第三十七話 恋文(三)
椿様気付
菫様
再啓 お手紙有難うございます。お元気とのこと、安心しました。
そして読ませていただいて、本当に嬉しく思いました。貴女が書いてくださったお気持ち、私の片思いではなかった、私を思いやって傷付けぬように受けてくださっただけではなかったのだと、天にも昇る気持ち、ああ、これは前の手紙で書いてしまいました。空を飛ぶような、そう、飛竜を乗り熟して空を駆け巡るような心地です。どこまでも飛んでいけそうな気がします。
でも、貴女の所から飛び去りたくはありません。私の後ろに乗って、一緒に飛んでくれませんか?
少し文が軽きに過ぎました。お調子者だと貴女に思われないように、気を付けないと。
お伝えくださった学びの件、有難く承知しました。専念して励みます。
実際に、導師が教えてくださる内容も、私が齢を重ねるごとにどんどん内容が複雑になっています。ましてや閣議での政の議論は大変に難しく、私のような若輩者はなかなか付いて行けません。他の事を考えている余裕はない、というのが正直な所です。
閣議で国王陛下が私に下さる御問いにも、満足に答えられることは少ないのが実情です。今日も私の答えに、列席の大臣諸侯が呆れ顔をされたり、溜息を吐いたりされました。我ながら情けないですが、今の自分では仕方がないことと思っています。自分の無知を曝すことを怖れず、いくら呆れられようが笑われようが臆せずに考えられる限りの事を述べていこうと決意しています。
この決意をくれたのも貴女です。また会う、という明確な目標ができましたので。それに自分の有りの儘を曝け出せば、大臣諸侯の中には閣議の後で私の所に来て、御下問の意味や私の答えについていろいろと教えてくださる方もいます。有難いことです。
陛下も、私の答えに満足そうに頷いてくださることが偶にあり、その時には「やった!」と嬉しくなります。でもその後の追加の御下問でぼろぼろになるのですが。いずれにせよ、陛下にも諸侯にも全く見放されているのではないと信じて、頑張ります。
暫く前からは各大臣にお願いして、種々の役務の実務方で、見学だけでなく見習として実際の仕事に携わらせていただいてもいます。この前は農務省で病虫害の予防対策に当たりました。保秘のため詳しくは書けませんが、現場を確かめ、資料を調べ、報告書を作成しと、一つ一つの仕事が私には目新しく面白く感じられます。ですが、これらの仕事が国民の幸せに繋がっていると思えば楽しんでいる場合ではないと、身の引き締まる思いもします。役方の皆さんも丁寧に教えてくださいますので、疎かにしないように、一所懸命に学ぼうと努めています。
貴女の方はいかがですか? 修行は励んでおられますか? ああ、疑うような書き方でごめんなさい。貴女なら大丈夫ですよね。
あの時の踊り、とても素敵でした。あの時、折角椿さんが水を向けてくださったのに、私はクルティスのようにうまく言葉にできなくて、残念でした。クルティスの奴、学術以外は何をさせても私より上手くて、ちょっと悔しいのです。
あの時の貴女の姿は目に焼き付いていてまだ消えません。手を取って教えていただいた時の感触も、ありありとこの手に残っています。
貴女は、もっともっと高みを目指されているのですね。歌や楽器も。また、歴史や詩歌も、私とは異なった方向で学びを続けられているのですね。そう思うと、貴女の事をとても眩しく感じます。
できれば、歌や楽器も聞かせていただけると嬉しいなと思いますが、それもこれも、会える日が来たらのお楽しみですね。
夜など、ちょっと時間が空いた時や寝る前などには、貴女に会えたら何を話そうかと考えてしまいます。お互いの学びの事、武術や芸術の事、それから二人の事ばかりでなくクルティスやアンジェラの事。アンジェラは私が幼いころから身の回りの世話をしてくれている侍女です。それに椿さんや菖蒲さん、それに柏さんの事も聞かせて欲しいです。
クルティスが言っていましたが、柏さんは体術の達人なのですか? 破落戸の首領のファイグルが逃げ出しそうになった時に抑えた柏さんのあの身の熟し、彼でも体術では敵いそうにないと驚いていました。御自分では『ただの若い者』とおっしゃいますが、実は凄い方なのですね。
それやこれや、もし会えたら沢山話をしようと思いはするのですが、一方で、もし会えたら貴女のお顔を見た途端に、言葉が詰まって出てこなくなるかもとも思います。
それでも貴女となら黙って一緒にいるだけでも幸せだろうと思えば、どちらでも良くなってしまうのですが。
何だか徒に長く、支離滅裂な文になってしまいました。今日はこの辺にします。
どうかお体を大切に、励んでください。
敬具
シュトルム
追伸 書くのに夢中になっていたら、いつの間にか暗くなっていました。今夜は夕月が綺麗です。どうかこの月が貴女の夜も照らしてくれますように。




