第17話 十一分
『鷹野の右足、折れてる。左の肩も外れかけてる。自分じゃ登れない』
通信機から、早乙女さんの声が届いた。
『吊り上げる。ハーネス付けるから、三分ちょうだい』
「三分」
私は、スマホの画面のタイマーを見た。
骨喰いが横穴から抜け出すまで、残り十分。
「引き上げに、何分かかりますか」
警察の深層隊員の一人、背の低い年配の男性が、ロープを確かめながら答えた。
「十八メートル、怪我人一人と、付き添い一人。四人で引いて、四分」
三分と、四分。
残り、三分。
「間に合います」
犬飼さんが、ロープを握り直した。
日向さん、日陰さん、警察の隊員二人が、その後ろに並ぶ。
御子柴さんは、北の横穴の入口に向かって、ライトと拳銃を構えていた。
拳銃が骨喰いに効くとは、誰も思っていなかった。
◇
待っている三分間、私は、裂け目の縁を見ていた。
鷹野さんと、旧型ブーツの人物が向かい合っていた場所。
乱れた足跡の端に、小さな金属の欠片が落ちていた。
しゃがみ込んで、ライトを当てる。
33番。
手のひらほどの、金属の札。
表面に、「探索者協会 個人位置発信器」の刻印。
鷹野さんのビーコンだった。
ちょうど真ん中で、ぐしゃりと潰れている。
潰れたところに、細い、平らな跡が四本、並んでいた。
「ドラゴンに踏まれても動く」と犬飼さんが言っていたビーコンは、ドラゴンではないものに潰されていた。
私は、跡の幅を、メジャーで測った。
一本、八ミリ。間隔、五ミリ。
道具だ。
先が平らで、四本の歯がある、工具のようなもの。
写真を撮り、袋に入れる。
この跡を、どこかで見た気がした。七年前の調書のどこかで。
『準備できた。引いて!』
早乙女さんの声が、裂け目から響いた。
「引け!」
犬飼さんの号令で、五人がいっせいにロープを引いた。
◇
ロープが、少しずつ上がってくる。
一メートル。二メートル。
『KAGAMIより。対象、横穴の天井の削り取りを継続中。脱出まで、推定、六分』
五メートル。八メートル。
北の横穴から、岩が崩れる音が、だんだん大きくなる。
十二メートル。
『推定、四分』
犬飼さんの腕に、血管が浮き上がっていた。
日陰さんが、歯を食いしばって声にならない声を上げる。
十五メートル。
『推定、二分』
裂け目の縁に、早乙女さんの手がかかった。
その腕の中に、金色の髪の青年が、ぐったりと抱えられていた。
「鷹野さん!」
私と結城さんで、二人を引き上げる。
鷹野さんの顔は、泥と血で汚れていた。右足が、変な方向に曲がっている。
でも、目は開いていた。
「……灰原、さん」
かすれた声だった。
「話は、あとです」
『KAGAMIより。対象、横穴から脱出しました』
北の横穴の入口で、白いものが、ずるりと這い出してきた。
天井を削った岩の粉を、体中にかぶっている。
二十四本の脚が、こちらを向いた。
「入口の隙間まで、走って!」
早乙女さんが鷹野さんを背負い、私たちは入口の、岩の山の隙間へ走った。
コツ、コツ、コツ。
天井を伝う音が、すぐ後ろまで迫ってくる。
岩の山を、よじ登る。
隙間は、幅五十センチ。
早乙女さんが、鷹野さんを隙間に押し込み、自分も体をねじ込む。
灯火の四人が続く。警察の隊員二人。御子柴さん。
最後に、私。
隙間に体を半分入れたところで、足首のすぐ後ろで、岩を刃で突く音がした。
「灰原さん!」
犬飼さんの手が、隙間の向こうから伸びてきて、私の腕を掴んだ。
ぐいと、引き抜かれる。
私が隙間の反対側に転がり出た直後、白い脚が三本、隙間に突き込まれた。
脚は、隙間の中で、何度も空を切った。
それ以上は、入ってこなかった。
幅五十センチの隙間を、体長四メートルの体は通れない。
『KAGAMIより』
最後に隙間をくぐり抜けてきたドローンが、私の頭の上で止まった。
『全員の離脱を、確認しました』
◇
白骨回廊の、少し開けた場所で、私たちは座り込んだ。
警察の隊員が、鷹野さんの右足に添え木を当てている。
早乙女さんは、鷹野さんの横に膝をついて、ずっと何かを我慢しているような顔をしていた。
鷹野さんが、私の方に顔を向けた。
「……来てくれるとは、思わなかった」
「来ました」
「あんた、変な人だな」
鷹野さんは、少しだけ笑った。
それから、すぐに真顔になった。
「聞いてくれ。あそこで、俺を突き落としたやつのこと」
全員が、鷹野さんの方を向いた。
「顔は、見えなかった。救助隊みたいなヘルメットをかぶってて、ライトを俺の目に当ててた。でも、声は分かった」
「声」
「イヤモニで、毎回聞いてた声だ。相談役の声だった」
「どうして、相談役は、鷹野さんがそこに来ると分かったんですか」
「たぶん、ビーコンだ」
鷹野さんは、顔をしかめた。
「協会の偉い人なら、管制の画面で、俺の点がどこにあるか見られる。昇降機は使わなかったんだ。アストラの記録に残るから。わざわざ自分の足で下りたのに……あの洞窟に入ったら、もう待ってた」
御子柴さんが、手帳を開いた。
「何か、言っていましたか」
鷹野さんは、目を閉じた。
思い出したくないものを、思い出そうとする顔だった。
「俺を突き落とす前に、言ったんだ」
洞窟の奥から、まだ、甘い風が吹いていた。
「『志摩の弟子が、また嗅ぎ回っている。七年前と同じように、片付けるだけだ』って」




