匿名の告発
夏を満喫中。
生徒会室へ向かう廊下は、昼休みの喧騒から少し離れていた。
さっきまで聞こえていた生徒たちの笑い声も、ここまで来ると遠く感じる。
一体、何の用だろう。
文化祭の片付けに関することだろうか。
それとも、何か問題でも起きたのか。
そんなことを考えながら、生徒会室の前で足を止める。
軽く二度、扉を叩いた。
「どうぞ」
中から声がする。
「失礼します」
扉を開けると、二人の男子生徒が机を挟んで座っていた。
二人とも、真剣な顔をしている。
「来てくれてありがとう、東雲君。
僕のことを覚えているかな」
「確か同じ中学の佐伯君だよね。そう言えば生徒会長してるんだっけ。
それで、何の用?」
僕が椅子に座ると、佐伯くんは一枚の紙を机の上に置いた。
「これを見てほしい」
「……?」
紙を手に取る。
そこには、短い文章が書かれていた。
『文化祭の売上金を盗んだのは、二年B組の神谷です』
一瞬、意味が分からなかった。
「……これ、何?」
「今朝、掲示板に張られていた」
「匿名?」
「うん。名前は書かれていない」
紙を裏返してみる。
何もない。
ただの一枚の紙だった。
「文化祭の売上金って……」
「二年B組の模擬店の売上金だ」
生徒会長が続ける。
「昨日の集計で、予定していた金額と実際の金額が合わなかった」
「どれくらい?」
「それほど大きな金額じゃない。でも、確かに不足している」
嫌な予感がした。
「それで、神谷っていう人が疑われてるの?」
「現時点では、まだ『疑われている』だけ」
そう言って、生徒会長はもう一枚の紙を差し出した。
そこには、文化祭当日の記録が書かれていた。
売上金を最後に確認した人物。
金庫の鍵を持っていた人物。
そして――。
放課後、教室に一人で残っていた人物。
そのすべてに、神谷という名前があった。
「……確かに、状況だけ見ると怪しいね」
「だからこそ、慎重に調べたい」
生徒会長は僕を見る。
「神谷君は、今朝からかなり噂になっている」
「もう広まってるの?」
「誰かが写真に撮ってSNSで回してる」
思わず眉をひそめる。
まだ何も分かっていない。
それなのに、もう犯人扱いされ始めている。
「本人は何て?」
「盗んでいない、と言ってる」
「……なるほど」
僕は机の上の紙を見る。
たった数行の文章。
それだけで、一人の生徒が犯人として扱われ始めている。
その光景に、どこか見覚えがあった。
誰かが悪いと決めつける。
その理由を探す。
そして、正しいと思った方へ進んでいく。
――昔の僕も、そうだった。
「東雲君」
「白石さんの件を噂に聞いたのと、中学の時の西海さんの一件を見込んで、
頼みたい」
「無理に引き受けてもらう必要はない。ただ……」
一度言葉を止める。
「君なら、最初から犯人を決めつけずに話を聞いてくれると思っている」
僕は少しだけ黙った。
事件を解決したいわけじゃない。
探偵になりたいわけでもない。
それでも。
何も知らない誰かが、周囲の噂だけで犯人にされていくのを見過ごすことはできなかった。
「……分かりました」
僕は立ち上がる。
「神谷って人に、話を聞いてみます」
生徒会長が頷く。
「ありがとう」
生徒会室を出る。
扉が閉まった瞬間、スマホが震えた。
画面を見る。
深冬ちゃんからだった。
『先輩、今どこですか?』
その短いメッセージを見て、なぜか少しだけ安心する。
僕は返信を打ち始めた。
『ちょっと生徒会に呼ばれてた』
そこまで入力して、指が止まる。
事件のことを話すべきだろうか。
そう考えた瞬間、また深冬ちゃんの顔が浮かんだ。
――僕は、どうしてこんなに彼女に話したくなるんだろう。
まだ、その答えは分からなかった。
新しい作品を書きたいと考えてはいるが終わらせれる自身がなく悩み中。




