主役の涙
疲
夕焼けに染まる河川敷は、思ったより静かだった。
川の流れる音と、時々吹き抜ける風の音だけが耳に入る。
制服の裾を押さえながら、深冬ちゃんが小さく呟く。
「……本当にいるんでしょうか」
「分からない。でも——」
僕は前を見たまま答える。
「ここまで来たなら、確かめるしかない」
土手を上がった、その時だった。
「……いた」
深冬ちゃんの声が、少しだけ強張る。
視線の先。
夕日に照らされた河川敷のベンチに、一人の女子が座っていた。
膝を抱えるように座り、川をじっと見つめている。
風で揺れる髪。
見慣れない私服。
間違いない。
白石紗奈だった。
僕はゆっくり近づく。
でも——
「……来ないで」
その声は小さいのに、驚くほど強かった。
「クラスの人に……今の私、見られたくないから」
深冬ちゃんが息を呑む。
でも僕は、立ち止まったまま言う。
「じゃあ、クラスメイトとしてじゃなくていい」
白石の肩が、ぴくりと揺れた。
「ただ——少しだけ話せない?」
しばらく沈黙が流れる。
やがて白石は、小さく笑った。
……でも、その笑い方は。
今まで見たどんな笑顔より、苦しそうだった。
「……みんな、私に期待しすぎなんだよ」
その言葉に、思わず足が止まった。
「……期待しすぎ?」
僕がそう聞くと、白石は川の流れを見たまま、小さく笑った。
「だってそうでしょ」
その声は、笑っているのに全然明るくなかった。
「“白石なら大丈夫”」
「“白石ならできる”」
「“演劇部なんだから余裕でしょ”」
一つずつ言葉を並べるたびに、胸の奥が少しずつ重くなっていく。
「みんな、悪気なんてないんだよ」
白石はそう言って、自分の膝をぎゅっと抱えた。
「むしろ応援してくれてる」
「期待してくれてる」
「信じてくれてる」
そこで一度、声が止まる。
そして——次に出た声は、少し震えていた。
「……だから、できないなんて言えないんだよ」
風が吹く。
河川敷の草が揺れて、ざわざわと音を立てた。
隣で深冬ちゃんが、静かに白石を見つめている。
僕も、すぐには言葉が出なかった。
たぶん白石は、誰かに責められて壊れたんじゃない。
誰にも責められていないからこそ——逃げられなくなった。
「去年も、そうだったんですか?」
深冬ちゃんが、そっと聞いた。
白石は少しだけ目を伏せた。
「……うん」
「去年も、本番前に怖くなって逃げた」
「でも、今年は逃げないって決めてたのに……」
そこで、白石の声が詰まる。
「気づいたら、またここに来てた」
沈黙。
川の音だけが、静かに流れていく。
その時、深冬ちゃんが一歩前に出た。
「……白石先輩」
白石が、ゆっくり顔を上げる。
深冬ちゃんは、まっすぐ白石を見ていた。
「逃げたんじゃなくて——限界だったんじゃないですか」
その一言に、白石の目が大きく揺れた。
そして——
ぽろり、と。
夕日に照らされた頬を、一筋の涙が伝った。
金欠過ぎて1週間所持金0生活を送ってました。




