第三十六話 恋文(二)
シュトルム様参る
殿下とお書きした方が良いのではと迷いましたが、貴方様のお文のままにこう書かせていただきました。
拝復 お元気でいらっしゃいますでしょうか。
私も、心利いた言葉が思い付かず、いただいたお言葉を拝借することにいたしました。
私は息災にしております。お逢いしたことが朧のように思われ、未だ夢見心地の中におります。
お文をありがとうございました。疑ってはならぬと思いながら、お文をくださるというお言葉がお気まぐれでなければ良いと願っておりました。
本日、姐様に呼ばれてお文を渡された時には胸が高鳴り、読んだ時にはもっと、胸が破れるかと思うほどでした。ああ、くださったお言葉は本当にあったことだったのだ、夢でも朧でもなかったのだと、嬉しうございました。
また、私のことをこんなにもお優しく思っていてくださるなんて、ありがたく、本当にありがたく思っております。
私の許しを得たいとのこと、とんでもないことでございます。妓楼の禿という卑しい身を、あの時に貴方様は躊躇うことなく友達だと言ってくださりました。そのお姿が私にはとても大きく力強く頼もしく見え、はしたなくも、そう、私のお友達なの、お友達になりたいのと、声の限りに叫びたく思いました。
また湯殿でも、私が迂闊にも涙を流してしまった時には、辛い気持ちよりも安らぎの方がより大きかったのです。私のようななどと言わないでと言ってくださった貴方様のお言葉が私の心を励ましてくださり、お背中に縋り付いた時は、こうしていれば大丈夫だ、この方は私を、私の心を大切にしてくださるのだ、と。
あい、私は貴方様のお背中に、貴方様にお頼りしたかったのです。貴方様が下さった安堵の心を打ち明けたかったのです。ですからどうか、許しを、などとおっしゃらないでください。
ここまで書いたものを読み返して、とても羞しくなりました。こんなに心の内を明け透けに書いて、はしたない娘と貴方様に思われまいかと心配です。
ですが、書き直さずにこのままにいたします。貴方様のお優しい御心をありがたく思う気持ちのままに書いたものですので。
貴方様と初めてお目文字した時のこと、柏からも聞かされました。
私がさる方の御葬儀の献花の列でむずかり、人に押されて転んだときにクルティス様があやしてくださり、貴方様が私の手を引いて祭壇まで導いてくださったとのこと、今更ではありますがありがとうございました。お話を聞き、貴方様はその頃からお優しく頼もしいお方であられたのだと感激いたしました。自分では憶えが無く、もし憶えておれれば大事な思い出になったのにと心残りに思ってしまいます。
ですが過ぎたことを悔やんでも仕方がありませんので、これからの日々を、そして昨日の殊に嬉しい日を忘れぬように、大切に大切に胸に刻みます。
貴方様にお願いが一つございます。
会いたいと思ってくださること、本当にありがたく、私もお目文字しとうございます。ですが、どうか、私のことでお務めにお差支えが無いようにお願いいたします。貴方様は国の御宝、大切なお体と承知しております。御身を国のために捧げられるのがご本分、その妨げになりましては私は国の大罪人となってしまいます。どうか、お学び、ご修練の際には私のことはご放念ください。
お文も、どうかご無理はなさらないでください。
私には、何かの折にほんの少し思い出していただくだけでも、身に余る幸せなのです。
私も、今はともすれば貴方様のお姿を心に浮かべ、空耳にもお声を探してしまいます。未だ修行中の禿の身にありこのようなことではならぬと知りながら、つい貴方様を想って心が一杯になってしまいます。
ですが、これではならじと、気を引き締めます。そしていつの日か、皆様のお許しを得て、貴方様のお目文字を得ることを励みに、お稽古に、椿姐様のお世話に、力を尽くします。
貴方様もどうかくれぐれも御身大切にお励みくださいませ。
かしこ
菫女




