第三十五話 恋文(一)
椿様気付
菫様
拝啓 お元気ですか。
昨日会ったばかりなのに、この挨拶はおかしいかもしれませんね。他に思い付かないので、許してください。こういう手紙を書くのは初めてなので、何をどう書いていいのかわかりません。精一杯、頑張って書くことにします。
昨日、貴女が道を尋ねるためにクルティスに声を掛けた時、私は目を疑いました。長い間、逢いたくて逢いたくて仕方のなかった人が、すぐそこにいる。これは現実だろうか。夢では、人違いではないだろうか。でも、貴女は確かにそこにいました。初めて逢った日から随分と成長されてはいても、紛れもなく貴女でした。
多分、私も随分と変わっただろうと思います。それでも、あの日に貴女の手を引いた時の私の気持ちは変わっていませんでした。
ああ、初めて遭った日の事をきちんとお話ししていませんでしたね。その日、私はさる方の葬儀の献花の列で幼い貴女に出逢ったのです。偶然に列の前後に並び合わせ、柏さんの御依頼で手を繋いで一緒に歩き、一緒に祭壇に花を捧げました。
あの時私は、最初は貴女の瞳に魅せられました。大きく深く、紫青玉より美しく透き通ったその瞳に。でもこんなに強く惹かれたのは、その美しさのためだけではありません。
花を捧げ終わって貴女とお別れした後、なぜ名前や住所を尋ねなかったのか、もう二度と逢えないかもしれない、と至らない自分を悔やみながら、なぜこんなに貴女にまた逢いたいのだろうと、毎日のように何度も考えました。
そして思ったのです。
祭壇へと導くために差し出した手を取ってくれた時の、無垢な笑顔。私の手を「温かい」と言ってくれた明るい声。貴女は何の疑いもなく、私を信じて頼ってくれたのだと。私にとって、無限の信頼をくれたのは貴女が初めてだったのだと。
だから、貴女の手を取りながら一緒に歩くのが、幼心にあれほどまでに嬉しく楽しかったのだと気付きました。そしてもう一度貴女と一緒に、できれば、いつまでもどこまでも共に歩みたいと思ったのです。
昨日、姿絵屋への道すがら、貴女と共に歩き言葉を交わす幸せを噛み締めながら、私は天へと昇る気持でした。貴女の名前を知った時は、この世に二つとない宝石を手に入れた心地でした。姿絵屋に着き、これでまたお別れかと思った時には周りの世界が縮んで無くなる気が、あの破落戸が貴女の細く優しい手を掴んだ刹那には、体中の血が頭に上り髪の毛が逆立つ思いがしました。
あの時私はあの連中に、貴女の友達だと勝手に名乗りました。まだその事を謝っていませんでしたね。貴女の許しもなく、逢って間もないというのに勝手な事をしました。申し訳ありません。ただ、あの者たちを一刻も早く貴女から引き離したいその一心が、何としても貴女と親しくなりたい近い存在になりたいという私の心底からの願いを引き出したのです。どうか許してください。
あの者たちが衛兵に連れ去られたとき、私は心からほっとしました。ああ、これで貴女を守りきれた、と安心したのです。そして自分自身を誇りに思いました。
そのことで確信したのです。私は貴女の事が本当に好きなのだと言う事を。
その後に花園楼に招いていただき着替えている時に、貴女は私の背中に縋ってくれました。その時のことで、私はもう一つの許しを請わなければなりません。申し訳ないことに、貴女が辛い思いをしていると言うのに、私は嬉しかったのです。私を頼ってくれている、私に心を打ち明けてくれているのだと。
どうか許してください。
それでも、嬉しい気持ちと同時に、貴女に二度とこんな思いをさせたくない、貴女を守って共に歩みたいと、そう心に誓ったことには嘘はありません。だからこそ、薄さんが私の心根を問われた時に、また会いたい、この気持ちは本物だ、と言うことができたのだと思います。
もう一度言わせてください。私は貴女が好きです。
ああ、こう書くと、会いたい気持ちがまた募ってきました。これでは薄さんに叱られますね。貴女に胸を張ってまた会えるよう、また政の学びに、武術の修行に、身を入れて励みたいと思います。貴女も様々な芸事の修養を頑張ってください。応援しています。
書きたいことは山ほどあるのですが、切りがありませんので今日はこれで筆を置きます。
敬具
シュトルム
追伸 シュトルムは仮の名前ですが、貴女が声に出して呼んでくれたこの名で送ることにしました。




