それでも、選ぶ。
大学が忙しすぎる、サークルは多分ラグビーにします。
夜は、思っていたよりも静かだった。
観光の疲れのせいか、
身体はすぐに眠気を求めていたのに、
頭だけが妙に冴えている。
布団に入って、天井を見上げる。
――ごめんなさい。
あの言葉だけが、何度も繰り返される。
「……僕に、何を謝ってるんだよ」
小さく呟いてみても、答えは返ってこない。
隣から、かすかな寝息が聞こえる。
深冬ちゃんは、もう眠っているみたいだった。
規則正しい呼吸音。
それを聞いていると、少しだけ現実に引き戻される。
「……明日、か」
いよいよ、水瀬に会う。
逃げ続けていた過去と、
真正面から向き合う日だ。
怖くないと言えば嘘になる。
でも――
「逃げないって、言ったしな」
目を閉じる。
今度は、少しだけ素直に眠れそうだった。
――そして、翌日。
空は、やけに澄んでいた。
皮肉なくらい、何も起こりそうにない朝。
支度を済ませて、外に出る。
「おはようございます、先輩」
「おはよう」
深冬ちゃんは、昨日と変わらない表情で立っていた。
でも、その目だけは少しだけ鋭い。
今日がどういう日か、ちゃんと分かっている目だ。
「……行きますか」
「ああ」
短いやり取り。
それだけで十分だった。
歩き出す。
教えられた場所へ向かって。
道中、ほとんど会話はなかった。
観光地の賑わいも、今日は遠く感じる。
やがて、人通りが減っていく。
観光客の姿も消え、
代わりに静かな住宅街へと変わっていく。
「……この辺り、ですね」
深冬ちゃんがスマホを確認する。
僕も足を止める。
目の前にあるのは――
古びた建物だった。
手入れはされているはずなのに、
どこか“時間が止まっている”ような空気。
門の前で、足が止まる。
「ここに……いるのか」
無意識に、喉が鳴る。
逃げ場はない。
ここが、終わりの場所だ。
「先輩」
隣から声がする。
「大丈夫ですか?」
その問いに、少しだけ笑う。
「大丈夫じゃないけど」
正直に言って、
「それでも行くよ」
一歩、前に出る。
門に手をかける。
ほんの少しだけ、ためらって――
押した。
軋む音とともに、門が開く。
その先に、
一人の少女が立っていた。
「……来ると思ってた」
静かな声だった。
逃げ場のない場所で、
ようやく、物語が追いつく。
「東雲くん」
門の先に立っていたのは、見覚えのある顔だった。
でも――
どこか違う。
「……来ると思ってた」
水瀬は、小さくそう言った。
逃げる様子も、驚く様子もない。
ただ、最初から分かっていたみたいに。
「久しぶりだね、水瀬」
自分でも驚くくらい、声は落ち着いていた。
「……うん」
短い返事。
それだけで、会話が途切れる。
風が、間を埋めるみたいに吹いた。
「探してた」
ようやく、言葉を絞り出す。
「どうして、いなくなったんだ」
問いかける。
でも本当は――
それより先に聞きたいことがあるのに。
水瀬は、少しだけ目を伏せた。
「……ごめんなさい」
その一言で、全部が止まる。
やっぱり、それだった。
「それ、何に対して言ってるんだよ」
思わず、声が強くなる。
「夏蓮に? それとも——」
一瞬だけ、言葉に詰まる。
「……僕に?」
水瀬は、ゆっくりと首を横に振った。
「どっちも」
静かな声だった。
「でも、一番は……東雲くんに」
心臓が、強く打つ。
「……なんで」
分からない。
ずっと、そこだけが分からなかった。
「僕はただ、真実を——」
「分かってる」
被せるように、水瀬が言った。
「東雲くんは、何も間違ってない」
――その言葉は、聞いたことがある。
でも、違う。
同じ言葉なのに、重さが違う。
「でもね」
水瀬は、ゆっくりと顔を上げた。
その目は、逃げていなかった。
「私は、分かっててやったの」
空気が、張り詰める。
「……何を」
「東雲くんなら、真実を選ぶって」
「絶対に、逃げないって」
一歩、こちらに近づく。
「だから、関わった」
「……は?」
思考が、一瞬止まる。
「ヒントも、情報も」
「全部、偶然じゃない」
「東雲くんが気づくように置いたの」
背筋が、冷たくなる。
「……お前」
何を、言ってるんだ。
「利用したの」
はっきりと、言い切った。
逃げも、言い訳もない声で。
「東雲くんなら壊してくれるって思った」
「私じゃ壊せなかったから」
「だから——任せたの」
言葉が、出ない。
理解はできる。
でも、納得はできない。
「ふざけるなよ……」
ようやく出た声は、掠れていた。
「それで、全部終わると思ったのか?」
「思ってた」
即答だった。
「終わるって信じてた」
「でも違った」
その目が、わずかに揺れる。
「壊れただけだった」
沈黙が落ちる。
「夏蓮も」
「東雲くんも」
「……私も」
最後の一言は、ほとんど聞こえなかった。
「だから、ごめんなさい」
もう一度。
今度は、少しだけ震えていた。
「あなたの正しさに、甘えた」
その言葉が、胸に刺さる。
「あなたなら、全部正しくしてくれるって思った」
「でも——」
一歩、距離が縮まる。
「それって、最低だよね」
否定できない。
でも、肯定もできない。
感情が、うまく形にならない。
「……なんで」
やっと、それだけ言えた。
「なんで僕だったんだよ」
水瀬は、少しだけ笑った。
泣きそうな顔で。
「優しかったからだよ」
その言葉が、胸の奥に落ちる。
優しいなんて、そんな綺麗なものじゃない。
ただ——
逃げなかっただけだ。
「……そっか」
小さく、息を吐く。
頭の中が、不思議と静かだった。
怒りも、後悔も、全部あるはずなのに。
それでも——
「利用されたことは、ムカつくよ」
正直に言う。
水瀬の肩が、わずかに揺れた。
「勝手に期待して、勝手に任せて」
「その結果がこれなら、笑えない」
一歩、前に出る。
「でも」
言葉を、切る。
「それでも、選んだのは僕だ」
水瀬が、顔を上げる。
「お前にヒントを置かれても」
「誘導されても」
「最後に“やる”って決めたのは、僕だ」
逃げない。
今度は、自分の意思で。
「だから」
少しだけ、息を吸う。
「全部、お前のせいにはしない」
その言葉に、水瀬の目が見開かれる。
「……でもな」
続ける。
「だからって、お前の罪が消えるわけじゃない」
「やったことは、ちゃんと背負え」
静かに、言い切る。
責めるでもなく、突き放すでもなく。
ただ、事実として。
「……うん」
水瀬は、小さく頷いた。
「それでいい」
その一言が、やけに軽く聞こえた。
でも——
少しだけ、救われたようにも見えた。
「で」
僕は、水瀬を見る。
「どうするんだよ、これから」
問いかける。
逃げ場を与えない質問。
水瀬は、少しだけ考えてから——
「……向き合う」
そう言った。
「逃げないで」
どこかで聞いた言葉だと思った。
「全部」
その声は、もう震えていなかった。
それを聞いて、
僕は少しだけ笑った。
「じゃあ、終わりだな」
長かった話が、ようやく一区切りつく。
正しさじゃない。
誰かのためでもない。
「……これでいい」
これは、
僕が選んだ答えだ。
古戦場ができない。
あとハーゼ最終間に合いました、4アビは諦め。




