された。


 それでも、一度だけ、読んだことがある。

 協会の資料室で、こっそりと。


 事故の概要。落盤。死者五名。

 発見の経緯。


 第一発見者の欄に、名前があった。

 当時は、何とも思わなかった名前。

 出発の前、御子柴さんの口からその名前を聞いたときも、すぐには結びつかなかった。七年前に資料室で一度見ただけの文字だったから。


 足が、止まった。


「灰原さん?」


 犬飼さんが振り返る。


 七年前、志摩さんたちの遺体を最初に見つけたと届け出た人。

 その欄には、こう書かれていた。


 ――第一発見者:アストラ代表 久遠寺征司


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。