第12話 ビーコン途絶
探索者は全員、ダンジョンに入るときに「ビーコン」を身につける。
手のひらほどの金属の札。
階層ごとに置かれた中継器に、一時間に一度、位置を送る。協会の管制室は、それを地図の上の点として見ている。
点が三時間動かなければ、管制室が呼びかける。
点が消えれば、救助隊が出る。
――はずだった。
「鷹野リオのビーコンは、昨夜の零時四十分に第一迷宮へ入場。その後、一時間ごとに順調に下降。午前七時の送信を最後に、第二十八層で信号が途絶えています」
協会の窓口の職員が、画面を見ながら読み上げた。
どら焼きをくれた、あの受付の女性ではない。年配の、眠そうな男性だった。
「途絶えてから、もう五時間です。救助隊は」
「深層の救助隊は、出動に申請と審査が要ります。最短で三日後ですね」
「三日」
「第二十八層ですから。二次遭難の危険がありますので」
職員は、申し訳なさそうに、でも決まりきった口調で言った。
「それと、アストラさんの方から、連絡が入ってまして」
「アストラから?」
「『鷹野は休養中で、ダンジョンには入っていない。ビーコンの記録は機器の誤作動である』と」
私は、窓口の前で立ち尽くした。
誤作動。
一時間ごとに、数層ずつ、順調に下っていく誤作動。
◇
「二十八層まで、一人で六時間半。速すぎます」
探索者向けファミレスの、いつもの席。
真壁さんが、協会の公開データから鷹野さんのビーコンの記録を引き出していた。
「普通のパーティなら、十二時間はかかります。途中の休憩も、ほとんど取ってない」
「鷹野さんは、深層に慣れています。一人なら、それくらいで行けるのかもしれません」
犬飼さんが、窓の外を見たまま言った。
「慣れてるやつが、一人で、休みもせずに二十八層まで降りるのは、何かに追われてるか、何かを追ってるときです」
私は、テーブルの上に地図を広げた。
協会が公開している、第二十八層の地図。
ビーコンが最後に信号を送った位置に、印を付ける。
「ここです」
真壁さんと犬飼さんが、身を乗り出した。
第二十八層、東区画。
白い岩が骨のように連なる、長い回廊。
地図には、小さな字で名前が書かれている。
――白骨回廊。
「……灰原さん」
犬飼さんが、私の顔を見た。
「ここって」
「はい」
七年前、志摩さんが亡くなった場所だった。
正確には、ビーコンの最終地点へ向かう途中。回廊の中ほどにある、小さな窪みだ。
私は、その位置を地図を見なくても指させる。七年前の調書の現場見取り図を、何度も何度も描いたから。
私は、地図の上に番号札を置いた。
23番。鷹野さんの、最後の点。
札を置いた手が、震えていた。
七年前のあの日、志摩さんは、救助隊と一緒に第二十八層へ降りていった。
「灰原は、地上で待機だ」
出発の前、迷宮の入口で、志摩さんはそう言った。
「どうしてですか。私も行けます」
「深層の救助に、新人は連れていけない。それに、地上にも鑑識官が一人いないと困る。帰ってきたら、現場の話を全部してやる」
志摩さんは、私の頭に、ぽんと手を置いた。
分厚い、乾いた手だった。
「帰ってきたら、な」
それが、私が聞いた、志摩さんの最後の言葉だった。
◇
「三日も待ったら、死にます」
犬飼さんが、きっぱりと言った。
「二十八層で足を怪我して動けなくなったら、水が持って二日です。ビーコンが壊れてるなら、なおさら」
「壊れている?」
「深層のビーコンは、ちょっとやそっとじゃ壊れません。ドラゴンに踏まれても動くって売り文句です。それが急に消えたってことは」
犬飼さんは、言葉を切った。
誰かが、壊した。
七年前の、志摩さんたち救助隊のビーコンも、最後は一斉に消えたと記録されている。
落盤で、全部まとめて潰れたのだと。
私は、志摩さんの手帳を開いた。
毎晩一枚ずつ遡って、今は最後から七ページ目まで来ている。
そのページには、白骨回廊の簡単な見取り図が描かれていた。
協会の地図と、ほとんど同じ形。
ただ一か所だけ、違うところがあった。
回廊の東の端。
協会の地図では行き止まりになっている場所から、細い線が一本、さらに奥へ伸びている。
線の先に、志摩さんの字で、短く書かれていた。
――畑?
「真壁さん」
私は、手帳のそのページを真壁さんに見せた。
「協会の地図で、白骨回廊の東の端は、ずっと行き止まりでしたか」
真壁さんは、ノートパソコンを素早く叩いた。
協会の地図データには、更新の履歴が残っている。
「……七年前の秋に、一度だけ修正が入ってます」
真壁さんの声が、低くなった。
「修正内容は、『落盤により通路消失』。東の端の通路が一本、地図から消されています」
「修正した日付は」
「志摩さんが亡くなった、四日後です」
私たちは、しばらく誰も口をきかなかった。
ドリンクバーの機械が、氷を落とす音だけがした。
◇
その夜、アストラの公式アカウントが、短い声明を出した。
『リーダー鷹野は体調不良のため、しばらく活動を休止します。昨夜のコラボ配信における鷹野の発言は、体調不良による混乱から出たものであり、事実ではありません』
コメント欄は、荒れに荒れていた。
私は、声明の文章を三回読んだ。
「休養中でダンジョンには入っていない」とは、もう書いていなかった。
スマホが鳴った。
御子柴さんだった。
「灰原さん。協会の深層救助、三日後の予定、取り消されました」
「取り消し?」
「『誤作動の可能性が高いため』だそうです。決裁したのは、協会の理事会」
御子柴さんの声は、いつもより硬かった。
「警察の迷宮課として、行方不明者の捜索を出すことはできる。ただし、深層を歩ける隊員が、うちには足りない」
「御子柴さん」
私は、テーブルの上の名刺を見た。
警視庁迷宮課。嘱託の専門家を呼べる制度がある、と言っていた。
「前に話していた、嘱託の件です」
「……ああ」
「お受けします。今日から」
電話の向こうで、御子柴さんが小さく息を吐いた。
「予算は、雀の涙ですよ」
「構いません」
私は、志摩さんの鞄の留め金をかけた。
「行き先は、第二十八層。白骨回廊です」




