第11話 地上のコラボ
『どうもー、アストラの鷹野です。今日は特別ゲストに来てもらってます』
新宿第一迷宮の入口前広場。
夜の七時。投光器の白い光の中で、鷹野さんがカメラに向かって手を振った。
同時接続、五十八万。
広場の周りには、配信を見に来た人たちが柵の外まで溢れていた。
私の配信も、同じ場所から同時に流している。鷹野さん側が出してきた条件だった。「どっちの視聴者にも、ちゃんと見せてやるよ」と。
柵の一番前に、松葉杖をついた小柄な女の子がいた。
水瀬ひよりさん。十二層で、犬飼さんに抱えられて逃げた、アストラの新人だ。
配信が始まる前、彼女は柵越しに、私に小さく頭を下げた。
「あの、灰原さん。あの日、ありがとうございました」
「お礼は、犬飼さんたちに」
「犬飼さんにも、言いました。……リーダーのことも、責めないでください。リーダー、あの日からずっと、新人全員に電話してくるんです。足は痛くないか、眠れてるかって」
水瀬さんは、そう言って、松葉杖を握り直した。
『元・協会の鑑識官、灰原つむぎさんでーす』
私は、折りたたみの長机の前で頭を下げた。
机の上には、ノートパソコンが一台。それから、志摩さんの鑑識鞄。
少し離れた場所で、犬飼さんと灯火の三人が腕を組んで立っている。
真壁さんは、広場の端のベンチでノートパソコンを抱えていた。
『さて、灰原さん』
鷹野さんは、パイプ椅子に浅く座って、足を組んだ。
『最近、あちこちで言ってますよね。十二層のアレは、誰かが“呼んだ”んだって。甘い匂いがどうとか』
「配信で、匂いの話をしたことはありません」
『……は?』
「一度もありません。鷹野さんが、どこでその話を知ったのか、私も知りたいと思っていました」
コメント欄が、ざわりと揺れた。
『え、そうなの?』
『鷹野、自爆した?』
『いや、どっかで噂になってたんじゃね』
鷹野さんは、一瞬だけ目を泳がせた。
それから、いつもの笑顔を作り直した。
『まあ、噂ですよ噂。で、灰原さんの主張は、うちの配信に“何か”が映ってたってことでいいんすよね? じゃあ、見せてくださいよ。五十万人の前で』
「分かりました」
私は、ノートパソコンを大型モニターにつないだ。
◇
画面に映ったのは、二週間前のアストラの配信。
第十二層の大広間。十九時三十八分。
『おっ、俺じゃん』
画面の中の鷹野さんが、右耳に手を当てる。
小さく頷き、広間の隅にしゃがみ込む。
21番。
私は、画面の鷹野さんの手元に、黄色い札の画像を重ねた。
『……ちょっと待って』
隣で、本物の鷹野さんの笑顔が固まった。
「鷹野さんは、ここで、腰のポーチから真鍮の筒を取り出しています。蓋を開けて、岩の隙間に置きました」
真壁さんが、ベンチから合図を送ってくる。
画面の明るさが、ゆっくりと持ち上がっていく。
筒の上に、細い糸のような揺らぎ。
22番。
「これが、煙です。天井に沿って流れて、北の通路に入っていきます。その四分後に――」
画面が、白い脚で埋まった。
広場の観客から、悲鳴に近い声が上がった。
コメント欄は、もう読める速さではなかった。
『筒って何』
『鷹野が呼んだの??』
『自作自演?』
「違います」
私は、はっきりと言った。
「鷹野さんは、自分が何を置いたのか、知らなかったと思います」
画面を、筒を置いた直後まで進める。
鷹野さんが立ち上がり、天井を見上げて笑う場面。
「魔物を呼ぶ煙を焚いた人は、その真下で、天井を見上げて冗談を言ったりしません。これは、知らない人の動きです」
鷹野さんは、何も言わなかった。
投光器の光の中で、顔色だけが、どんどん白くなっていく。
『……鷹野さん?』
アストラのスタッフらしい男性が、カメラの外から小声で呼びかけた。
『リオ、そろそろ締めに――』
「あの筒は」
鷹野さんが、ぽつりと言った。
マイクが、その声を拾った。
「あの日、イヤモニで言われたんだ。『到着したら、隅にこれを置け。演出用の発煙筒だ』って。……焚けって、言われた」
広場が、しんと静まった。
「演出用だって、言われたんだよ。視聴者が盛り上がるからって」
鷹野さんは、自分の手のひらを見下ろしていた。
二週間前、筒を握っていた手を。
「新人が、六人いたんだ。水瀬なんか、まだ三回目の探索で」
柵の前で、水瀬さんが松葉杖を握ったまま、動けなくなっていた。
『リオ!』
スタッフの男性が、カメラの前に飛び出してきた。
『すみません、機材トラブルで、配信は以上で――』
画面が、暗転した。
◇
アストラ側の配信は切れた。
でも、私の配信は、切れていなかった。
同時接続、二十一万。
アストラの配信から、そのまま流れてきた人たちだ。
私は、カメラに向かって言った。
「今夜、鷹野さんが話したことは、鷹野さんの罪ではありません。誰が、鷹野さんにそれを焚かせたのか。それが、問題です」
私は、配信を切った。
広場では、アストラのスタッフたちが慌ただしく機材を片付けていた。
鷹野さんの姿は、もうなかった。
「灰原さん」
犬飼さんが、隣に来た。
「あいつ、大丈夫ですかね」
「分かりません」
私は、志摩さんの鞄を抱え直した。
鷹野さんは、イヤモニの声の主の名前を言わなかった。
言えなかったのか、言わなかったのか。
――香を焚かせているのは、焚いている本人ではない。
志摩さんの手帳の一行が、頭の中で繰り返されていた。
◇
夜の十一時。
部屋で手帳を読んでいると、スマホが震えた。
知らない番号からのメッセージだった。
『鷹野です。番号は、灯火の犬飼に頼んで教えてもらった。灰原さんに確認してからって言われたけど、急いでるって押し切った』
『今日は悪かった。あんたの言う通りだった。俺は、自分が何を焚いたのか知らなかった』
『あの筒と一緒に届く相談役の指示書に、一度だけ書いてあった。「香の出どころは、二十八層にある」って。冗談だと思ってた』
二十八層。
指先が、冷たくなった。
『確かめてくる』
それが、最後のメッセージだった。
私はすぐに電話をかけた。
呼び出し音が、十回鳴って、切れた。
もう一度かける。
――おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか――
ダンジョンの中は、電波が届かない。




